12月13日 S川ショウタ

 深夜のコンビニで床をモップ掛けしていると、ポケットの中でスマホがブブッと振動した。

 客がいないことを確認してスマホを取り出す。手帳型のスマホケースを開けば、オウルからの通知が目に入った。〈新しいお知らせがあります〉としかないのは俺がそう設定しているから。たまに彼女や男友達にスマホを覗かれるから、内容が見える通知は切ってある。

 DMか、ポストにいいねでも付いたのか――ちょうど暇だったら俺は特に考えることなく通知をタップした。そして、後悔した。


「……またこれかよ」


 液晶に広がるのは謎の画像。アップだから分かりづらいが、多分これは風呂だ。浴槽を真横から撮った感じの写真で、中は見えず、淵から誰かの右手が出ている。

 恐らく浴槽の中で寝っ転がって、手だけ伸ばした感じだろう。なんとなくこの風呂は見覚えがある気もするが、どこで見たかは思い出せない。そもそも風呂なんてどれもだいたい同じだから気の所為なんだろう。


 これは一昨日変な広告を誤タップしてから来るようになった画像だった。誤タップっていうか、自分で押したんだけど。その広告はどこかの家の中の画像が使われていて、よく見ると真っ暗な家の奥に首吊死体が揺れてるような影があったから、ホラーゲームの広告だと思ったんだ。で、暇だったし無料ならちょっとやろうと思ってタップしたらこれ。ゲームアプリへの誘導も何もなく、風呂場っていう意味の分からない画像が来るようになった。

 だが、何故そんな写真が送られてくるのか分からない。なんで風呂なんだよ。金欠一人暮らしでシャワールームしかない家に住んでる俺への嫌がらせか。


 そして、意味が分からないのはもう一つ。


「〝決定まで五十二時間〟……」


 画像と一緒に表示されている謎の文言。最初に見た時は一〇〇時間だった。それが一日一回通知が来るたびに減って、今は五十二時間。それがなんだか気持ち悪い。


「意味分かんねー……」


 しかもこの通知、オウルを再起動しても来る。後でアプリを入れ直してみようか。それで直らなければ俺のスマホ側じゃなくて、多分オウル側が何かにやられてる気がする。


 俺はスマホをポケットに突っ込むと、さっきよりも丁寧にモップがけをし始めた。



 § § §



「――なんだよ、元気じゃん」


 週末、俺は実家にいた。親父がぎっくり腰になったから世話を手伝ってくれと、母ちゃんから連絡があったからだ。

 母ちゃんは仕事が休めないから、日中の世話を頼むと言われている。バイトを休まなきゃならなかったものの、交通費と小遣いを出すと言われれば仕方がない。しかも食費は浮くし、親父の世話以外の家事もしなくていい。あとこの家にはこたつがあるのも俺にはデカかった。


「元気に見えるか? 動くと物凄く痛いんだよ」

「だったら寝てろよ」

「さっきトイレ行ったばっかなんだよ。もうすぐ飯だろ? もう一回起き上がるならこのまま起きてた方がいい」


 そう言って親父は不貞腐れるようにこたつに突っ伏した。どうやら本当に痛いらしい。

「ちょっと飯作ってくるから待ってろよ」親父に言いながら居間を後にしようとした時、ポケットの中のスマホがブブッと振動した。


 見れば、メッセージアプリの通知だった。


「親父、夜は出かけても平気だろ?」

「母ちゃん帰ってきた後ならな」

「じゃあ俺、その後飲み会行ってくるわ」


 オウルで帰省することをポストしたから、地元の友人が飲み会に誘ってくれたのだ。

 飲み会代で小遣いは消えるだろうが、まあいいだろう。しばらく会っていなかった友人との再会を楽しみにしつつ、俺は台所へと向かった。



 § § §



 親父の世話をして、飲み会に行って、気付けば何軒も居酒屋をハシゴしていた。最後にいた店を追い出されたのが明け方五時のこと。

 俺は気分良く実家に帰ってくると、自分の部屋に直行しようとして、足を止めた。


「……怒られるかな」


 すん、と服の匂いを嗅ぐ。結構煙草臭い。うちの母ちゃんは煙草嫌いだ。まだ実家に住んでいた頃、親父が煙草の匂いをたくさん付けて帰ってくると怒っていた記憶がある。

 服に付いたものはもうどうしようもないが、このまま寝て布団にでも付けたら烈火の如くキレられる気がする。そう思うと風呂の面倒臭さよりも母の怒りへの面倒臭さの方が勝って、俺は上着を部屋に置くと風呂場に向かった。


 脱衣所で服を脱ぎ、洗面台にスマホを置いて浴室に入る。浴槽を見れば残り湯があった。手を入れたが、当然ながら冷たい。俺は浴室にある操作パネルで追い焚きをして、その間に身体を洗うことにした。

 水道料金を気にしなくていいシャワーはいい。本当はずっと出しっぱなしにしたいが、そうすると追い焚きが遅くなる。だからこまめに止めて、ゆっくりと身体や頭を洗う。そうして無駄に時間をかけながら全身を洗い終えた頃、浴槽から湯気が立ち上り始めた。


 右足を入れて、ふと気付く。そういえば、あの写真の浴槽と似ている気がする。


 とはいえ、そんなにじっくりとあの写真を見たわけではないから確信はない。それに、最後に見たのは昨日だ。いつも通知が来るのは深夜二時前くらい。今日はさっきまでスマホを見ずに飲んでいたせいで見ていないのだ。


「一〇〇時間……って、四日と四時間か」


 計算しながら、残った左足も湯船に入れようと持ち上げる。だがその瞬間、反対の足が何かに引っ張られた。


「ッ!?」


 ザプンッ! ――身体が一気に湯船に沈む。顔を出そうにも何かに掴まれたかのように上半身が上げられない。それでもなんとかしようと腕を出して浴槽を掴んだが、しかし腕の力では俺を引っ張る力には抗いきれない。

 ギュッ、だとか、ギッ、だとか。浴槽と肌が擦れ合う音が頭に響く。


 苦しい。怖い。助けて。助けて助けて助けて!!


 だがどれだけ暴れても、俺の顔は水面より上に上がることはなかった。

 ゴポッ……口から最後の空気が出ていく。浴室のドアの向こうで、ブブッとスマホの振動音が聞こえた気がした。

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