第16話【四人とマッチョと、パンチゲーム】


 マーキュリーコースターに乗った後、俺たちは早くもベンチで休憩をとっていた。


「北田。買って来たぞ、水」

「うぅ……すまん……」


 近くの自販機で購入したペットボトルの水を渡すと、北田はちびちびと飲んでベンチにもたれてぶつぶつとうわ言めいた呪詛を吐いてうめいている。


 ジェットコースターというものに乗るのは俺もサツキも初めてだったわけだが。

 修行の際に急流で丸太に乗って高速移動の練習とか、崖から紐なしバンジーで生き残る特訓とか、そういった経験がある俺やサツキには、あのくらいのスピードで上下左右に動く程度の乗り物は子供の遊びのようなものだったが。

 一般人にとってはそうではなく、むしろかなりハイレベルな部類だったらしく。絶叫系に慣れていなかったという五月女さんはもちろん、そこそこ遊園地に行ったことのあると豪語していた北田も、ついでに南雲たちも、完全にグロッキー状態になってしまったのである。


 やがて、トイレに行っていた五月女さんと、それに付き添っていたサツキが戻って来た。


「リュウくん、北田くんのほうはどう?」

「ああ、少し休めば大丈夫って言ってるけど。五月女さんは?」

「ええ。もうだいぶよくなったわ。ごめんなさいね」


 五月女さんはまだ少し青白い顔をしているものの、多少は持ち直したようで普段の凛として清楚な立ち振る舞いが戻っている。

 そんな彼女を目の当たりにして、グダっていた北田はしゃきんと立ち上がり明らかに強がりで笑って見せる。


「お、俺様ももうへーきだぜ。安心してくれよ五月女さん。俺様はゲロイン枠も全然イケる口だからな」


 そんなデリカシーゼロの発言をして、さすがにサツキに尻を蹴っとばされ、五月女さんにさえ日傘で軽く叩かれていた。これは自業自得すぎる。


 そのあと俺たちは、とりあえず一旦激しい系は避けようということになり。近くのアステロイドワールドという筐体のゲーム機が並ぶコーナーに足を運び、小休憩がてら楽しむことにしたのだった。

 ちなみに南雲たちはトイレに籠ったままなかなか出て来ず、待ってやる義理もないのでそのまま放置することにした。


「おお、あれが噂のUFOキャッチャーってやつか。でもこれ明らかにキャッチする腕が弱くないか?」

「このお菓子を落とす機械も、なんか全然落ちそうにないわよね。あと、こっちの機械で出てくるメダルって別の場所で使えたりするの?」


 ゲームコーナーには、太鼓を叩くゲームやレースゲームらしきハンドルのついた機械など目新しいものが色々と並んでおり。それらに俺とサツキは興味津々だったが。

 そんな俺たちの様子に、北田も五月女さんも不思議そうな顔になる。


「なんか薄々思ってたけど、お前らって遊園地どころかゲーセンすら珍しいのか? 今時天然記念物だぞ」

「ええ。わたくしでも、このくらいの遊び場は友達と行ったことありますよ」


 俺とサツキはふたりの反応に、すこし顔を見合わせ。

 なんだかお上りさんになったような心地で、ちょっと頬を赤らめる。


「えっと、俺は地元の近くにそういう遊び場がなくってさ。体を動かすアスレチック系の遊具とかで遊んだりはしてきたけど」

「私も友達に誘われたりしたことはあるんだけど、ちょっと、その、習い事とかが忙しくて」


 修行のことなどを隠すつもりはないが、詳しく言うのも少し憚られるので適当な感じではぐらかす俺たち。

 五月女さんは「そうなんですか、わたくしも親のしつけで中学までは習い事が大変でした」とサツキにシンパシーを感じて微笑んでおり。

 北田も若干フーンと鼻を鳴らして微妙な顔をしつつも、深くはツッコんでくることはしなかった。


「そういや、お前らって意外と筋肉あるよな。なあなあみんな、ちょっとあのパンチゲームで勝負してみねぇ?」


 そう言って北田が示す先には、あのププラとかいうマスコットを模した機械が鎮座してあり。胴体の部分がボクシングのサンドバックみたいな形になっている。

 どうでもいいが『ププラの腹パンボクシング!』とかいうタイトルが記載されているが、それでいいのか。マスコットとして。


「そんじゃー。ビリになったヤツは、一番得点高かったヤツのお願いをなんでもひとつ聞くことな」


 そして北田は半ば強引にそんなことを決め、機械に硬貨を投入し付属されていたグローブを手に意気揚々と腕を振り、わざわざかるくストレッチをしはじめる。

 その際に、ちらっとこっちを一瞥したところから意図をなんとなく理解した。

 たしかにこの四人で競うなら、確実に五月女さんがビリになるだろうからな。

 まあ、北田もこの程度のお遊びでそこまで変なお願いをするとは思わないし、そのくらい付き合うのもやぶさかではないけど。


「よぉし、いくぜぇ!」


 北田は、俺の目から見ると明らかに余計な力が入りまくった大振りな右ストレートを放ち、ドスンという鈍い音をププラの胴体から響かせる。

 そしてププラの口から『やられたプゥ! 81点だプゥ!』という声がして、後ろの液晶画面のランキング1位にその得点が追加された。

 どうやら他のモニター客はまだこのゲームをやっていないようで、その点が高いのか低いのかよくわからなかったが。

 次に北田に促される形でグローブをはめ、優美な動きでパンチを放った五月女さんは『まだまだだプゥ! 65点だプゥ!』という結果だったので、そこそこ北田の得点は高かったらしい。


