第18話 Ch「アカギとマッサン」とおじさん
《配信を 開始しました》
「「おぉ、喋った」」
赤木くんのDDがくるりと宙を舞い、合成音声が配信の開始を告げる。
球形で、ちょっと大きめのリンゴほどのサイズのその機械は、フワフワと漂よいながら赤木くんの後を追いかける。
でんっとDDの丸いボディの中央に鎮座する大きな目玉のようなカメラレンズが、キラリと光を反射して少し鬱陶しい。
「これ、ほんとに撮れてんのか?」
赤木くんが怪訝そうにDDを覗き込む。
「目玉の横に赤いのが光ってるから大丈夫じゃない?」
よく見ると、レンズ脇に小さな赤いLDEがチカチカと光っているのがわかる。
「誰か見に来たとか、コメントとかどうすんの? ダンジョンの中でチラチラ確認するわけ?」
「ホログラムディスプレイとか、読み上げ機能とか、色々あるってさ。ひかりんが言ってた」
DDがふわっと近づいてきたので、手を振って追い払う。
体を軽く伸ばし、ストレッチで凝りをほぐしながら「めんどくさそうだなぁ」と内心ぼやく。
配信義務化とか勘弁して欲しいな。
ゲーム配信なら分かるけど、なんで見ず知らずの他人に顔晒して話さなきゃいけないのか。
嬉々として配信している連中の気がしれない。
「うーん、やっぱり誰も来ねぇな。相変わらずの過疎配信だわ」
「久しぶりだしいつも来てた常連さんも来ないね、やっぱり」
5分くらい待ってみたけど、DDが空中に投影したホログラムディスプレイ――青い光に浮かぶ透明な画面。いや地味にこの技術凄くない?――には「視聴者数:0」の文字が浮かんでいる。
「ねぇ、叔父さん、もういい? 時間押してるんだけど」
「うん、ほら、赤木くん。行くよ? いつまで経っても誰も来ないよ」
「何でだ……俺の記念すべきダンジョン初配信なのに……」
「赤木くんがバズったって言ってたから、面倒なことになると思ってたけど……」
全然人こねぇでやんの。
ひかりんのキラキラJK配信にみんな流れたのかな。
まぁ、配信なんてめんどくさいし、俺はその方が気楽だし助かる。
ガッカリしているしょんぼりゴリラな赤木くんの背中をポンポンと叩き、気を取り直してゲートへ向かう。
「ごめんね、美怜ちゃん。行こうか」
「はい。ほら叔父さんも、サッサと行くよ!」
「はぁ……へーい」
さっきまでのノリノリの雰囲気は何処へやら。
赤木くんはダラダラとやる気なさそうに歩き出し、40歳のくたびれたおっさんらしい気だるさが全身から滲み出ている。
石畳から響く足音が妙に虚しく響く。
……横を歩いている俺も、似たようなもんか。
ゲート前に三人で並ぶ。
古びた石造りの門は、苔むした表面に薄緑色の光が滲む模様が浮かび、神秘的な雰囲気を漂わせている。
ゲートの反応を避けるため、微妙な距離を保ちながら立つ。
「赤木くん、派手な反応が出るとダルいし、パーっと走っていこうか」
「ちょ、ちょっと待てよまっさん! せっかくの撮れ高なんだから、ちゃんとやろうぜ!」
「えぇ、めんどいんだけど。つーか視聴者いないんだから撮れ高とか気にするなよ。無駄だよ無駄」
「アーカイブには残るんだから無駄じゃねぇよ! ほら、俺から行くから待てって」
そう言って赤木くんは意気揚々と足早にゲートへと近づき、ゴツい手を石門へと伸ばす。
「あ、待って赤木くん! まだ心の準備が――」
――ズドオオオオッ!
ゲートが再び唸りを上げ、先ほどよりも濃い赤い光が爆発する。
鏡みたいに静かにキラキラと光を反射していた水面は荒れ狂い、巨大な波紋が渦を巻いている。
「ちょっともうほんとうっるせぇ!! だからいきなりやるなよ赤木くんっ!!」
「はっはっはっ! まっさん! やっぱりすげぇなこれ!」
耳を塞ぎながら怒鳴るけど、全く聞こえていないのか子供みたいに楽しそうにはしゃいでいる。
さっきまでしょんぼりゴリラだったくせに、うほうほゴリラじゃん。
DDは少し離れた場所から、その様子をじっと撮影している。
「まーくんさん! うるさいからさっさと行っちゃいましょう!」
「! うん、そうだね」
ゴリラは放置して、俺と美怜ちゃんはパタパタと小走りでゲートへ向かう。
その時、ふいに俺の手が冷たい石門へ触れてしまった。
その瞬間、
――シン。
まるで時間が止まったように、静寂が辺りを包む。
「「「は?」」」
赤木くんのゲート反応が消える。
慌てて手を離す赤木くんの顔が、間抜けに歪んでる。
すると、
――ズドォォォっ!
