第22話 レベルアップとデジャヴおじさん


 さっきまでのゴブリンの「ギャッギャッ」な騒ぎが嘘みたいに、ダンジョンは急に静まり返る。


 薄暗い路地に、俺と赤木くんのゼェゼェした荒い呼吸だけが響く。

 ゴブリンの血の臭いが鼻をつき、苔むした石畳に赤黒い染みが広がってる。

 遠くで、ポタポタと水滴の落ちる音。

 湿った土の匂いが、ひんやりした空気に混じる。


「ハァ、ハァ……終わったよな、まっさん?」

「たぶん……はぁ、はぁ」


 赤木くんがメイスを石畳にトンと突き、肩で息しながらゴブリンの死体をチラ見する。

 俺も杖を握り直し、汗でベタベタの額をジャージの袖で拭う。


 ゴブリンのグチャグチャな死体。

 飛び散る血と肉。

 むせ返るような血の匂い。


 コレをやったのが40過ぎた俺たちおっさんだっていうのが、信じられない。

 目の前のこの光景を見ても、ゲームみたいだなぁとしか思えないほど、現実離れしている。


 熱く滾っていた体が、段々と冷めてくる。

 熱くなった体がジンジンしてるのに、頭はなんかスッキリ冷静になってて、不思議な気分だ。


「……まっさん、やべぇな」

「うん、……やべぇ」


 二人、顔を見合わせてポツリ。


 言葉は短いけど、言いたいことは全部詰まってる。

 だって、俺たち、40歳のおっさんだぞ?

 運動不足で膝ガクガク、リングフィットすら三日坊主のガリとお酒大好きビールっ腹のデブが、下層のゴブリンを5匹も無傷でぶっ倒したんだ。


 しかも、さっきの全力疾走もおかしい。

 あんな距離、20代の俺でも死にそうだったのに、膝が「HAHAHA!」って笑うどころか、まだピンピンしてる。

 呼吸するたびに、なんか体に力が湧いてくるみたいだし。


「なんでこんな体動くんだよ。まるで、若い頃のキレ……いや、それ以上だろ、これ」

「それな? 俺、リングフィット続けてるけど、こんなパワーねぇし。つか、体、回復してね? さっき肺と膝燃えてたのに、なんかスッキリしてんだけど」


 赤木くんがメイスを肩にトンと当て、ゴツい体を軽く揺らしてハハッと苦笑い。

 俺もチュニックの裾を引っ張りながら、腕をグルグル回してみる。

 筋肉痛どころか、なんか異様に軽い。

 ゴブリンぶっ飛ばした腕が、ビリビリ熱いのに疲れがない。

 初心者じゃ絶対無理な下層のゴブリンを、なんで俺たちが瞬殺できたんだ?

 それに、テンションもなんかおかしかった気がする。


 ……色々考えることは山ほどある。


 ゲートのバカみたいな反応、ダンジョンマスターの「応援」、美怜ちゃんの「いざとなったら私がやる」発言、転移の罠。


 頭整理したいけど、どれから考えりゃいいか分からない。

 考えたって、答えが出る気もしない。

 でも、一つだけ確かなことがある。

 この場で一番なんか知ってそうな奴がいる。


「美怜、なんなんだこれ? なんで俺たちこんな強いんだよ?」

「美怜ちゃん、なんか知ってるよな? さっきも『覚醒前でもこれかぁ』とか、しれっと言ってたよね?」


 俺と赤木くん、DDを睨みながら詰め寄る。

 キラキラ光るDDが、ふよふよと路地の天井近くで旋回してて、ピピッて撮影音が相変わらずムカつく。


 美怜ちゃんの声が、スピーカーから軽快に響く。


「《:あはは、いやぁ、ボクも予想以上の結果に驚いてるんだよ! いや、マジすっごいね、二人とも!》

「……は?」


 なんか、違和感。

 美怜ちゃん、さっきからキャラ崩壊してね?


「ボク」って一人称、いつからだよ。

 あの歳でボクっ娘とかちょっと痛いんだけど。

 口調も美怜ちゃんぽくないし、休憩所で「冷凍マグロの目」だった美怜ちゃんが、こんな「w」連発するタイプだったっけ?

 いや、ネットじゃキャラ変わる奴いるけど、普段真面目な奴が、匿名になるとはっちゃけるみたいな、あれか?

 美怜ちゃん、ストレス溜まってるのか?


「美怜ちゃん、冗談はいいからさ。マジで何知ってる? 守秘義務とかいいから教えてよ」


 DDに向かってガッと踏み込んで、杖を地面にトンと突いて、めっちゃ詰め寄ってみる。

 赤木くんも「そうだそうだ!」とメイスをブンブン振って、なんか山賊感マシマシで同調してくる。


「《:ふふ、詰め寄られても、DDの向こう側にいるボクには関係ないよ? そんなことより、そろそろ始まるよ? 大丈夫?》」


「始まるって何だよ!?」

「またなんかあるのか? 勘弁してくれよ、マジで!」


《二人もお待ちかねのアレだよ。アレ!》」


「だから、なんだよ!?」

「もうほんと、いい加減にして? そういうのいいからさ」



「《:テレレレッテッテッテー、レベルアップ、だよ!》」


「「は?」」



 ――ドクン!


