【5話】拾肆巡目 九藤義平(壱)

 九藤くとう家は、代々、鬼方きほうを守護する家柄として知られる武門の名家である。鬼方とは、いわゆる鬼門、すなわち都の東北方角を指し、その地の先には鬼ヶ島が存在している。次男として生を受けた九藤義平よしひらは、父・九藤秀秋ひであき、兄・九藤正平まさひらとともに、その使命を背負うことになるはずだった。


 しかし、大きな転機が訪れる。

 桃太郎システムの拾肆巡目じゅうしじゅんめ──この周期は最悪と記されても過言でない展開となった。過去最強と評される桃太郎の凶暴化が発生し、鬼の殲滅はもちろんのこと、御爺役、御婆役、影役のすべてが命を落とし、桃太郎討伐は無惨にも失敗に終わった。さらに犬、猿、雉も桃太郎の手によって死亡。以降も桃太郎による犠牲者の数は増え続け、危機は拡大する一方だった。幕府は、緊急時にのみ置かれる臨時的な最高職「大老衆たいろうしゅう」を設置。桃太郎討伐に向けての大軍を編成した。そして、鬼の脅威が去っている状況の中、九藤家にも桃太郎討伐の任が下された。


 九藤義平はわずか八歳、元服前の幼き身ながらも、戦場での実践経験を積むべく、後方支援の部隊に配属される運びとなった。


左腕を失いながらも桃太郎を討ち取った拾陸巡目じゅうろくじゅんめより十九年を遡る頃の話だ。




 ✤ ꕤ ✤ ꕤ ✤




 出陣を二日後に控えた日、九藤義平は正平の厳しくも熱のこもった指導のもと、ひたむきに稽古に打ち込んでいた。


「義平! まだまだだぞ! かかってこい!」


「うおおおぉぉ!」


 九藤義平は木刀を両手に構え、兄を目がけて一直線に駆け寄ると、一撃必殺とばかりに勢いよく振り下ろした。しかし、正平は片手でその攻撃をいとも簡単に受け流す。力の勢いをあらぬ方向に持っていかれた九藤義平は態勢を崩し、地面を転がりながら盛大に倒れ込んだ。


「義平、何度言えばわかる。強引な攻撃は隙を生むだけだ。何でも力任せに振り回しては通用せんぞ」


「はい…、分かっているつもりなんですが、どうしても隙が見えると、つい…」


「それは隙ではない。誘われているのだ。見極めを誤るな。相手の真意を見抜く目を養うことは大事だぞ」


 正平は非常に面倒見が良く、誰に対しても思いやりを持って接する人物であった。さらに、まだ十七歳の若さであったが、その圧倒的な強さで九藤家の中でもひときわ高く評価され、注目の眼差しを集める存在であった。

 しかし、九藤義平にとって、優れた兄である正平の存在は、尊敬の念を持ち合わせるとともに、常に重い影となってのしかかった。周囲から比較される機会も多く、そのたびに焦燥が胸を灼いた。正平が八歳の頃はすでに剣技に光るものを見せており、同じ年齢の九藤義平とは比べものにならぬ腕前であると、周囲から何度も話を聞かされていた。そんな状況にあっても正平は、優しい声で言葉をかける。


「義平、お前は強い。お前には強さの素質がある。いずれ、俺よりも強くなるだろう。ただ、今はそれを会得していないだけだ。心配するな」


「そうでしょうか…? 俺は兄上に追いつける気がまったくしません…。剣の技も、いっこうに上達する気配がないし…」


 正平は静かに息を吐き、優しく答える。


「義平、剣技とは何だと思う? 刀を巧みに操ることか? 身体をうまく動かすことか? 確かにそれも大切だ。しかし、剣技の本質は、それらを超えたものだ。心だ、心が最も大切だ。心を強く持つこと、それだけは誰にも負けるな。そして、それは自分の意志で誰よりも強くなれるものだ。心が本当の意味で強くなった時、お前の剣技は圧倒的な力を持つようになるだろう」


「は、はい…」


 九藤義平は小さく頷きながら返事をしたものの、兄の正平の言葉が示す真意については、正直なところあまり理解できていなかった。

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