怪人は閉じられた街に夢を見る

堺栄路

第0章 霧の中

 投与一時間で被験者死亡。13回目の実験も、結果はいつもと同じに終わった。

 銀色の髪をした鷲鼻の男──ロッズ・ザ・ワイルドターキーは、被験者を閉じ込めていた檻の前で力強く叫んだ。


 なぜ、なぜだ。おまえたちはなぜ私を拒むのだ。


 彼の叫びに後方で実験を観察していた白衣の研究者たちがびくり、肩を震わせる。中には今にも泣き出しそうな者もいる。

 ワイルドターキーは御構い無しに感情を吐き出す。グズグズに溶けてしまっ た新人類ネオ・サピエンスだった物に対して、悪態をつき続ける。

 ゲル状にふやけた人間だった塊は、唯一残った眼球をワイルドターキーへ向けている。その瞳には意志はなく、老人の姿を写すのみだ。


「──もうやめましょう。こんな研究は続けてはいけません」


 研究者たちの中で最も歳のいった男が、ワイルドターキーをなだめるように云った。

 深いシワに覆われた瞳が研究者へ向けられた。激昂している体と正反対に、冷たく鋭く、別の生き物のようだった。研究者は後ずさりしながらも、ぐっとこらえ猛禽類のような男に立ち向かう。


「一三度。一三度も失敗している。一度考え直すには十分すぎるでしょう。方法が間違っているのか、そもそも理屈が違っているのかは分かりません。ですが、これ以上続けるのは、いくら相手が化け物と云えども、命の冒涜で──」


 研究者の胸元に、ひやりと冷たい塊が押し付けられる。

 そして、破裂音が二度続いた。

 誰かが短い悲鳴を上げる。

 ワイルドターキーの手に握られた小銃から、薬莢が零れ落ちる。彼は先程までの怒りを内面へ押し込めてゆっくりと立ち上がった。檻の上に設置されていた照明が逆光となり、彼の輪郭だけを浮かび上がらせる。


「実験を続けろ。いかなる手段を用いても構わん。私が求めるのは結果のみ、他のものは要らない。わかったな」


 残った研究者たちが何度も頷き、それぞれの仕事へ戻っていく。

 小銃をしまい、彼は研究室を後にする。

 扉の前では彼の秘書である若い男が待っており、ワイルドターキーは一瞥すると、「もっと実験材料を集めろ」とだけ云う。

 秘書はそれだけで伝わったようで短く頷いた。

 ワイルドターキーは早足で廊下を進む。

 ブツブツとつぶやく。その言葉は誰にも聞こえないほどのものだったが、何度も「あと、少しのはずなんだ、あとすこし……」と繰り返していた。

 彼の背中を、26もの眼球が見つめている。それらは口も耳も溶けてしまい、言葉を発する事も聞くこともできない成れの果てたちである。皮膚も骨も筋肉もみな溶けて、捨てられた彼らは、街に残る霧のようにぼんやりと、誰にも気づかれる事もなくワイルドターキーを見つめ続ける。

 ワイルドターキーの影が廊下の曲がり角に消えたところで、彼らもまた姿を消す。残された秘書は、「くそッ!」と拳を叩きつける。


「こんな事が許されていい道理はないだろう……!」


 唇の端から血がひとしずく流れ落ちた。


「なんとか、しなくては……」

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