AVの白ドーナツってどう思う?


「なあさ、湊。お前、AVの白ドーナツってどう思う?」


 昼休みに入ってすぐのこと。鬼畜眼鏡と呼びたくなる容姿の山田に話しかけられた。


「白ドーナツって何?」


「あの目に入ってるハイライトみたいなやつ」


「あー、あれ? 実際、何なんだろう? あれってどこの誰に需要があるの?」


「需要どうこうはおいておいて、最近はハート型の白ドーナツがある」


「はあ。一体、何が言いたいの?」


「言いたいことはあれだ。小野さんの目にハート型の白ドーナツが見える」


 こいつは何を言っているのだろう……。

 

 山田に冷たい目を向けると、スポーツ万能の超イケメンが声をかけてきた。


「うい〜、湊、山田。何話してたん?」


「青山か。山田が行くのは眼科か脳外科、どっちがいいかって話だよ」


「おい湊! 何もそんな話していないだろ!」


「じゃあ何の話?」


「小野さんの目にハート型の白ドーナツが浮かんで見えるって話だ!」


「なるほど、俺は脳外科に一票」


 そう言った青山に山田は憤慨した。


「脳外科には青山がいけ! そして12歳以上の女に興味を持つようにしてもらえ!」


「無垢なる少女の素晴らしさは科学を超える。例え手術で脳を奪われたとしても、心を奪うことまではできない。逆にそれを言うなら山田、お前のブラコンを直してもらえ」


「無理だ。俺の弟への愛は世界を超える。はるか昔、神話の時代から続く愛の一つである兄弟愛が、人間風情の手では変えることができない」


 一刻も早く脳外科で看てもらうべき二人だが、意外にも男女問わず人気がある。

 山田は勉強面で優秀、青山は運動面で優秀。加えて二人に共通して、小さい子、弟に対する愛から世話焼きな面がある。性癖以外は普通なのもあって親しまれているのだ。


 そんな二人と教室でよく一緒にいる。青山とは子供の頃からの腐れ縁、山田とは席が近い、それだけの理由で一緒にいる。いや、単純に一緒にいて楽しいからいる。


「はぁはぁはぁ。どうして俺たちは争っていたんだろう」


 しばらくの口喧嘩のあと、肩で息をした二人はお互いに首を捻った。


「わかんないなぁ。山田が小野さんの目がどうとかって話までは覚えてるんだけど」


「そう! 小野さんだよ! 小野さん! なあ、湊……」


 山田がそう言ったとき、春風のような耳障りのいい音が耳を撫でた。


「私の名前が聞こえたけど呼んだ?」


 目を向ける。気づけば、すぐ側に小野さんが立っていた。


「あ、その、えと、その」


 山田はこめかみに汗を流してどもった。


 そりゃ、AVの白ドーナツがあなたの目に浮かんで見えたんです、とは言えない。問い詰められたら非常に困る。


 俺も何か言い訳考えておくか。


 そう思い、ネタを得ようと小野さんを見る。


 目が合う。


 そのままじっと見つめ合う。


 打ち上げ花火が空へ昇っていくような時間が流れて。


 浮かんだ。


 ハート型の白ドーナツが。


「じ、じつは、次の生徒会選挙で誰が会長になるかを考えていて」


「そうなんだ〜。でも私、なる気ないから推されてもこまるよ〜」


 山田の苦しい言い訳と、それを笑う小野さんの声を聞きながら目を擦った。そしてもう一度小野さんの目を見る。


 実際にハートがあるわけではなかった。


 でも、浮かんでる気がするなあ。


 まあだから何だという話だけど。


 熱いお茶を飲んだ後のように、ふぅ、と息をつく。


「あ、そうだ! 皆お昼まだだよね! 一緒に食べない?」


 小野さんは、いいこと思いついた、といった風に言ったが、今思いついたにしては不自然さがある。


 小野さんの手にはもう既に弁当の包みがあるのだ。


 名前を呼ばれた気がして近づいてくるのはわかるが、弁当を持って近づいてくるだろうか?


 普通はしない。今の発言を加味すると、もとより一緒に昼食を取ろうと機会を窺っていて、名前が聞こえた瞬間に、好機到来、と近づいてきたんじゃないか?


「ねえ、小野さん」


「ど、どうしたの、湊くん?」


「もしかしてだけど、一緒に昼食を取るために話しかける機会をずっと窺ってた?」


 小野さんの顔がみるみる真っ赤に染まる。


「そ、そそそそんなわけないじゃん! 恥ずかしすぎるでしょ、そんな人!」


「だよね。変なこと言ってごめんね」


 そりゃそうか、俺を意識しているようなことをするわけがない。そもそも、多少なりとも意識しているのなら、気まずさなんかを感じて、昼食を伴にしようなんて言わないに決まっている。


 小野さんは、本当に意識してないんだなあ。


 十中八九大丈夫だけど俺も意識しないよう努めないと。彼氏ヅラしないで、と疎まれてしまわないように。


 そう思った時、スマホが震えた。送られてきたメッセージを見て、俺は立ち上がる。


「ごめん、約束忘れてた。ちょっと行ってくる」


 駆け足で教室から出ていくと背中に、


「やっぱりおひるの話、なしでいい?」


「「でしょうね」」


 という会話が届いた気がした。

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