「「がっ!?」」


 突然、何か爆発したみたいに、胸の奥が熱くなる。

 血がグワッと沸騰して、全身をギュルギュル駆け巡る感覚。

 骨が軋み、筋肉がビリビリ痙攣する。

 体が勝手に別のものに作り替えられてるみたいで、頭がクラクラする。


 痛い。

 熱い。

 気持ち悪い。


 心臓がバクバク暴れて、息が詰まる。


「ぐ、っ、がはっ!」


 思わず胸を押さえて石畳に膝をつく。

 杖がカランと手からこぼれ落ちて、ゴブリンの血溜まりに転がっていく。


「ぎぎぎ、心臓、いってえぇぇ!」


 隣で山賊していた赤木くんも、叫びながらゴロゴロと石畳を転がってる。

 メイスと盾がガチャガチャ鳴って、耳障りな音が薄暗い路地に反響する。


「《:あはは。ダンジョン適合度、言い換えると魔素適合度、魔素との親和性。二人のはね、それがめっちゃ高い。高すぎるんだよ! 他に類を見ないほどに!》」


「《:君達はね、レベルアップする前からダンジョンに漂う魔素を吸収して、バフがかかって身体能力がバッチリ上がってたわけだよ。なんならゲート前から、だね! ゲートから漏れ出す魔素を吸ってたんだ。じゃなきゃ、ただのおっさんが下層のゴブリンを倒せるわけないじゃないかw》」


「《:ゴブリンとは言え下層の魔物を5匹も倒したんだから、獲得する魔素も普通とは段違いに多い。急激なレベルアップも当たり前だよねぇw 言うなれば、レベル1でメタルキング倒した、みたいな? 生まれたばかりのポケモン連れて四天王倒す、みたいな? ゲーマーなら、分かるよね?w》」


「う、ぐぅ、くそ、痛えぇ!」


 美怜ちゃんのノリノリな解説が、DDから響く。

 メタルキングとか、四天王とか、ゲームネタで例えるのやめろよ!

 めっちゃ分かりやすいけど、んな余裕ねぇよ! めっちゃ分かりやすいけど!


 体が燃えるみたいに熱くて、頭がガンガンする。

 視界がチカチカして、ゴブリンの血の臭いが余計に気持ち悪く感じる。


「《:耐えきれなくて死んじゃうかな? あはは、頑張って二人とも♪》」

「《:早く馴染まないと、また魔物が来ちゃうよー?》」


「っ、んな、こと、言ったって、なぁ!」

「い゛い゛い゛だぁ゛い゛ぃぃ! 美怜、ころ、すぞぉぉ!」


 赤木くん、痛みで壊れちゃった。

 メイス握りながら石畳でゴロゴロ転がって、完全に山賊からモブに降格した感じだ。

 俺も「うぐぅ」と呻きながら、なんとか杖を拾って立ち上がろうとするけど、膝がガクガクして座り込むのがやっとだ。


 DDがブーンと低く旋回して、俺たちの情けない姿をガッツリ撮影してる。

 視聴者2人のくせに、撮影したって意味ないだろ!


「《:おっさんが痛みで喘ぐ配信、誰得www》」



 十分か、二十分か、そうしていると、永遠に感じる痛みが、ようやく引いてくる。

 体の熱さがスッと消えて、心臓の暴れ馬も落ち着く。

 強引に作り替えられてた感覚が、なんかスッキリした軽さに変わる。


「ハァ、ハァ、ハァ……終わった、か?」

「うぅ……シテ……コロ……シテ……」


 赤木くんはゴロゴロ転がるのやめて、仰向けで石畳に大の字になっている。

 メイスと盾が横に転がって、完全に討伐された山賊の死体だ。


 俺も杖に体重預けながら、なんとか立ち上がる。

 さっきまでの燃えるような痛みが嘘みたいに、体がバカみたいに軽い。

 ゴブリン戦の時も軽かったけど、今はそれ以上だ。

 まるで、俺が俺じゃないみたいだ。


「なんだ、これ……」


 試しに、その場で軽くジャンプしてみる。

 軽く飛んだつもりが、グンッと体が浮いて、2メートルくらいジャンプしてんじゃねぇか!?


 着地した瞬間、石畳がボコッと軽く凹む。

 え、怖!

 え、ジャンプ、何!?


「まっさん、なんだこれ!? ははは、俺、めっちゃ飛べるんだけど!」


 赤木くんは知らん間に跳ね起きて、メイスと盾をブンブン振りまわしながら、ぴょんぴょん跳ねている。

 赤木くんの着地した石畳がバキバキに割れて足跡がついてる。


 いや、君、さっきまで「ころすぞ」とか「…、コロシテ」って死にそうだったじゃん。

 回復早すぎね?

