第30話実験動物


 蓬莱さんが怖いかどうかはさておき、俺の知り合いに心当たりは二人しかいない。六堂か大門だ。大門は連盟とは距離を取っているという話だから六堂の事を指している可能性が高い。寮生だと言っていたのが引っ掛かるが、あれだけ連盟に詳しい上に近づいてきたタイミングもぴったりとはまりすぎている。

「…あの、知り合いって、六堂…くんですか?」


「聞いてた?」


明るく受けとめたらしい蓬莱さんは満足気に微笑むのだけど俺としては不幸だ。当たってしまった。組ませるということはやはり二人組で行動するということだろう。中学ではあんなに感じの悪い奴じゃなかったはずなのだけど、俺の能力を凄いと思っているようだから変に嫉妬されていると推測する。それか高校に行って何かあったのか。制服を見た限りではどうやら私立高校に通っているらしい。この辺りの公立高校は制服に紺やグレー等の清楚なイメージの色合いを採用する傾向がある。六堂は深い緑のブレザーを着ていた。あまり見ない制服で、俺は知らない。調べれば解ることも特に知りたいとも思わないから解らないままだ。


「後で来てもらえることになったから、

 少しだけお邪魔させて貰うね。」


「…はぁ。」


「あんまり仲良くなかった?」


「や、そんな悪くはないですけど。

 …良くもないです。」


「そう。…いいよそれは、気にしなくて。

 合わないならそれも一つの情報だから。

 私達は貴方がたを見ておくだけで成果になる。」


「?」

恐らく観察されるということだ。留奈さんや氏神様との会話を成果と言うなら解るけれど、俺や六堂が蓬莱さんに何の情報を与えるのか、つまりは自分達が何を見られて何処を評価されるのか全く想像の出来ない状況に在ると思うと薄っすらと怖気がする。実験動物の気持ちを味わわなければならないようで息苦しくもある。


「…fsの動きは殆どの場合、

 個人に責任は求められない。

 君という生体の機能と環境と神様の様な…、

 浮遊生命体表象と呼ばれる人格様の存在が、

 脳に働きかける事で起こる現象は、

 一個人の制御では止められない。

 この考え方が原則にあって…。

 やから保護と救済の対象になる。…らしいよ。」


驚いた(三回目)。先程とは別人の様に柔和で冷静な口調でコハダさんが説明してくれた所によると、この家には既にたくさんの現象が確認されているらしい。コハダさん自身が観測可能な部分で測定を試みるとの事だった。能力者は其処にあるモノとの相性で急激な変化を起こしてしまう場合があり、その緊急事態に備えて蓬莱さんのような監督責任者が必要だと言う。この場合監督対象は能力者であって、話していた陰陽師の技術はfsではなく能力者に対して使われる。所謂畑違いというやつで、蓬莱さんと一緒に仕事をしてはいてもコハダさんにもその原理や理屈は解らないらしい。

そもそも保健衛生局というのは、そのような異常反応の人的要因を出来る限り抑えようとする目的で能力者の保護救済を行っている、とのことだ。

環境保全局はそれが環境要因の場合の対策をとる。fsと呼ばれるモノはこの世界のあらゆるものに起因する。生物の身体機能、生態系の循環、世界に生成される全ての繊細な巡り合わせや成り行きとしか説明出来ない事象と複雑に絡み合い、急激に巨大になることも目まぐるしく変質することもあると言う。

理屈を省いて端的に言うと、上手く循環し機能している環境には問題無いが、それが悪いと途端にとんでもない事が起こるのだそうだ。

国土開発庁は地方の支援と開発が目的だと学校では習ったのだが、既にある行政に余計な手出しも必要ないので実際はfsという新しい研究分野と技術分野を届けるのが主な仕事なのだとか。意外と影響は大きいらしい。知らんけど。

とんでもない事が起こると言われても俺にはピンと来ない。無理やり関連させてみると、曾祖父ちゃんが氏神様から聞いた災害なんかもその部類だったということだろうか。いまいちよく解らない。


「松尾くんは視覚観測出来るって聞いてる。

 今から来る子は多分技能者やから動くと思う。

 その前に見てもらいたい。」


履いていたスニーカーを脱いで足を使って揃えると、コハダさんは更に真面目な語調になって話を始めた。凄く小刻みにギアの入るタイプなのかなと不思議に思いながらも同じ様に習った。蓬莱さんは動く様子は無く明後日の方向を見ていたのだが、突然何かを思い出したように持っていたビジネスバッグの中を漁り、紙の束を取り出した。


「もう一人の情報渡しておく。後で返却ね。」


「技能者やろ?」


「ちゃんと読んで。

 そっちから言わないとわざわざ出さないよ?」


怒って紙の束をコハダさんに手渡している。コハダさんは御礼を言って受け取ったもののパラパラと捲るだけでそれを無表情に閉じた。


「うん。…あんまやる事は変わらんわ。

 ここの襖開けて…いやその前に、

 此処からもしかして何か見えてるモノある?」


「何かって?」


「普通の玄関に無いもの。」


「…この…簀の子とか?」


それくらいしか見当たらなくて適当に答えたら控えめに笑われた。


「いいね。その調子。

 そのままの感覚で、襖開けてみて。」


変な事を言っておいて褒められるのは馬鹿にされていると思うだろう。けれどこれは多分そうではない。意味は解らなくても言葉には棘が無く穏やかで居られる。驚いた(四回目)。この人は俺の言動に対して本気で真面目に言っている。この感じでいい、というのは本当なのだ。

玄関から先に続く廊下には間仕切りの様に古い屛風が立ててある。そのすぐ右手は隣の部屋に繋がる襖があった。

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