第24話 ステータスとおじさん

 石畳の路地に、2枚のカードが落ちている。

 探索者の最初のドロップアイテム、ステータスカードだ。

 名刺ほどの大きさの銀色の薄い金属製で、表面にはプリズム加工が施されている。

 ダンジョンの薄暗い路地でも、まるで星屑のようにキラキラと虹色に輝いている。


 どこか子供の頃に集めたトレーディングカードを思わせるが、異質な雰囲気を漂っていて、触れるのを一瞬ためらう。


「ステータスカード、ね」

「これで、晴れて探索者ってか?」


 探索者、夢の続き。

 5年前、ダンジョンがこの世界に現れてからの、一度諦めてしまった夢。

 今日まで、色々な葛藤を乗り越え、家族や友達に応援してもらったというのに、なぜか心から喜べない自分がいる。

 胸の奥に、ほんの少しの重さが残ってる。



「やったな、まっさん! なんだかんだ、やってみたら楽勝だったな!」


 赤木くんの声が、路地の白壁に反響する。

 得意げな屈託のない笑顔が、正直眩しい。


「楽勝って、いやいや、どこがよ!?」


 俺は眉をひそめて返す。

 ゲートの異常な反応、偽美怜ちゃんの突然の登場、いきなり下層に放り込まれたこと――想定外の出来事が頭をぐるぐる駆け巡る。


 目の前のこのゴリラは、能天気にウホウホ喜んでるけど、問題は現在進行形で山積みだ。

「楽勝」なんて言葉は、今のところ俺の辞書には存在しない。


「結果だけ見れば楽に見えるかもしれないけど、精神的にだいぶキテるからね?」


 ぼやきながら、しゃがみ込んでステータスカードを拾い上げる。

 ひんやりとした金属の感触が、掌にジワッと染みる。

 表面をじっと見つめるけど、特にこれと言って感慨も湧いてこないのは何でだろうね。


 カードは、美怜ちゃんに見せてもらったものとほぼ同じだ。

 ただ、彼女のカードはもっと華やかで、どこか誇らしげな輝きを放っていた。

 それに比べれば、自分のカードは……なんとも控えめな気がする。

 いや、地味と言ってもいいかもしれない。

 美怜ちゃんのものと何が違うんだろう。

 素材やデザインは同じに見えるのに、何が違うんだろうか。


 加工技術は確かに高度で、プリズムの光は見る角度によって虹色に揺れる。

 でも、ただ、それだけだ。

 俺ははフッと小さくため息をつき、カードを握りしめる。


 それを見た赤木くんは、大げさに肩をすくめてわざとらしくニヤリと笑う。


「さて、お待ちかね! ステータスはどんなんかな!?」


 彼は目をキラキラと輝かせ、前のめりに俺の手元を覗き込む。


 「レアジョブとかいっちゃうか?! ゲートの反応があんな派手だったんだから、こっちも期待していいよな!?」


 ゲートの時はあんだけ引いてたくせに、今は新しいおもちゃを前にした子供みたいに、目を輝かせてる赤木くん。


 その姿に、綾ちゃんを思い出す。

 綾ちゃんのお気に入りのゴブリン人形――ゴブリンの絵本が好きな綾ちゃんの為に、りっちゃんが手作りした可愛いヤツ――を初めて前にした時の綾ちゃんも、こんな感じで目をキラキラと輝かせ「わぁっ!」って顔で喜んでたっけ。


