第2話 剣聖エルフ、怪物と出会う。
「リリィ! こっちに来るんじゃ!」
丘の上から見えた、こちらに向かって来る騎士たちの軍勢を見て、族長は私の手を引っ張り村へと降っていった。
私はそんな何処か焦った様子の族長を見て、思わず声を荒げてしまう。
「族長!? 何でこんなところに、騎士たちが!? 今、戦争しているのは、王国と帝国のはずでしょう!?」
「この
丘を降り切ると、族長は麓でチャンバラごっこやおままごとをして遊んでいる、
「お主ら! 今すぐ村の広場に逃げるんじゃ! 良いな!!」
族長の言葉に、不思議そうに首を傾げる子供たち。
そんな子供たちを置いて、族長は私の手を引っ張り、駆けだした。
「族長!? あの子たちを置いて、何処に行くの!?」
「時間がない!! 今すぐ、戦士隊にこのことを伝えねばならん……!」
そう言って族長は、そのまま村へと向かって走って行くのだった。
「ノワイエ! 騎士団が攻めてきおったぞ!!」
族長は息を荒げながら、そう、小屋の前で槍を振って訓練する赤い鎧を着た一団に声を掛ける。
その声に、一団の長と思しき男は、ヒュンと槍を一回転させ地面に付けると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「どこの騎士だ? フランシアか、オフィアーヌか……」
「バルトシュタインじゃ……」
族長のその言葉に、男は目を見開いて、驚きの表情を浮かべた。
「なんだと!? ゴルドヴァークか!? どうやら、最悪の状況が来たようだな!」
ノワイエはフッと鼻を鳴らすと、私たちへと向かって歩みを進める。
「【剣神】滅殺のゴルドヴァーク。四人いる剣神の中で最も強いとされており、全てを腕力のみで破壊すると言われている怪物か。相手にとって不足はない。
「はっ!」
大勢の
私たちの横を通り過ぎる間際。
ノワイエは私に視線を向けると、そっと、私の頭を撫でてきた。
「リリィ。母さんをよろしく頼むぞ」
「……うん、お兄ちゃん」
「お前には才能がある。父上譲りの武の才能と、大森林出身である母上譲りの魔術の才能。俺には魔術の才能は無かった。だからお前は、いずれは俺や亡き父上を超えて、立派な
「才能があったところで、私には上手く使えるとは思えないよ」
「何を言っている。自信を持て。お前は
そう言ってノワイエは私の頭を優しく撫でた後、部下を連れて、その場を去って行った。
遅れてその場に、一人の女性が姿を現した。
「族長? リリィ?」
「お母さん!」
私は地面を蹴り上げ、お母さんの胸にダイブした。
そんな私を優しく抱き留めると、お母さんに不思議そうに口を開く。
「……お兄ちゃんにお弁当を持ってきたのだけれど……どうして戦士隊の宿舎に、族長とリリィがいるの?」
「お母さん、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……っ!」
泣きじゃくる私の姿を見て、動揺するお母さん。
そんなお母さんに、族長は緊張した面持ちで声を掛けた。
「イーリスよ。ノワイエは村を守るために、一足先に戦場へと向かった」
「え? 戦場……?」
「王国の騎士団、バルトシュタイン家のゴルドヴァークが攻めてきおったのじゃ」
その言葉に、お母さんは、顔を青ざめさせるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「クハハハハハハハハハハ!! こんなものか、
ゴルドヴァークは
頭を掴まれた
「や、やめ……!」
―――――グシャッ。
男の頭は林檎のように握力のみで潰され、周囲に、血が飛び散っていった。
そしてゴルドヴァークが手を離すと、彼の足元に、頭部のない死体がドサリと落ちていく。
現在、ゴルドヴァークの周囲には、数十人もの
その光景を見て、戦士隊隊長のノワイエは、眉間に皺を寄せゴクリと唾を飲み込んだ。
「何だ、お前は……たった一人で30人もの部下を……化け物か」
「ククク。
「お前が言っているのは、大森林の
「なるほど、そうだったか。はぁ……つまらぬ。この地には補給を目当てに来たのだが、実のところ
そう口にして、大きくため息を吐くゴルドヴァーク。
そんな彼に、ノワイエは緊張した様子で口を開いた。
「ひとつ、質問したい。お前は何故、騎士団を背後で待機させて単騎で戦っている?」
ゴルドヴァークの背後には、50人の騎士たちが整列して待機していた。
ノワイエのその質問に、ゴルドヴァークは傷だらけの顔で、静かに口を開く。
「俺が戦を楽しみたいからだ。俺は戦以外に興味が無い」
「戦にしか興味がない、だと? だったら……」
下唇を噛んだ後。ノワイエが、再度、開口した。
「だったら、村には手を出さないで欲しい。村で戦える戦士は、今のところ、俺たちだけだ。俺たちの命と、物資はやる。だから、女子供老人の、命だけは―――」
「貴様はいったい、何を言っている?」
ゴルドヴァークは心底不思議そうな顔をして、首を傾げる。
「この世界は弱肉強食だ。獲物が命を見逃せといって、逃がす獣がどこにいる? 弱者に言はない。全ては、強者である俺たちが決めること……」
ゴルドヴァークは地面を蹴り上げ、疾走すると――――ノワイエの腹を、拳で貫いた。
「クハハハハハハハハハハ!! 騎士どもよ!! 思う存分、
ゴルドヴァークのその言葉と共に、騎士たちは村に向かって進み始める。
