魔法使えない!
花頼団子
エピローグ 異世界への誘い
セミが鳴いていた。窓にはギラギラと光が照っている。
夏の空気は肺の中まで熱くなるなぁ…なんて
1人学校に赴いていた少女、江倉花奈は汗を流しながら目の前の現実を受け止められないでいた。
「夏休みって……今日からだっけ…?」
登校時間もとうに過ぎているのに、誰も来る気配すらない教室。外は酷暑すぎて帰ろうという気も
起きない。何より外に出たら多分、死ぬ。暑すぎて
もう…私ってポンコツすぎる。
人の話しぐらいちゃんと聞いておけよと
机に突っ伏してむすっとした。机もちょっと熱い。
「うううぅぅ…しばらく休憩してから…………
…ううん、掃除でもしてから帰ろっと」
何もせずだらだらしてから帰ろうかと思っていたが
どうにもそわそわして、掃除用具入れに手を伸ばした。悪いことしてるわけでもないのにバツが悪い
感覚がある。こういう感覚って誰しもが持っている
ものなんだろうかなんて変なことを考えてしまう。
掃除用具入れを開けたときに胸ポケットに入っていた何かが落ちた音がした。何か入れてたっけ?
床には私の生徒手帳が落ちていた。そういえば
入れていたような気もする
よいしょと屈んで拾おうとした。───が
「あれ?」
私の体は生徒手帳も。床もすり抜けてしまった。
「へっ?えぇえ!?えぇええぇ?きゃあ!」
何?何!?何が起きてるの!?
私の体はまるで幽霊になったみたいに全ての物を
すり抜けていく。幽霊と違うのは、私は地面に向かって落ちているということ。
落ちる?どこに?気づけば校舎の一階だ。
それも視界の端に捉えるのでいっぱいいっぱい。
私は状況を理解する間もないまま。校舎の真下。
地面へと突き抜けて落ちてしまった。
「………ょぅちゃん…お嬢ちゃん!
そんな道端でボーッとしてたら危ないぞ!」
知らないおじさんが話しかけてくる。
気づけば私は地面に足を踏み締めて立っていた。
立ててる…はずだ。
「へっ!?あっ!?すっすいませんっ!
……ここって…?」
「お嬢ちゃんよそ者か?ここはカシレナだ。
方角的にナライアンタから来たのか?
だったらここの宿には泊まらない方がいいかも
しれねぇ。身の安全がな…」
「か、かしれな?ならい…え?」
このおじさん何言ってるんだろう?
服装も何か変だし、というか学校は?
周りを見渡すと、何か…中世的とも少し違う
外国の街のような場所だった。よく見ると
おじさんの服装も日本のそれとはかけ離れている。
「…お嬢ちゃん?大丈夫か?」
「わ、私!若葉森高校の生徒ですっ!あの!
え、えっと。あ……」
何て説明したらこの人に伝わってくれるんだろう。
さっきまで学校に、校舎の中にいたのに。
考えがまとまらず、脳から言葉が出てこない。
「わかばもり?なんだそりゃ?ナライアンタにそん
な学校あったか?」
「…え、と。その、ご、ごめんなさいっ!」
「あっおい嬢ちゃん!?」
考える時間が欲しくて、おじさんから逃げた。
とにかく状況を整理する時間が欲しかった。
ごめんなさい親切(だと思う)おじさん。
木で出来た看板が釣られている、おそらくお店?の階段の隅に腰掛けて、今の状況を整理する。
まず1つ確実に分かるのはここは私がさっきまでいた場所、日本じゃない。
私は地面の下に落ちたから。いまだに信じがたいけど、現に今よく知らない異国の地に放り出されているし。
日本から落ちて……辿り着く国って?
────ここはもしかして、ブラジルなのでは?
ブラジルの人に声をかける芸人さんがいた気がする。地面を抜けて落ちる先は日本の裏側だろう。
つまりブラジル───!
いや、でも言語が。あの人日本語で喋ってたよね?
私が日本人っぽいからネイティブブラジリアンで
日本語を話すスパダリ系おじさんだったってこと?
駄目だ。考えても全然分からない。
そもそも私を襲ったあの超常現象はいったい
「おー!?お客さんかい!?」
「はひっ!?」
背後から大きな声が響き思わず飛び上がってしまう。振り向くとかなり大柄で筋肉質なおじさんが
木で出来た杖を持ってドアから顔を覗かせていた。
「お嬢ちゃん、もしかしなくても魔法使いだろ」
「えっ!?そのっわたし、ひゃ!」
「シャイな嬢ちゃんだな!遠慮せずにゆっくり
見ていけよ!」
おじさんは分かるぜと言わんばかりの口ぶりで
私を半ば強引に店の中へと招き入れた。
「こんなに強い魔力を持ってる魔法使いが来店
するのは久しぶりだな!ゆっくり見てってくれ」
「魔法使いって…私そんなファンタジーな…!」
言いかけたところで口を閉じる。店の壁に掛けられているのは無数の杖。そのどれもが複雑な造形と緻密な装飾で彩られている。何よりも店の厳かな雰囲気とその圧倒的な杖の量に私は息を呑んでいた。
「あの、ここって何のお店なんですか……?」
「うん?嬢ちゃんなら見りゃあ分かるだろ?
杖だよ。魔法を使う杖を売ってる店。
なんだ、あんたもしかして魔法使いじゃない
のか?」
どうしよう。頭が痛くなってきた。
私の微かな望みであったブラジル説は音を立てて
完全に崩れ落ちてしまった。
私は一体どこに落ちてしまったんだろう。
私が店の片隅で小さく縮こまっていると
「お嬢ちゃん名前は?」
おじさんが奥の方で杖をひっくり返しながら訊ねてきた。
「え、江倉です」
「エクラ?珍しい名前だな。ここらへんじゃ
聞かねぇ。俺はベンディー・ダルゴフ。
ベンディーでいいぜ。……それでエクラ
どんな杖がいい?今見繕えるものなら炎の偏の杖
があんたの力に合ってる気がするんだが」
情報の洪水である。異国の地。そして魔法の杖。
それに知らない独自単語まで来た。
この店のいい感じにエモい空気感さえ今は私の脳に軽い拒絶を起こす。
そして
「……もう、なに。なに…なにーー!!
炎の!へんって!なに!!!
も"うっっ!わだしっ!
かえりたいんでずけどぉ!!
うゔっうぶあああぁぁん!!!
あ"あ"あ"あ"あ"ん"!!!!!」
もう高校生にもなる私は、いつかの子供の頃ぶりに
本気の決壊で、ガチ泣きしてしまった。
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