「ふぅ、やっぱり純粋な腕力での勝負は厳しいですね」


 五月女さんは苦笑いしつつ、俺へとグローブを手渡してきた。


 さて。ここは重要なところだ。

 本気でやれば北田の得点を超えるのは容易いが、もちろん空気を読まずにそれをやるつもりはない。とはいえ下手に力を抜きすぎると、五月女さんの記録を下回ってしまうかもしれない。


 なので俺はププラの前に立って機械に硬貨を投入後、北田の不格好なフォームを真似つつ、北田と俺の筋力の差を考え、その差分の力をわずかに抜いた綿密な計算の末に放たれたストレートを振りぬいた。

 そして、ドシンと音を立てて的に突き刺さり。内心ハラハラで結果を持つ俺の耳に『なかなかだプゥ! 73点だプゥ!』という絶妙な点を叩き出した成果が発表され、危うくガッツポーズをとりそうになった。


「まあ、こんなもんかな」


 俺がわざとらしく肩をすくめると、五月女さんは軽く拍手をして、北田はこっそりサムズアップをしてみせていた。

 そして俺の意図を察して笑いをこらえているサツキに近づき、グローブを渡そうとしたところで。


「おい、終わったんならどけよ小僧」


 そこそこマッチョな体格のギラギラした金髪頭の男が、そのグローブをひったくるように奪い取ってきた。

 俺はその男が近づいてきた気配には気づいていたが、殺気などが無かったので意表をつかれてしまった。


「パンチゲームの鬼と呼ばれた実力、カノジョに見せてやるんだからよ」

「そういうことだから、ごめんねぇボクたち」


 実際、そのマッチョ男は刺客の類ではなかったようで。

 隣にかなりケバい化粧の女をはべらせ、意気揚々とグローブをはめ出した。


 そんな割り込みに、北田や五月女さんが注意をしようと前に出かけたが。


「いいよいいよ。私はあの人たちの後でやるからさ」


 事を荒立てることもないと思ってか、サツキがそう告げたので二人は口を噤み。

 俺もまた下手に口も手も出すことはしなかった。


「いくぜー……そら、よっ!」


 そんななかでマッチョ男は、多少格闘技の経験があるのかそこそこ整ったフォームでパンチを繰り出し。ププラのどてっ腹にドゴォンという轟音を奏でさせる。

 ププラは『参ったプゥ! 94点だプゥ!』という苦し気な声を発し、90点以上の時のサービスらしきファンファーレが鳴った。


「キャー! たっくん、カッコイー」


 化粧女が歓声をあげ、マッチョ男は気をよくしたのかニヤリと口元を釣り上げ。

 そして液晶画面のランキングを確認し、ガハハと下品に笑いながらをこちらを見据えてきて。


「ま、こんなもんただのお遊びだったが。それでもこんなダッセェ連中とはレベルが違うってことだな。ワリィな小僧共、オンナの前でイイカッコできなくってよぉ」


 マッチョ男はそんな台詞を吐きながらグローブを地面に放り捨て、化粧女の肩を抱いてそのまま立ち去ろうとした。

 そんな明らかにマナーのなってない振舞いに、俺をはじめ北田も五月女さんも憮然とした表情を浮かべていたことだろう。

 そんな視線を察してか、マッチョ男はへらへらした顔で振り返り。


「なんだよお前ら。言いたいことがあんなら、かかってきてもいいんだぜ? まあ、こちとら弱いものいじめをする趣味はねぇから、安心しろよ」


 そんな挑発に対し、さすがに苦言のひとつでもぶつけてやろうかと思ったが。

 それより先に、既にサツキは動いていた。


 その場の全員がまばたきをする間もないほどの時間で、サツキは機械に硬貨を入れてグローブを手にはめていた。

 というのをどうにか確認できた刹那。


 その場に地獄の底から轟いたような爆音がした。


 北田と五月女さんが突然のことに目を丸くし、マッチョ男と化粧女も口をあんぐりと開けさせる。

 サツキがなにをしたのか正確に判別できたのは、俺以外にはいなかっただろうが。

 ププラの『コングラチュレーション! 満点120点だプゥ!!』というアナウンスと、先程よりも豪華なファンファーレによる盛大な祝福の音で、ようやく場の全員がサツキの所業を半信半疑ながら理解できたことだろう。


「ふう。壊さないように手加減するのって難しいよね。ね、みんな?」


 そう言いながらサツキはグローブをはずしてかるく髪をかきあげ、そのあと俺の腕と自身の腕を組ませ、フッと嘲笑するようにマッチョ男へと笑みを向け。


「心配しなくても、私たちも弱いものいじめは嫌いですから」


 お返しの言葉を言い放ち、マッチョ男の腰をへたり込ませていたのだった。



 ※



 ちなみに、1位をとったサツキはビリの五月女さんにプリクラでちょっと恥ずかしいポーズをさせて一緒に撮ったらしいのだが。俺と北田には見せてくれなかった。


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