第47話 時は少し遡り 特級探索者のおねえさん

「うーん、こんなゴブリン、下層にいたかな?」


 雪と霧に閉ざされた城下町の中心、半壊した天守閣の屋根に立つ赤木美怜の姿は、まるで戦場の女神そのものだった。


「この『偽美怜』ってのも、どこかで……」


 白いバトルスーツが冷気を帯びた風にそよぐたび、流麗なラインが彼女のしなやかな体を際立たせ、戦場の冷たく重い空気の中でひときわ輝く。

 両手に装着した無骨なガントレットは、華奢な体躯とは対照的な武骨さで、彼女の内に秘めた力を静かに物語っている。

 雪に映える白磁のような肌は、雪の反射で光を浴びて淡く輝き、鋭い瞳は凍てつく炎のような戦いの昂揚と冷徹な判断力を宿していた。


「うわ……キモ。ま、放っといても何とかなるでしょ。死んでも最悪、どうとでもなるし」


 美怜は見ていたスマホから顔を上げ、スーツのポケットへと仕舞う。

 最初からずっと見ていた叔父の配信画面、それがゴリラの暑苦しい顔で埋め尽くされたからだ。


 着慣れたギルドの制服から一転、探索専用の装備に身を包み、まるで自分の庭のようにリバーリバーダンジョン下層を見下ろした。

 彼女の視線は、雪と霧に霞む廃墟の街並みを鋭く切り裂く。



「それに、このヘビ? いくらやってもキリないね。氷で閉じ込めたら、やっと動かなくなったけど」

「霧だけにキリがないってかニャ?  オヤジギャグも大概にしろニャ、さすがゴリラの姪だニャ〜」


 その横で、ふわふわと浮かぶ白い毛玉――新雪を思わせる精霊猫の雪ちゃんが、愛らしい見た目に似合わぬ酒焼けしたおっさんの声で毒を吐く。


「ちょっとやめてよ、雪ちゃん。あんなのと一緒にしないでくれる? そんなつもりで言ったんじゃないし!」


 美怜の声には苛立ちと呆れが混じるが、どこか親しげな響きがあった。

 雪ちゃんこと雪の精霊は、絹のように滑らかな毛並みとつぶらな瞳で庇護欲を掻き立てる愛らしさを持ちながら、瞳の奥には人を食ったような知性と戦場を生き抜く鋭さが潜む。


 ふわっと浮かぶ小さな体から放たれるダミ声は、語尾の「ニャ」がかろうじて可愛らしさを添えるものの、ガサガサした声色は聞く者の神経を逆撫でする。


「あのゴリラと血が繋がってるってだけでもキモいのに、やめてよね。」

「ゴリラが何したっていうんだニャー。借金持ちの40歳童貞の無職ってだけニャよ?」


 雪ちゃんがもぞもぞと身動ぎし、まるで酔っ払いの愚痴のような口調で続ける。

 美怜は眉をピクリと動かし、ショートカットの髪を風になびかせながら反論する。


「あのね、それだけで普通はアウトなの。役満だよ。縁切らないだけ優しくない、私?」


 彼女の整った顔立ち――鋭い眉、すっと通った鼻筋、柔らかそうな小さな唇――は、遠目にも息を呑むほどの美貌を誇る。


「そんなこと言って、ゴリラが大好きなくせに。みーちゃんは素直じゃにゃいニャー」

「うるさいなぁ。そんなことより、にゃーにゃー言ってないで仕事してよね。雪、ちょっと止んじゃってるじゃん」

「俺は言われた分の仕事はもうしたニャ。あの術はコスパが悪くてひどく疲れるニャ。燃料切れニャ。ここらで酒を飲まんとやってられんニャー」

「ちっ、アル中猫が……精霊のくせに酒好きとか意味わからないんだけど」

「趣味嗜好はヒトの勝手ニャー!」

「人じゃなくて猫じゃん」

「猫じゃにゃいニャ、精霊だニャ」

「なんなのよ? はぁ……何でこんなの使役しちゃったんだろ」


 美怜のジョブは『精霊術師』。

 雪ちゃんは彼女が使役する精霊の一つで、見た目の愛らしさとは裏腹に、酒と毒舌を愛する問題児だ。


 美怜が呆れた溜息をつくと、雪ちゃんは小さな前足で彼女の頭をテシテシと叩き、「酒を寄越せニャー」とわめく。

 美怜は軽く睨みつけつつも、どこか慣れたやり取りに苦笑を浮かべる。


「それにしても、こいつ、何なんだろうね? 雪ちゃん、何か知ってる?」


 美怜の視線が空に向かう。

 そこには、巨大な龍が氷の檻に閉じ込められている姿があった。

 全身を覆う冷たい氷は、まるで生き物を閉じ込めた琥珀のように美しい。

 しかし、不気味な静けさを湛えていて、龍の鱗は霧の中で鈍く光り、その瞳は閉じられたまま微動だにしない。


「ただのしがない精霊の俺が知るわけにゃいニャ。みーちゃんこそ、この仕事頼まれた時になんか聞いてにゃいニャ?」

「あいつがそんなこと教えてくれるわけないじゃない。報連相の大切さってものを知らないんだから」

「……ふーん(みーちゃんがそれを言うニャ?)」


 美怜は上司であるリバーリバー支部長(自称ギルマス)、《猪刈 いかりはじめ》のことを思い出す。

 今回の仕事は、一次試験の後に急遽押し付けられたものだ。

 彼女の脳裏に、電話越しの猪刈の声が蘇る。


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