 君みたいなゴツいやつが飛び跳ねて近づいてくると、わりかし恐怖なんだけど。


「赤木くん、落ち着きなよ。つか、俺もやばい。体、軽すぎるんだけど……」


 視界もなんかクリアだ。

 元々目は良かったけど、ゴブリンの血溜まりの細かい泡まで見えるし、遠くの水滴の音がハッキリ聞こえる。

 呼吸するたびに、なんか胸の奥で熱いものがグツグツ湧いてくる。

 ゴブリン5匹倒しただけで、こんなバケモノみたいになるの?

 え、探索者って怖っ!

 みんなそうなの?


「《:おぉー! 耐えたんだ? てっきり耐えきれず四肢が爆散すると思ったんだけどw》」


「えぇ、爆散てアンタ……」

「地味に危ない橋渡らせるのやめろよ、マジで」


「《:ね、すごいでしょ? 魔素適合度が高いと、レベルアップがこんな感じなんだよ。二人、試験合格おめでとー!》


 美怜ちゃんの声が、DDから弾けるように響く。

 もはや、本当に美怜ちゃんかどうかも疑わしい。


「美怜ちゃん? まだなんか隠してんだろ? つか、アンタ、誰だよ? さっきからキャラおかしいし、本当に美怜ちゃんか?」


 杖を地面にトンと突いて、DDを見る。

 赤木くんも「そうだそうだ! 痛かったんだぞ!」とメイスを振り回して、山賊みたいに威嚇している。


「《:あはは、隠してないよー。ただ、ちょっとテンション上がっちゃって、ね? ちょっと野暮用で離席するから、後は頑張ってね〜》」


「いや、待て、逃げんなよ!」

「まだ何も分かってねぇぞ! 美怜!」


 DDのホログラムディスプレイに映し出される「視聴者数」が1になる。

 美怜ちゃん(仮)が退席したんだろう。


「くそ、美怜ちゃん、絶対なんか知ってる……」

「まっさん、アイツ、めっちゃ怪しくね? つか、俺たち、これからどうなんの? このパワー、ヤバすぎだろ」


 俺と赤木くん、ゴブリンの死体に囲まれた路地で顔を見合わせる。


「……はぁ、なんか疲れた」

「何なんだよ、マジで」


 湿った空気が肌にまとわり、苔の匂いと血の臭いが鼻をつく。

 遠くで水の音が静かに響く。


「分かんねぇけどさ、赤木くん。とりあえず、生きて帰るか。りっちゃんと綾ちゃん、待ってるし」

「ん、そうだな。借金も返さなきゃだし、ビール飲みたいしな」


 杖を握り直し、赤木くんと肩を並べる。

 ダンジョンの闇の奥、なんかカサカサ動く音が聞こえる。

 おっさん二人、どちらともなく歩き出そう出して、


「で、どっち行けばいいのよ、赤木くん?」

「知らんよ。俺に聞くなよ、まっさん」

「帰るにしても、出口の方に行かなきゃ帰れんじゃん」

「だから、知らんよ。まっさんの方が知ってんじゃないの? なんか無駄に調べものするじゃん」

「無駄ってなんだよ。下層のマップなんて知らんよ俺も。だいたいこんなつもりじゃなかったし」

「それなぁ。つーか、ゲートの反応からしてマジでなんなん? 人選間違えてないか?」

「俺らおっさんなのに、なんでこんな命がけで切った張ったしなきゃならんのよ。そういうのは若いのにやらせなよ、マジで」

「それな! あの金髪くんとかでいいじゃんね? それか高校生たちで」

「ダンジョンマスターとか意味分からんし、気に入られたとか、なに? 知らんやつに気に入られるとか超怖いんだけど」

「さっき言ってたやつか? なんなんそれ? 美怜のことも気になるんだけど?」

「美怜ちゃんねぇ……あれ、ほんとに美怜ちゃんか? キャラ違くね?」

「知らんよ、本物かどうかなんて、あいつのアカウントなんて知らんし。叔父さんとか言ってたから本物じゃねぇの?」

「成りすましかもしれんじゃん。する意味が分からんけど」

「意味わかんねぇ。まぁ、何か色々知ってそうだったし次来たらまた聞いてみるか?」

「なんか色々痛そうな奴だったから話通じるかねぇ?」

「それなぁ……」


 などとボヤキ始めて座り込み、動き出そうとしない。

 おっさんてのは動き出しが遅いんだ。

 いろんな意味で。


「なぁんか、テンションだだ下がりだわー」

「それなぁ、さっきのまでの熱い気持ち、どこいった?」


 ゲートの時もそうだけど、あまりに強いインパクトがあると、逆に引いちゃうのよね。


「とりあえず、ただただ面倒くさい」

「それな」


 ボヤキ始めて三十分、その間もDDは二人の周りを漂っている。

 カメラのレンズは二人を収め、おっさんから吐き出される鬱憤を配信する。


 近くに寄ってきたDDを「邪魔だよ」と手に持った杖で払いのけると、ピコンと音が鳴る。


「やべ、壊したか?」

「おい、やめろよ、まっさん! 高かったんだぞ!」


 赤木くんがDDを掴み、具合を確かめようとすると、


「《:叔父さん! まーくんさん! 今どこっ!? 無事なのっ!?》」


 あ、美怜ちゃんだ。

 あれ、デジャヴ?

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