 ……いや、このうほうほゴリラを見て綾ちゃんを思い出すって、父親としてどうなんだ、俺。

 前言撤回、何も思い出さない。

 いや、綾ちゃんは心の中に常にいる。

 このゴリラを起点に思い出すのは、絶対駄目だ。


 しかし、このゴリラ、さっきの戦闘でアドレナリンがドバドバなのか、鼻息が荒い。

 あと、やっぱり汗臭い。

 少しだけ、さっき戦ったゴブリンみたいな臭いがする。


「もういいよ、そういうのは。普通が一番だよ、普通が。俺が『斥候』で君が『戦士』とか、無難なやつでさ」

「何言ってんだよ、まっさん! そんなしょぼい基本職なんてお呼びじゃねぇんだよ!」

「しょぼいって、君、そんな事言っていいの? 全国三千万の基本職が怒るよ?」


 配信してるんだから発言に気をつけろよ、このゴリラ。

 俺まで巻き添えで炎上とか、洒落になんねぇ。


「つか、もう顔バレしてバズってんだから、ここまで来たら行くとこまで行かんと! 中途半端が一番駄目なんだぞ!?」

「それなんだけど、本当にバズってんの? 今のところ視聴者二人なんだけど。あと、君に『中途半端』とか、一番言われたくないんだけど」


 自分の今までの生き方を省みろよ、と言いたい。

 仕事もすぐに飽きて辞めて、職歴がパッチワークみたいになってる転職のプロ(笑)のくせに。


「そんなことよりも、赤木くん。さっき美怜ちゃんが言ってた卵の話なんだけど……」

「なんのことかなっ!? さぁ、ステータスの確認と行こうかっ!」

「誤魔化し方、下手かよ」


 美怜ちゃんと合流したら、二人でガッツリ詰めてやろう。

 きっと彼女なら、ノリノリで喜んで協力してくれるはずだ。


 ウホウホゴリラに呆れつつ、軽くため息をついて、カードの表面に目を落とす。


 キラキラと薄く光を反射しているカードには、俺の名前と年齢が刻まれている。

 その横には、いつの間にか撮られたらしい顔写真まで貼っつけてある。

 寝不足で目の下にガッツリ隈ができ、魂が抜けたみたいに暗い目をした、くたびれたおっさんが無表情にこちらを見ている。


 ……え、俺って、こんな酷い顔してんの?

 これ、撮り直し効くよね?

 身分証明でこれ出すの、死ぬほど恥ずかしいんだけど。


 見た感じ、構成は美怜ちゃんのカードとほぼ同じで、またイレギュラーが起こらなくてホッとする。

 住所はさすがに書いてないけど、まんま運転免許証みたいだな。


 横から覗いてくる赤木くんが、自分のカードを指で弾いたりして、まるで子供のおもちゃみたいに弄びながら聞いてくる。


「で、ジョブとか属性とかはどうやって見るんだ、まっさん?」

「えぇと、確か、カードを持った状態で『ステータス』って念じると……」


 ――ブンッ。


「「うぉっ!?」」


 突然、カードがブルっと震えて、まるで生き物の体温みたいに熱くなる。

 次の瞬間、カードの上にDDのようなホログラムディスプレイが、青白い光を放ちながら浮かび上がる。


「おぉ……ここでもこの技術が使われるんだ」

「へぇ、こういうタイプのステータスなんだな。ラノベだと色々あるけど」


 ラノベとかだと、頭の中に浮かんだり、カード無しでもステータス画面が現れたり、自分だけに見えるパターンとか、色々だ。


「まっさん、ちょっと見せてみ?」

「ちょ、待てよ赤木くん! 俺より先に見ようとするなよ! 君、ほんとそういうとこだぞ!」


「どれどれ」と、二人で俺のステータスを確認する。


 そこには――


 ==========

 葛木 聖人

 レベル:8

 ジョブ:探索者

 属性 :無

 スキル:身体強化

   :見様見真似

 ==========



「「……」」


 赤木くんがなんとも言えない顔で俺のほうを見てくる。


「……なんだよ、赤木くん?」

「いや、なんつーか……」

「言いたいことあるなら、はっきり言いなよ?」

「えーと、まっさんらしいなって」

「は? それ、どういう意味よ?」

「モブっぽい」

「うるせぇよ! いいんだよ、モブで! このくらいでちょうどいいんだよ!」


 そう、ようやく俺っぽい、普通の感じになった。

 今までがおかしかったんだ。

 なんだよゲートの反応とか、下層に強制転移とか、ゴブリンの群れとかさぁ!

 あんなん、40歳のおっさんには不釣り合いなんだよ!


「まぁ、まっさんがそれでいいならいいんだけど……いや、ちょっと期待外れというか、なんというか」

「うん、言いたいことは分かるよ、うん」


 赤木くんが顎に手をやり、うーんと唸る。

 その仕草が美怜ちゃんにそっくりで、さすが親戚だなとちょっと微笑ましい。

 ただ、見た目は月とスッポン、美人とゴリラだけど。


「うーん、ジョブの『探索者』ってのはどうなん? 職業が探索者なんだからジョブも『探索者』で合ってるっちゃ合ってるけど」

「あまり聞かないジョブだよね。レアなのかね?」

「属性も『無』って何だ? 属性が無いってことか?」

「いや、属性が無いって、有り得るの?」


 この世界のステータスは、レベル、ジョブ、属性、スキルの4つで構成されている。

 よくある「ちから」とか「かしこさ」みたいな数値パラメーターはない。


 レベルは魔物を倒すと上がるもので、これは分かりやすい。

 下層のゴブリンを倒したんだから、一気に8まで上がったんだろう。

 偽美怜もそんな事言ってたし。

 下層ゴブリンの経験値はいくらなのか気になるところだけど。


「レベルと……スキルは置いといて、ジョブと属性だけど、これなぁ……」

「確か、その2つはその人の人生そのもの、とか言ってたよな、まっさん?」

「そう、なんだよね……」


 ジョブと属性は、その人の資質や人生経験に基づいて発現する、と言われてる。

 俺のジョブ「探索者」ってことは、探索者に向いてるってことでいいのか?

