第44話 ステータスとストーカーとおじさん
「爆散……」
「廃人……バーン……」
偽美怜の言葉が頭に響く。
こいつが本当のことを言ってるか分からないけど、もしこれがマジで、俺が何かミスってたら……そう考えると背筋がゾクッとする。
呆然としている俺たちをよそに、DDがジーッと機械音を立ててフヨフヨと浮かび、大きな目玉みたいなレンズをピカピカさせて、俺たちを撮影してる。
「《偽美怜(本物):まぁ、結果的に爆散ゴリラ回避したからいいけどさ。なんで回避できたのか気になるんだよね。ねぇ、ゴリラ。魔力をぶち込まれた時、なんか変な感じなかった? まーくんも一番近くで見てたんだから何かない?》」
「知らねぇよ! お前、配信見返してきたなら分かんだろ?」
「あ、確かに。一番近くって言うなら、それ、アンタだろ? DD、赤木くんにベッタリ張り付いてたし」
偽美怜の衝撃発言にちょっと動揺している俺と違い、赤木くんはゴリラ顔をキョトンとさせて、さっきの「爆散」話なんて忘れたみたいにケロッとしている。
「《偽美怜(本物):えっ!? ……いやぁ、あの時は、その、ちょっとテンパってまして……ね? ほら、渋い声のおじさん二人がダンジョンで、ね? 仲良ししてると……オモッテタシ……€£¢µ¤∆¶π√※‰》」
「うわ、コメントバグってんだけど」
「何この不協和音。どうやって喋ってんだ?」
「まっさん、DDってこんな機能あんの?」
「知らんよ。あとでひかりんに聞けよ」
突然、DDが俺たちから視線を外し、俯いてモジモジし始める。
「《偽美怜(本物):あ、ごめん。ボク、音声認識で普通に喋ってるから、声小さくてバグっちゃった》」
「へぇ、電話してるみたいな感じか?」
「《偽美怜(本物):便利なんだよ、手で打ち込まなくていいし。テレビ電話って感じかな》」
二人がそんなやり取りをしている中、俺はふと思い出す。
確かに、偽美怜は最初から無駄にコメントの文字が多かった気がする。
でも、「w」ってなんて言って打ち込んでんの?
語尾で毎回「くさ」とか言ってんのか?
シュールだな。
「どうでもいいよ。それよりも赤木くん、偽美怜じゃないけど、あの時どうだった? なんか違和感とかあったの?」
「ん? いや、まぁ、最初は何か変なもん入ってきたって感覚だったな。そこは入り口じゃなくて出口だ! みたいな。うーん……あ、ほら、この前俺人間ドック受けたんだけど、あの時、ケツにカメラ入れたんだわ。あんな感じで奥までググって突っ込まれて『らめぇ』ってなった思ったら、一線超えた所で急に腹の中熱くなって、なんかスゲェ力が湧いてきたんだよ。全身満たされてる感じっつーの? 魔力がドバっと溢れていつも以上にテンション爆上がりで、虹魔術も初めて使うのになんかバンバン撃てたし。まっさんが魔力入れてきた時、ちょっと頭とケツん中がゴリゴリした気もするけど、すぐ気にならなくなったぞ」
「ゴリゴリってなんだよ。ゴリラなんだからゴリゴリしてんの当たり前だろ。俺の魔力を内視鏡扱いやめて? 大腸検査かよ」
「だから、ゴリラ言うなっつの! 俺は人間だ、ホモ・サピエンスだ! つーか、内視鏡ってか、あれだ、座薬の解熱剤? バキッと効いたんだからいいじゃん!」
赤木くんがメイスを地面にガンと突き立て、ムスッと反論。
汗で濡れて濃灰色に変わったジャージから、ムワッとゴリラ臭が漂ってきて、俺は思わずギュッと鼻をつまむ。
「《偽美怜(本物):……ふーん。ゴリラか人間か、今はちょっと分かんないけど拒否反応0ってのも変だよねw ねぇ、まーくん。まーくんの方はどうかな? ゴリラのケツにまーくんの
「分かるわ、人間だっつの! って、おい! その下品な言い方! 配信してんだって言ってんだろが!」
赤木くんが「頭腐ってんのか? 今の世の中センシティブな発言はすぐに叩かれんだぞ」とブツブツ文句を言う。
「うん、君が言うなよ。ケツからレインボー出してる、君が。……うーん、違和感、ねぇ?」
俺は赤木くんにツッコみつつ、偽美怜の言葉に思考を巡らせる。
偽美怜の言ってる違和感ってのが、なんか引っかかる。
あの時、確かに魔力を押し込む瞬間、俺の魔力がなんか……変わった? いや、気のせいか?
