第4話
「あら、伯爵様に捨てられた哀れなお姉様ではありませんか。今、どのようなお気持ちですか?」
屋敷を出る準備を整えていた私の元に現れたのは、他でもない、私の義理の妹であるユフィだった。
その表情は私が予想していた通りのもので、この状況を心から楽しんでいるような雰囲気だった。
「ユフィ、よかったわね。全部あなたの思い通りになったんじゃないの?」
「ほとんどそうですね。少しだけ想定外だったこともありましたけど、なにも問題ありませんし」
「(想定外…?)」
普段ならあまり言わないユフィのその言葉に、私は少しだけ引っかかる。
ただ、それでももう私にはなんら関係のない話になったことには変わりがないので、特に気にすることでもないかな。
「それにしても、お姉様は本当に優しいのですね。私のためにいつもいつも苦労してくださいますから♪」
与えられていた部屋から出て行く準備を進める私の横で、そう言葉を続けるユフィ。
この部屋はおそらくこのまま彼女がその後を継いで使うのだろう。
彼女と長く一緒にいた私には、本能的にそうなのだろうと理解ができた。
「お姉様はずっと昔からそうですものね。私が欲しいと思ったものをすべてプレゼントしてくださいます。どれだけ感謝してもしきれませんわ♪」
私にはプレゼントをしたつもりなんてなにもない。
結局それは、あなたが私のものをすべて奪って行っただけの事でしょう?
あなたはいつも自分の事しか考えていなかったのだから。
「あーあ、でもこれからどうしましょう。私が伯爵様の夫人になることが出来た裏で、お姉様の事をなんの価値もない立場に追いやってしまったんですもの。心苦しいですわぁ」
思ってもいないであろう言葉を連ねるユフィ。
本当にそう思っているのなら、そもそもこんなことをするはずがないのだから。
「だからお姉様、私はお姉様に少しでも罪償いをしたいと思っているのです。それをするにはなにがいいかといろいろと考えてみましたが、これが一番いいのではないかと思いました。私と伯爵様の幸せを少しでもお姉様に分けて差し上げるという事が」
伯爵様と話を通しているからか、おそらくこのまま同じことを私に言ってくる。
聞かなくても分かることだから私はスルーしていたけれど、ユフィは構わず言葉を続ける。
「私と伯爵様との結婚式、ぜひともお姉様に来ていただきたいです。私たちの華々しい姿を、その目で見てほしいのです。そして私たちの幸せを少しでも受け取っていただきたいのです。私はお姉様にこそ、私たちの幸せをおすそ分けしたいと思っているのですから♪」
完全に勝ち誇ったような表情を浮かべながら、自信にあふれる雰囲気でそう言葉を発するユフィ。
やはり彼女の中にあるのは、私に対して優位に立ちたいという思いだけらしい。
今までがそうであったように、これからもそれを続けていきたいのだろう。
「ユフィ、伯爵様はあなたの事を選んだのでしょう?そこに私はいないのだから、もう私が関わる理由はないわ。後の事はあなたのやりたいようにやればいいんじゃないの?」
「なんですかお姉様、いつもならここで少しは悔しそうな表情を見せてくださるというのに。もうそういう歳でもなくなってしまったのですか?いつのまに老けてしまわれたのですか?」
「はぁ……」
「残念です…。私はいつまでも若々しいお姉様でいてもらいたかったのに…」
それにどういう返事をすればいいというのか、私にも分からない。
彼女は常に私に嫌味を言いたいだけで言葉を連ねているらしく、そこになにか特別な意図や思いは全く感じられない。
…そもそも返事をするほどのものでもないのだろうけど…。
「あぁ、このお部屋はこの後私が使わせていただくので、隅々まで綺麗にしておいてくださいよ?ちょっとのゴミとか残ってたら伯爵様に言ってお姉様のせいにさせていただきますから。もういなくなるからって適当にしないでくださいねー」
「……」
私の予感した通り、やっぱりこの場所はこの後ユフィが引き継ぐらしい。
やっぱり彼女は私に見せつけたいだけなのだろう。
お姉様が手に入れるはずだった幸せな日々は、この私が代わりに頂くことになりました、ありがとうございます、という思いを。
「もう言ったから別にいいわ。好きにしなさいってね」
「ほんと、可愛げのないお姉様ですね。少しは本音で話されたらいかがですか?内心では悔しくてたまらないのでしょう?自分の婚約者を妹に取られてしまう事になってしまって。もしも逆の立場だったら、私は発狂してしまいますわ♪」
そう言うのならそうしなければいいのに、とは私がいつも思う事。
それでもこの子がこういった行いをやめられないのは、もうずっとこの性格が変わらないからなのでしょうね。
私はいよいよ最後の準備を終え、そのまま部屋を出て行く時を迎える。
「それじゃあ、後の事はよろしくね」
「ええ、言われなくてもそうしますから」
そしてそれに続けて、ユフィは衝撃的な一言を発した。
「ああそうそう、私のおなかには伯爵様のお子がいるのです。お姉様もしっかり愛してあげてくださいね♪」
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