その光景を見て、残った
「きょ、共和国に喧嘩を売るつもりか!? 他の種族の族長たちが黙っていないぞ!?」
「他種族同士が手を取り合い、王を戴かず、平和な国を作りだす、か。何とも脆弱な国だ。向かって来るならば来い。共和国など……俺一人で潰してやるぞ」
邪悪な気配を漂わせ、騎士たちと共に進軍するゴルドヴァーク。
そんな彼の様子を見て、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「キャーッ!!」
逃げ惑う人々。騎士たちは家屋に浸入し、食料や金銭の類を、次々に強奪していった。
「や、やめてくだされ! それは亡き妻の形見の指輪……ぐはっ!?」
反抗する意志を少しでも見せたものには、騎士たちは一切容赦しなかった。
バルトシュタイン家お抱えの、親衛隊の騎士たち。
彼らは、バルトシュタイン家が掲げる『弱肉強食』の思想を色濃く受け継ぐ、冷徹な騎士たちであった。
「さて……残った
村の中央広場に集められた、非戦闘員である
その中には、私とお母さん、そして、族長と、女子供老人が含まれていた。
ゴルドヴァークは手に持っていた何者かの頭部を、私たちの目の前に放り投げる。
「貴様らの将の頭は俺が取った。今日これより、貴様らの命は俺のものだ」
ゴロゴロと目の前に転がってきた頭。それは……ノワイエ、お兄ちゃんのものだった。
その光景を見て、お母さんは発狂したように声を張り上げる。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
その叫び声に、ゴルドヴァークは楽しそうに笑い声を上げた。
「クハハハハハハハハハハハハハ!! その様子を見るに、貴様、こやつの姉か母親か!!」
「殺してやる……殺してやるわ……ゴルドヴァーク!!」
「お、お母さん!?」
突如、怒りの形相を浮かべ、立ち上がるお母さん。
そんなお母さんに、族長は動揺した様子で声を掛ける。
「や、やめるんじゃ、イーリス! お主、まさかあの大森林の古代魔法を……! 病で弱っているお主の身体でそれを使ったら、寿命が……どうなるのか分かって……!」
お母さんは左手で右腕を抑え、右手を真っ直ぐと、ゴルドヴァークに差し向けた。
ゴルドヴァークはそんなお母さんの様子を見て、呆れたため息を吐く。
「何をする気か分からんが……魔法などでこの俺を殺せると思っているのか?」
「息子の恨み……ここで晴らさせてもらうわ!!」
その瞬間。とつもない魔力が発生し、周囲にいた捕虜の
私も族長に身体をキャッチしてもらいながらも、族長と一緒にゴロゴロと地面を転がっていく。
転倒した後、お母さんの方に視線を向けてみると……お母さんの伸ばした手の先に、青白い電気が徐々に集まっていく姿が見えた。
その電気の渦は槍のようなものを形成し……お母さんの腕は、雷の槍と一体化していた。
その尋常ではない魔力の気配に、ゴルドヴァークは初めて、動揺した様子を見せる。
「なん……だ? その異常な魔力は……? 初めて見るが、もしかしてそれは……特級魔法、か?」
「――――――射貫け……【ライトニング・アロー】!!」
その瞬間。お母さんの腕から雷の槍が射出された。
ゴルドヴァークは腕をクロスしてその雷を防いでみせるが……雷の槍が直撃した瞬間、地響きと共に、巨大な黒い爆風が巻き起こった。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!と、爆発音が鳴り響いた後。
お母さんは魔力を使い果たしたのか、ゼェゼェと荒く息を吐き、地面に膝を付いた。
「お、お母さん!!」
私がお母さんの傍に駆け寄ると、お母さんは額から汗を流しながら、こちらにニコリと笑みを浮かべた。
そして、そっと、私の頭を撫でて来る。
「はぁはぁ……大丈夫よ、リリィ。これで、ノワイエの無念も、きっと……」
その時だった。突如黒煙から太い腕が伸び、お母さんを掴み上げた。
「お、お母さん!?」
煙が開けると、そこに立っていたのは……満身創痍のゴルドヴァークだった。
全身から血を流し、身に付けていた鎧は焼け焦げている。
だが目の前の怪物は、それでも、楽しそうに笑みを浮かべていた。
「ク……クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! これが特級魔法かッッ!! 素晴らしい……素晴らしいぞ!! 咄嗟に背後にいた騎士を盾にしていなければ、俺は死んでいた!!」
「あぅ、うぐっ……!!」
「お母さん!!」
私はゴルドヴァークに拳を振り上げるが、彼に蹴られ、吹き飛ばされてしまう。
ゴルドヴァークの背後を見ると、そこには……20人程の騎士たちの死体が転がっていた。
あんなに大勢の人間を殺せる魔法を使っても、この怪物は、倒せないというの……?
私は、ゴルドヴァークを見上げ、絶望してしまう。
「存分に楽しめたぞ、
ゴルドヴァークはお母さんを地面に落とすと、振り返り、生き残った騎士たちに声を張り上げる。
「騎士どもよ! この
「し、しかし、ゴルドヴァーク騎士団長、まずは貴方様のお手当を……!」
「いらぬ! クハハハハハハハハハハ! 魔法、か! 面白い力だ!!」
こうして、私たち共和国の
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