「変な感覚……あった、かも? ……夢中でヤッてたから、あんまハッキリは覚えてないけど。あの時、赤木くんのレインボーを至近距離でずっと視てたから頭ン中チカチカしてたし」
それに、あの時はなんでか俺も無駄にテンション上がってて、赤木くんのケツに俺の
今思えば、さっきコイツが言ってた『酔い』ってヤツの影響か?
「つーか、感覚とか言われても、今日初めて魔力使ったんだぞ? どれが普通でどれが変かなんて判断できんわ。アンタのほうが詳しいんじゃない? 何でも知ってんだろ?」
「《偽美怜(本物):はは、何でもは知らないよw 知ってるのは……ボクが経験したことだけ。それに、ボクも『無』とか『虹』とか、今日初めて聞いたし。『無』ってなんだろね? 普通に考えるなら、そうだなぁ……何色にも染まってない『無色透明』の『無』とか?w それか、人生に彩りが『何も無い』から、とかかなぁ?w」》
偽美怜の煽り声がDDから響く。
赤木くんが「何も無いとか、何様だ!」と叫ぶ中、俺はポケットの中のステータスカードを握りしめる。
「《偽美怜(本物):あ、『無職』の『無』ってことなら納得かなw この3ヶ月、不採用ばっかで悶々としてたもんね? それで毎日毎日、奥さんに――あの葛木莉子に慰められてる、まーくん?w》」
「おい、無職は関係ねぇだろ。……ん? なんでお前、りっちゃんを知ってんだ? あのってなんだよ。コイツ、マジでストーカーか?」
りっちゃんの名前まで出してきたことにビックリして、思わず立ち上がりDDに手を伸ばす。
「あ、おい、まっさん! 落ち着け! 壊さんでくれよ? 高かったんだから!」
「……ちっ」
コイツ、ほんと何なんだ?
俺の過去でも嗅ぎ回ったのか?
知らない奴に自分のことを一方的に知られているってのは、なんか少しムカつく。
確かに、俺の属性は「無」。
ステータスが個人の人生経験や為人に影響されるなら、偽美怜の言う通り、俺はダンジョンから『何も無い』って判断されたってことか。
……なんか、心にチクッと刺さる。
確かに、俺は40歳のただのオッサンだ。
会社潰れて無職、面接落ちまくりで、若い時にも色々と散々だった。
でも、俺は俺なりに必死に生きてきたんだ。
こんな俺でも、ステータスに映る何かはあるはずだろ? なのに「無」?
世の中に俺みたいな普通の奴なんてゴマンといる。
そいつらが探索者になって、みんな「無」になるのか?
偽美怜は「聞いたことない」って言ってたし、ネットで調べても「無」なんて出てこなかった。
火とか水とか、普通の属性ばっかだ。
隣の赤木くんを見やる。
赤木くんの属性は『虹』。
キラキラと光を反射して、色んな色を持っている綺麗な『虹』だ。
いつも前向きにキラキラした顔で人生を楽しんでる赤木くんなら、確かに『虹』だよなって納得できる。
……俺だけがこうなのか?
ポケットからステータスカードを取り出して、ぎゅっと握りしめる。
俯いた視線の先、積もっていた雪が炎の熱でじんわり溶けて、ドロっとぬかるんでる地面に俺の足跡が残ってる。
『知っている』? 『何も無い』?
