第51話 脳筋おねえさんとアル中にゃんこ
「みーちゃん、こいつ、なんか様子がおかしいニャ」
「なに、雪ちゃん。盛り上がってんのに水差さないでよ」
氷の牢獄から解き放たれた雲霧龍。
その瞳は爛々と紅く輝き、復讐の炎で燃え上がっている。
「はぁ……。酔うと適当になるの、みーちゃんの悪い癖ニャ」
「どうでもいいよ、そんなの。私が興味あるのはこいつが強いかってことだけだし」
「脳筋ここに極まれり、ニャ」
人間臭い仕草でため息をつき、やれやれとフルフル首を振る雪ちゃん。
それを横目で見ながら、美怜は練り上げた魔力を抑えつけるように腰を深く落とし、まるで肉食動物が獲物を狩る直前のように、今にも獲物に飛びかかりそうな前傾姿勢で構える。
「はいはい、話は後で聞くからさ。雪ちゃんは二人にちゃんと指示しといてよ。おじさん達はさっさと自力で戻ってってさ」
「職務放棄ニャ。酔いが回ってるニャ。こうなったらオレの声は届かにゃいニャ〜」
「なにを気にしてんだか分かんないけど、私がたかがデカいだけのヘビにやられるわけないじゃん」
「気にしてんのはそこじゃにゃいニャ」
「グルォォォォっ!!」
美怜の研ぎ澄まされた魔力に反応した雲霧龍が咆哮を上げる。
それは瓦礫の街を震わせ、赤黒い瘴気が濃霧となって戦場を覆った。
その姿は霧や雲のように実体を定めず、濃密な霧と雲が絡み合い、揺らめく巨大な輪郭が朧げながらも圧倒的な威圧感を放つ。
全長は30メートルを優に超え、かつて白く美しかった鱗は赤黒い瘴気を纏い、深淵から這い出たような禍々しい闇色に染まる。
爛々と燃える紅い両眼は、かつての主と同じく復讐の業火を宿し、戦場を睥睨する。
敵意と狂気に支配されたその姿に、下層の崩れた建物たちが怯えるように震えた。
「へぇ、さっきとは全然違うね。ふふ、楽しめそう」
美怜がガントレットを構え、ニチャリと笑う。
溢れ出す冷気が彼女の周囲を凍らせ、崩れた屋根瓦に霜が広がる。
「じゃ、行くよ、デカブツ!」
美怜の声が戦場を切り裂く。
ガントレットから冷気が立ち上り、その拳が青白く輝く。
美怜は心底楽しそうな顔をして、雲霧龍に向かって飛んだ。
☆★☆★
「はぁ……行っちゃったニャ。まったく、頭おかしい主を持つと苦労するニャ。あの適当なところはゴリラにそっくりニャ」
美怜の使役精霊である雪ちゃんはそう呟きつつ、嬉々とした表情であの呪いにまみれた龍へと飛び込む自らの主を見送る。
常々思っていることだが、適当ゴリラと名高い美怜の叔父、赤木良治とその姪である我が主は似ている。
大雑把で適当なところとか、そっくりである。
「嫌がるから本人には言えにゃいけどニャ〜」
雪ちゃんは空中でゴロンと寝転がり、酒の入っていたフラスコを前脚で器用に持つと、残った水滴を舐めつつ目の前で繰り広げられている戦いを眺める。
「それにしても、こいつは一体にゃんだ、ニャ?」
雲霧龍。
下層の雑魚狩り中、どこからともなくいきなり目の前に現れた。
突然のことに身構えるも、こいつには意識がなくただ宙に漂っているだけ。
不審に思い様子を窺うと、全身が呪いに侵されていて、身体がそれに耐えきれずに腐り始めていた。
こいつが何なのか、なんでこんな状態なのかは不明だが、魔物である以上敵であることに変わりはない。
美怜は深く考えずに攻撃を試みたものの、攻撃した端から霧によって再生し、おまけに身に宿った呪いが拡散、下層全体に撒き散らされる恐れがあった。
意識がないうちに始末しておきたかったが、再生力を上回り呪いごと吹き飛ばすほどの攻撃をするとなると……いくら特級探索者の美怜でも本気を出さないと難しい。
今は仕事中ということもあり、オッサン二人を巻き込むリスクを考え、とりあえずの対処として氷漬けにしたのだが……。
「普通に抜け出されてるしニャ。やっぱり仕事の先送りはダメニャ。あ〜、どうするかニャ〜。みーちゃんは力が強いだけの馬鹿だからニャ……まぁ、考えるのは俺の仕事ニャ」
今回の仕事はオッサン二人のお守りと、寄ってくる虫の駆除だ。
オッサンたちはどうでもいいとしても、虫の駆除だけは真面目にやらないと後々面倒なことになる。
……特にあちらの虫は放っておくと調子に乗って質が悪いということを、雪ちゃんは嫌と言うほど理解している。
自分の故郷もあちら故、だ。
「めんどくさいニャ〜なんなら俺も猪刈と同じスタンスにゃんだけどニャ〜。それだとみーちゃんがうるさいからニャ。俺ってなんて主想いの精霊なんだニャ〜」
雪ちゃんはフラスコをぽいっと投げ捨て、雲霧龍の魔力を探る。
こいつが今のダンジョンマスターの誰かに作られた魔物ならば、それはいい。
あの頭のおかしい連中のことだ、ここに出現した理由も面白そうだったからとか、どうせ大した理由でないだろう。
だが、あちらからの刺客だった場合は。
こちらが把握していないルートで接触してきたことになる。
この龍を使ってあの二人をどうするつもりかまではわからないが、主にとって良くない結果になるのは分かりきっている。
「……それこそ俺はどうでもいいんだけどニャ。契約で縛られている身の辛さよニャ〜」
雪ちゃんは氷の精霊だ。
純粋な魔素の塊に命が宿り生まれた存在。
その特性上、魔力や魔素の流れを把握し流れを汲むのも容易である。
この龍が何処の誰の手の者か、脳みそが筋肉と『推し』への想いで出来ている主に代わって、自分が最低限の仕事は果たそう。
というか、
雪ちゃんは健気にもそう思い、雲霧龍をじっと見つめる。
今もその巨体から噴き出し、全身に纏っている禍々しい赤黒い霧のような魔力。
呪いと腐食により魔力が瘴気に変質しているが、この龍から微かに感じる魔力の
「くんくん。ん? ……は? ……なんだ、これ? ……ニャ」
雪ちゃんはその可愛らしいもふもふの小さい顔を曇らせる。
「なんでこいつから、あいつの匂いがするんだ……? いや、待て……それに、他にも……?」
そして、美怜から預かったスマホに映るオッサンに視線を向ける。
「……うーん、混ざってる? そういうこともあるのか? ダメだ、意味わからん。……ニャ〜。でも、あちらの息のかかったもんじゃにゃいって分かったし、ニャ! じゃ、おっけーニャ!」
お酒が切れたアル中猫は面倒臭そうに頷き、一人納得する。
そして、俺の仕事は終わったと言わんばかりに、どこに隠し持っていたのか酒の入った瓶を取り出し顔を綻ばせる。
「いや〜仕事の後はやっぱアルコールニャ! かんぱ〜い、ニャ!」
テレビで格闘技を観戦するオヤジの如く、自分の主の戦いを酒の肴にして、アル中猫の雪ちゃんは戦場のど真ん中で酒盛りを始めるのだった。
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