第4話 幽霊の詩  3.憑依の脅威

     3.憑依の脅威


 身体が……自分の身体ではないようだ……。

 私は……とり憑かれた。私の中に、もう一人いる。私じゃない誰かがおり、時おり話しかけてくる。

「弥々里は気にしすぎだよ。シェアハウスってあるでしょ? それと同じ。私が同居していると思って、気楽にいこうよ」

 彼女はイザリ――。

 私はだるくて、やる気も起きず、身体を動かすことができない。何もできずに寝ているだけ。

 部屋からも出られなくなった。

 その間、イザリがまったく違う私を演じてみせる。ハイで、自暴自棄な私……。


 私が全裸で家を飛びだそうとして、母と姉に羽交い絞めにされ、止められた。それ以来、私の部屋は座敷牢となり、窓は内側から板を打ちつけられ、扉にも外から南京錠をかけられた。

 おむつをつけ、ぐったりする私を時おり母親が身体を洗ってくれることもあるが、基本部屋からでることはない。

 ある日、病院に連れていかれた私は〝双極性障害Ⅱ型〟と診断される。幻聴、幻想があり、躁状態が短く、鬱状態が長くあらわれ、精神が少しずつ壊れてしまう……ということだ。

 体面を重んじる両親は、私を入院させなかった。家の恥……。だから、部屋に閉じこめる。

 私を南京錠でとらえ、対面をさせないようにする。

 座敷牢にいるのは、私の心の中もそうだ。その後、イザリが私のことを乗っ取るのだろうか……?


「そんなことしないよぉ。私と弥々里は二人で一つ、でしょ?」

「後からきて、よくいうよ……」

「あれ? そんなこというの。偶々この体を最初につかったのが、弥々里だっただけじゃない? 例えばそこにシェアサイクルがあって、先にあなたが乗ったから、それを自分のもの……ということはできないでしょう?」

「この体は、私のものよ」

「そこがちがうんだなぁ~。私たちにとって肉体はみんなのもの。合う肉体があればそれをつかっていいの」

「そんな……」

「だって、あなたはいつこの肉体を使い始めたの?」

「……え?」

「受精卵のときは、まだ脳がないから無理よね? 身体が出来上がってきて、脳が完成したころ、意識が生じる。それまでは、そのときでも誰がつかっても自由だった、ということよね? そのときアナタが、偶々この肉体をみつけ、使い始めた。ということでしょう?」


 そんな屁理屈……。そう考えつつ、幽霊の理屈はそうなのであって、これは宗教と同じだ。

 自分たちが正しいと信じることは、いくら周りが否定してもそれは正しく、行動原理となり得る。救いのためなら人を殺してもいい、新興宗教がおこした事件の多くはそれだ。

 彼女たち幽霊にとって、人にとり憑くことは正しいことなのだ。その理屈をいくら否定しても意味がない……。だって自分のそれをなくした彼女たちにとって、それが唯一の救い――。

 波長が合った私に……否、似たような神経回路……電子回路をもった私にとり憑いた。

 そして、徐々に私の思考を……電子回路を、自分のそれに替えていく。

 その試みに失敗すれば、私は精神を壊して廃人――。成功しても、イザリにとって代わられる。

 どちらにしろ、私は消滅だ。

 誰か……助けて‼


 部屋の扉がひらく。

 起き上がる気力もなく、目だけを上げてみた。

「一応、君の恋人……という体で入れてもらった。不都合だったら、元気になった後ですぐに否定してくれ。

 もっとも、胡散臭そうにしていたから、信じている風もないけれどね。

 恐らくボクを藁とでも思ったのだろう。溺れる者にはないよりマシ、うまくいったら儲けもの、失敗したところで支障はないだろうしね。娘の痴態をみられるのと天秤にかけた結果さ」

 そこに立っているのは、籟之目 叡智だった。


「鬱のときは応えるのも億劫だろうから、返事は不要。ボクの語ることを聞いていればいい。

 忠告しておいたろう? 君は観察者効果だけで自分には影響しないと考えていた。よもや自分がそこに巻きこまれる、とは想像もしていなかった。そう考えていたら、君だって恐怖しているはずだ。ボクに興味をもっても、救いを求めてこなかったからすぐ分かったよ。

 君は幽霊に対して、観察者というより傍観者だった。

 お化けが怖い……という人間も、ふだん何ごともなく生活できるのは、そこにはいない、という漠然とした安心感でしかない。それが正しいとか、間違っているとか、そんなことはどうでもいいことだ。そう信じることで、安心感を得ようという人間のもつ逃避だからね。

 君も同じだよ。幽霊は見えるけれど、自分には悪さをしない、と勝手に思いこんでいた。

 君は幽霊と同じ系にあることを、きちんと意識すべきだったんだ。

 不確定性定理、だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る