ふざけんなよ、俺には最愛の二人、りっちゃんと綾ちゃんがいるんだ。
ついでに、赤木くんみたいなバカな親友もいる。
りっちゃんの可愛い笑顔、綾ちゃんの「パパ!」があるのに、んなわけないだろ。
なら、この「無」にも……何か、意味があるはずだ。
俺はステータスカードをポケットに仕舞い顔を上げる。
すると、少し離れたとこにいるDDが、こちらを向いて申し訳なさそうにガタガタと震えている。
こいつ、無駄に多機能だな。
「《偽美怜(本物):まーくん、その顔。眉間のシワがすごい深いね。……グランドキャニオンみたいw》」
「……は?」
「《偽美怜(本物):うっ、そんな睨まないでよ。ボクが悪かったよ、ごめんね?》」
「……」
「《偽美怜(本物):まーくんが嫌なら、『知ってる』って、もう言わないよ。だから、そんな怖い顔しないでよ》」
偽美怜の声は少しだけ震えていて、なんだかこっちが悪者に見えてしまう。
急な謝罪にというより、コイツのおかしい情緒に戸惑う。
煽ったと思ったら真面目になったり、意味深なこと言うと思ったら謝ってきたり、正直意味が分からない。
「……はぁ。もういいよ、面倒くさい」
俺はため息をついて、ドスッと赤木くんの横に座り込む。
そもそも、だ。正体のよく分からないコイツの言うことを真に受けるのがバカバカしいんだ。
「……まっさん、ほら、『無』って強そうじゃん? ラノベとかでも無属性の主人公が無双するのだってよくあるし。莉子ちゃんや綾ちゃんのためなら、無双できるって! あ、無双の『無』とかだったり?」
「……変な慰めすんなよ。フォローされると余計気になるんだよ」
赤木くんのケツのレインボーが、ペカペカっと蛍の光みたいに小さく点滅。
しょんぼりゴリラのくせに、いらん気遣いしないでくれ。
「いや、なんで君が申し訳なさそうにしてんだよ。……『無』だろうがなんだろうが、ゴブリンにも勝ったし、夢だった魔術も使えたんだよ? あとはもう、ノリでどうとでもなるだろ。さっき君が言ってたじゃないか、細かいことは気にしなくてもいいんだよ! な、グレイトマジックキャスター?」
「っ! ふふ、フハハっ! そのとおりだ、Mr.カツラーギ! すべてはノリだ! フハハは!」
「はは、だね! よし、体も温まったし、そろそろ行こうか」
「《偽美怜(本物):え? ちょ、待ってよ、まだ話は終わってないん……》」
「はいはい、もういいよ、アンタの言う事はよく分かんねぇだわ。また今度、暇な時ね? こう見えて忙しいんだよ、俺たち」
「そうだぞ、偽りのnieceよ、我らの歩みは誰にも阻むこと能わず、だ!」
「そうそう。つーか、ぶっちゃけ属性がどうとかジョブがどうとか、ある程度収入があって家族を養えるなら、別に何でもいいしね」
「《偽美怜(本物):えぇ……?》」
俺は苦笑して立ち上がる。
「無」の意味はまだ分からないけど、ちゃんと働いて収入を得られるなら、そんな気にしなくてもいいんじゃないか?
何だろうが、俺は家族のために進むしかないんだから。
「さぁて、美怜の奴はどこにいんだろな? 早いとこ合流して引き揚げたいぜ」
「さっき言ってた雑魚狩りももう終わってるだろうしね。なんかアクションあってもいいと思うんだけど」
遠くで、魔力が微かに震える気配を俺の『魔力感知』が捉える。
俺と赤木くんは「よっこいしょっ!」っと立ち上がり、いまだ降り続ける雪の銀世界へと歩き出す。
「帰ってビール飲みてぇ、まっさんの奢りで!」
「君、またそれかよ! 奢んないぞ?」
「《偽美怜(本物):ちょっと、そんな事よりボクの話も聞いてよ!? 大事なことなんだから!》」
「《特級探索者赤木美怜:逃げて》」
「はいはい、また暇なときにね?」
「しつこいぞ、偽美怜!」
「「「《ん?》」」」
DDのレンズが、一瞬真っ赤に光る。
空から降る雪の重さが、急に、軽くなった気がする。
「……何だ?」
俺の『危機回避』スキルが、頭の中でビリビリと警告を発している。
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