第20話これはこれ それはそれの彼女の記憶

病室は落ち着く明るさとちょうど良い室温で、非常に快適だと感じた。

私たちのイメージする大部屋の病室というより、小洒落たホテルの一室という印象を受けた。

個室ということもあるのだろうが、明らかにVIP待遇なのがわかる。


「みんな来てくれたの?ありがとう」

頭部を包帯のようなもで巻かれ、左腕と腹部、右足は半透明な緑色をしたスライムのようなものが傷を治しているようだった。半透明なのでよく見ると傷口やら骨やらが見えていたりする…

ベット全体を神秘的な精霊の光のようなものも降り注いでた。

魔法の知識が乏しい私でも、この光景を見るだけでどれほどの傷を負っているのかがわかるような気がする。


「うっ…っ。……葵ちゃん、ごめんなさい…私のせいで、こんなに…怪我…」

いつもなら葵さんのところに一目散で駆けつけるところなのだが、ココアちゃんは私の手をぎゅっと握ったまま近づくのを堪えているようだった。

「大丈夫だよ。ヒーラーさんたちが治してくれてるから、見た目より全然痛くないんだよ!」

「でも…でも…!」

「私こそ、ごめんね。こんな無謀なことしちゃって…自分の体だけじゃなくて、ココアちゃんの気持ちも傷つけちゃったよね」

「私はいいの…!葵ちゃんの体のほうが…ごめんなさい…」

「葵さん、本当に申し訳ございませんでした。もっと僕が勉強していれば…」

「いや、魔法使い《ウィザード》としてもっと稽古をつんでいれば、こうならなかったでごわす」

「私こそ、あんなヘマしなければ…」

私の言葉を彼女は空いている手で遮った。

「今後こういった行動を取らなくても、自分やお互いを守れるように努力しよ?これで課題がわかったということで…謝り合戦はもうおしまい!ね?」

「葵ちゃん…」

小学生の彼女がゆっくりと歩み寄り、彼女の胸元に顔を埋め激しく泣き出した。

初めて年相応の振る舞いができているように思えた。

小さな頭を撫でる葵さんは、なんだかいつにも増して「お姉さんオーラ」が漂っていたような気がする。


和やかな光景のなか、急に窓が暗くなった。

「ン?あんたたち来てたノ?」

おおきなモフモフ、きなこの顔が逆さまになってこちらを見ていた。

「きなこったらずっとこの部屋の屋根から私を監視してるの」

「違う!日向ぼっこにいいところがたまたま、ここだったノ!」

「ほらね、全然可愛くない」

「うるっさいヨ!」

大きなお目目が時よりこの部屋を監視するさまは、意外と主従関係ができているのかもしれないと思ったハルカでした。(もちろん 主→きなこ 従→葵さん)


しばらくして、ココアちゃんが落ち着いた頃に勇者部屋に戻る時間になったのだが…

「あ、ハルカちゃんにお願いがあるの。少しだけ残ってもらってもいい?」

「?はい、わかりました」

「じゃあハルカ、先戻ってご飯食べてるぞ」

「はーい」

「葵ちゃん、また明日来るね!」

「また明日ね」

3人はゆっくりと病室の扉を閉めた。

「それでお願いってなんですか?」

いつもは自分でなんでもできてしまう葵さんが私なんかにお願いとは、少しだけ緊張が走る。

「あ!お願いっていうのは冗談なの」

「え、冗談!?」

「ふふっ。ごめんなさい。…ちょっとハルカちゃんに昔話したくて…聞いてくれる?」

楽しそうにしている中にも、儚さのようなものを帯びた表情をする彼女は、本当に真剣な内容を話すつもりらしい。

私は部屋の隅に置かれていた椅子をベットの傍まで運び、着席した。


「私、妹がいたの。ちょっとだけ年の離れた」


完全に初耳だった。

葵さんも私も一人っ子だと雑談の中で話していた。


「そう、なんですね…」


「うん…5歳差なんだけどね。子供の5歳って、大きいじゃない…?何をするにしても『ねね、ねね』って後ろにくっついてくるの…。自慢なんだけど、あの子が初めて話たのが『ねね』だったのよ!食べ物が口の横についてたり、髪の毛がまだ自分で綺麗に結べなかったり……って話が脱線しちゃったんだけど…」


「妹が7歳で小学校入学したての時に、一緒に登校してたんだけど…信号で点滅し始めたから、妹を置いて先に走ったの…で、妹も続いて走ったんだけど…」


皆まで語る必要はなく、展開はわかった…

こんなに綺麗で一寸の隙もないお姉さんの彼女だが、彼女は彼女で地獄を味わっていたのだ…


「もうちょっとで守れる距離に居たと思うの。小さい頃の記憶だし、気が動転して改竄されてる可能性もあると思うんだけど、なんで一緒に信号を待とうと思わなかったのか、なんで一緒に走るってことをしなかったのかとか…できなかったことばかり思い返しちゃうのよね…意味ないってわかってるんだけど…」


「だから、異世界に召喚されて、ココアちゃんを見た時にまず妹を思い出しちゃったんだよね…別に顔とかが特別似てるわけじゃないんだけど…だからつっけんどんな態度とっちゃって…」


「合同訓練のあの時、ココアちゃんと妹の光景が同じに見えたの。『ああ、今なら助けられる』って思ったら、体が勝手に動いちゃったの」


「ココアちゃんを助けても、妹は戻らない。だいたい、異世界から私が戻れないのに、本当に意味のないことなんだけどね…」


「でも、なんだかスッキリした!あの時の贖罪を私が勝手にして、ココアちゃんが助かったからそれでいいやーって!」


「って、私の話を誰かに聞いて欲しかったの!ごめんね長々と話しちゃって!」

「とんでもないです…!こんな大事な話を私にしてくれて、ありがとうございます」

「ううん!こちらこそ聞いてくれてありがとう!二人だけの秘密にしてくれる?」

「もちろんです…!」



それから無事に完治し、訓練に復帰した葵さんは前より晴れやかな表情になり、ココアちゃんとの親子のような関係性を構築していったのだった。




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