 でも、探索者な人生経験、って意味わからんし。


 属性の方は……いや、「無」って何?


 資質や人生経験に沿うなら、何かしらあるだろ。

 俺の人生において特筆すべきことは何もないってこと?

 ふざけんなよ?

 愛しの妻と娘がいて、毎日幸せハッピーハッピーだぞ?

 属性:毎日幸せ、とかでもいいじゃんか。


「スキルの『身体強化』はさっきの戦闘で分かったよな。普段からはあり得ないパワーだったし、俺ら」

「もう1個の『見様見真似』ってのは何だろうね?」

「そのままの意味なら、相手のスキルを見れば真似できる、とかか?」

「えぇ? なにその微妙にチートっぽいの」「でも、そう考えたら何となく納得だな。まっさんてさ、昔から1聞いたら7か8くらいは理解するって感じだろ?」

「いや、そんな能力ねぇよ。どこの天才だよ。俺は至って普通の凡人だよ」


 でも、言われてみれば、確かにそんな節はあるかもしれない。


 昔、会社の先輩に仕事を教わった時、最初に基本をサラッと説明されただけで、慣れないなりにこなしていたら、「なんで入って1日でベテラン作業員並みに出来高上げてんの!?」と驚かれたっけ。


 まぁ、俺から言わせれば、工場のライン工なんて、あんな単純作業にベテランもクソもないだろって思うんだけど。


 趣味の1つの料理でも、レシピや動画を1回見れば、そこそこのクオリティで大体作れる。

 あとは、地味だけど髪の毛を切るのとか、整体とかもそうかもしれない。

 美容院や整体に最初の1回だけ店に行って、施術の流れを観察して大まかに覚えたら、次からは自分でやって意外と様になったり、とか。

 それを見たりっちゃんに「凄い節約だね」なんて笑われたこともある。


 そういや、DIYもそうかな。

 良い感じの棚が欲しくてホームセンター行ったら、既製品は割と高くて、なら自分で真似て作ろうって既製品以上に味がある物ができちゃったり。


 ……いやいや、どれも大したことないだろ。

 普通の人がちょっと頑張ればできるレベルだ。

 そんなんでスキルになるのか?


「まっさん、ほら、心当たりあるだろ?」


 赤木くんが手甲をつけたゴツい腕を胸で組んで、ニヤニヤしながら続ける。


「覚えてるぜ、学生時代。俺が柔道部の助っ人で大会出たときさ、試合前の調整中に冷やかしで応援に来てたまっさんを冗談で投げようとしたら、綺麗に投げ返されて一本取られた事あったよな。柔道なんて体育の授業でしかやったことないくせに、隣でチラッと他の選手の動き見て1回で真似してたじゃん。顧問に『葛木、柔道部入れ』ってスカウトされてたよな?」


 また懐かしい話をするね、君。

 何年前だったか、確かにそんな事もあった。


「確か、当時柔道漫画にハマってた頃、冷やかしで赤木くんの助っ人ぶりを見に行った時か」


 観客席でボケっと試合を見てたら、赤木くんが呼ばれて近くに行ったら、いきなり組んでくるんだもの。


「いきなりなんだよ、こいつ」と思ったけど、お気に入りのシャツが伸びるのが嫌で、マッハで切り返してたよね。

 結局、投げた勢いでダルンダルンに伸びちゃって駄目になったけど。


「だろ? まっさん、昔からなんか見て真似するの得意だったし、なんならオリジナルよりクオリティ高い時もあったよな。そのスキルが発現するのも納得だよ」

「いや、大袈裟すぎない? こんなの誰だってやれるだろ。あくまでも普通の範囲内でできるだけだよ」


 まぁ、スキルとしては地味な感じだけど、俺っぽいと言えば俺っぽいのかな。


「そういう赤木くんのステータスはどうなんだよ?」

「ふっ、俺のはきっと、まっさんと違って派手だぜ!」


 赤木くんは「フフンっ」ってドヤ顔で言い放ち、ステータスカードを高らかに掲げる。


「来いっ! 俺のステぃぃタスっ!!」


 ブンッと音がして、青白い光とともにディスプレイが現れる。

 そこに映されたステータスは――



 ===========

 赤木 良治

 レベル:8

 ジョブ:山賊 ▼

 属性 :虹

 スキル:奇襲

    :身体強化

    :銭投げ

    :職道楽

 ==========


「ぶっ! あ、赤木くん、さすがっ!」

「な、ふ、ふざけんなよ……」


 色々突っ込みたいところもあるけど、いやいや、さすが赤木くんだ。

 もってらっしゃる。


「だ、誰が山賊だっ!!」


 赤木くんの魂の叫びが、ダンジョンの薄暗い路地に木霊した。

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