今度は青白く光の奔流が迸る。
石門の模様が輝き、雷のようなバチバチとした光が走る。
「「「えぇ……」」」
「もう意味わかんねぇ」と呟き、疲れたのでそっと手を離す。
すると光は収まり模様の明滅も落ち着く。
「「「……」」」
赤木くんが触る。
赤い光が、どぉぉん!
赤木くんが離す、シン。
俺が触る。
青い光が、どぉぉん!
俺が離す、シン。
俺と赤木くん触る。
どぉ……シン。
「……赤木くん、なにこれ?」
「……俺に聞くなよ、まっさん」
何とも言えないめんどくさそうな顔をして、おっさん二人が顔を見合せる。
いつの間にか近くにいたDDが、単眼レンズで間近から俺達を撮影してる。
どういうことよ?
ダンジョンマスターだっけ?
俺らで遊んでんのか?
あぁ、頭痛くなってきた。
こういう時は知ってそうな人に聞くのが一番だ。
「「美怜?」ちゃん?」
後ろで大きな目をパチクリしながら、マグロみたいに口をパクパクして面白い顔をしている美怜ちゃんに聞く。
「わ、私に聞かないでよっ!」
「ギルド職員なんだからなんかわかんねぇの?」
「そうそう、美怜ちゃんなら分かるんじゃないの? ほら、ねぇ?」
「お前、特級なんだからなんか知ってんだろ?」って暗に示す目でじーっと圧をかけてみる。
「私だってこんなの初めてなんだから! 私が聞きたいくらいだよ!」
特級探索者ですら知らないような事態を、俺達が引き起こしてるってなんだよ……。
「……赤木くん、とりあえずさ」
「うん?」
「これはまぁ、これとして。もう、ダンジョン入ろうか」
「あぁ……うん、そうするか。まっさん」
美怜ちゃんに視線を向けると、顎に手をやり何かブツブツと呟いて思考の海に沈んでいる。
「……やっぱり……話が違う……打ち消しあってる……まーくんさんは分かる……叔父さんは……」
ブツブツ何言ってっか分からないけど、美人がそんなポーズで考え込むと、妙に様になる。
かっけぇな、冷凍マグロ。
美人な冷凍マグロは放置して、俺達は石門の中へダラダラと歩を進める。
「夢の続きだなんて言いつつ、こんなんでいいのか」と一瞬思うけど、「まぁ、そこは俺たちだしなぁ」なんて納得してしまう。
頭のてっぺんから足の爪先までがゲートを通過した瞬間、まるで柔らかな陽だまりに包みまれるような、得も言えぬ不思議で暖かく懐かしい感覚が全身を満たす。
遠い昔、子供の頃に感じたような、安心と期待が混じるような……。
「なんだこれ……懐かしい……?」
心地良いのにどこか違和感があり、ムッと顔をしかめて目を閉じる。
次に目を開けると、そこは薄暗い路地だった。
朽ちた白壁が両側にそびえ、じんわりと湿った土の匂いが鼻につく。
遠くでポタポタと水滴が落ちるような音が響き、まるで忘れられた街の裏路地にでも迷い込んだようだ。
「おぉ、すげぇ。門の向こうから見えてた景色と全然違う」
「どんな原理なんだろうなこれ。ダンジョンってすげぇな」
ダラダラおじさん達のテンションがちょっと上がる。
「なんか城下町の壁みたいだな」
赤木くんがペタペタと壁を触りながらズンズンと奥へ進んでいく。
「一応、空はあるのね」
上を見上げると、どんよりと曇った灰色の空が広がっている。
ダンジョンと言ったら洞窟をイメージしていたので、ちょっと意外だ。
路地の幅は5メートルほどで、壁の高さは3メートルくらい。
てっぺんには、これまたところどころ朽ちてボロボロな瓦が並んでいる。
「なんか……カケガワの街みたいだな」
今朝歩いた街の風景が、ふと脳裏に浮かんだ。
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