第9話 リラクティブな優雅生活 1.絶対的不可解

     1.絶対的不可解


 北南東高校――。

 勉学ができる超エリート校と評判のそこは、名前からして不可思議だ。南東という地区の北にあるから……だけれど、方角で唯一外れた西の立場は? と気になったりもする。

 変に頭のいい連中が集まって、小狡いことを考えたり、ぶっとんだ会話を交わしたり……。そういう意味では面白い。逆にいうと、こういう人たちがこの国を背負って立つのか? そう考えると、悲嘆するのだけれど……。

 その学校には当然、進学率の高さや人的なネットワークといったプレミアムな価値もあり、そうしたものを期待し、またネームバリューにより引き寄せられた富裕層の子女も集まった。


 私はその、俗に富裕層とされる、一定のステータスをもつ家柄の人間。辺曽間 凪子――。

 辺曽間という一族は政界、財界にも多くの人材を輩出してきた。親族は企業の重役だったり、社外取締役だったり……といった立場だけれど、一族の名が表にでることは決してない。それは名を変えるし、尚変わっているからだ。結婚して名字を変えることもあるけれど、成人するとまったく別人となって、社会にでて生きるのが一族の掟だった。

 政界なのに、正解をだせない愚かさと、財界なのに、在界を顧みない馬鹿馬鹿しさと――。

 その一端を請け負っている……という意味では、辺曽間の家にとって都合よくこの世界は動いている、ということだった。


 政界が〝正解〟なんて出してしまったら、この世はとても暮らしやすく、もう変えようがないほど完璧な社会となってしまうだろう。でも、そうなったら政治なんて不要なのである。

 なぜなら法律がもう完璧であり、それについて議論する必要もなく、立法府の立場がない。つまり行政と司法が機能すればよく、政治は必要悪、不完全であるから存在するという矛盾の象徴なのだ。

 財界は、在界などに慮っていたら、自分たちの利益を確保できない。よく衆愚政治などと、民衆の声を聞くことを蔑む言葉をつかうけれど、要するに、そう語る人間はエリート意識の塊であって、愚かな民衆が政治を動かすことを厭う人間だと明らかにする。生かさぬよう、殺さぬよう、社会を一部の人間が支配することこそ、辺曽間が体現すべき社会だ。


 そんな家に育てられ、帝王教育を施されれば、いやでも……というか、好むと好まざるとにかかわらず……むしろ厭うと厭わざるとにかかわらず、人格は歪み、変人となる。

 私を評する多くは『変人』だ。否定する気もないし、否定したところで大して意味はない。自認するので、辞任する必要はない。

 私は……他人との距離感が苦手で、そう評されている方が、距離をとれた。処理が楽だった。

 何しろ他人は従わせるもので、どう統制するか? それをひたすら学んできたのだから、今さら対等とか、平等とか、そういったおためごかしの友人関係など、築けるはずもない。

 それでも裕福だというなら、寄ってくる者もいただろう。でも、辺曽間は社会の陰に隠れてきた家柄――。要するに私は隠れ富裕層であり、周りにとっては庶民でありながら居丈高で、高飛車で、他人を見下す嫌なヤツだった。


 しかし私はそれを悲観するでも、悲嘆にくれるでもない。

 むしろ庶民……蔑視する対象と仲良くする意味を見いだせない一方、それを観察して、将来役立てようとすら考える。

 でも…………。みんながする〝遊び〟を、時おり羨望をもって、潜望鏡で陰に隠れてみつめることもあった。

 同じ教室にいても、周りとちがう自分――。自分を特別視するほどに、周りは私を特に蔑視する。

 だから目立たず、目にもかけられず、目の上のたん瘤というほどではないけれど、目に入れると痛いぐらいには目障りな存在――。統制すべき庶民から処断され、貴賓のはずが忌避され、敬われることはなく、疑われることはありさえすれ、そこには権能と嫌悪が相反するはずなのに、奇妙に同居していた。


 そんなとき、私は彼を知った。

 誰もが認める天才でありながら、誰もが嘲笑するほどの変人――。

 話をすると知ったような、話が高等になったように感じられ、自分は微塵も間違えていない、という絶対の自信が、彼をして尊大にしているように見えた。

 一方で彼は、友人をつくるとか、自分の知識をひけらかそうとか、そういったことは一切なかった。

 まして周りを見下すとか、統制するとか、そういった素振りはない。

 超天才でありながら周囲とも和し、対等であり、偉ぶるでもなく、トラブルも起こさない。

 むしろ周りから頼られ、相談をうける立場だ。

 同じボッチなのに、私とは雲泥の差――。どちらが雲で、どちらが泥? 私は空を飛んでいるような気になって、実際に泳いでいるのは土の中……そんな不安すら抱いてしまう。


 私はそんな彼に話しかけてみることにした。

「辺曽間……あぁ、陰謀論では有名な家名だな」

「知っているの?」

「知ってはいない。所詮、政治やら経済は人の為せる所業だ。人間の本質は悪。生存欲とは、すなわち超個人主義であり、自らを生存に有利にするためには、他者を利用しつくすのが得策だ。でもそこに文化や、思想をもちだし、〝助け合い〟なんていう言葉で誤魔化しを加える。そんなものが集まって総体となっても、法則性を見いだすのは不可能だ。

 むしろ、条件の微妙な差により結果が大きくちがってしまう……という点では興味深いけれど、そんなものを牛耳ろうとするのは、金か権力の亡者しかいない。そんな些末的なものに興味ないし、オレはそんな暇人じゃないんでね。辺曽間と関わり合う気はないさ」

 何、こいつ……? 私はこの男を〝不可解〟と思った。

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