第6話 剥きだしの異形

 足が重い、だが止まってはいけない。沈む足を気合で持ち上げ走り逃げる。ここがどういう場所かなんて考えずに歩いていたのがダメだった。


 ここはロンドン魔術市街の端、ほとんどシャッター街だ。逃げなければという気持ちが強まれば強まるほどに足取りはどんどん重く鈍重になってくる。助けを呼ぶ?いやこんなところで叫んでもかえって体力の無駄遣いだ。


 前へ前へ、思いだけが先走りし、しかし体はまだそこにある。翼はためく音だけが強く辺りに響き渡る。


 あれは人ではない、何かが人の振りをしている、でなければあのような歪な翼が生えるのはどう説明すればいい?


 どうして私がこんな目に?


 全部逃れられない運命なのだ。


「‥‥ッチ、聖教会の狩人か。だがどれも雑兵、腹も空いてたところだ、間食としよう」


 銃火器から鳴る爆発音、金属同士が擦り合う不快な音、人の恐れを内包する叫び声。皮膚の内側から突き破り飛び出すかのような音。そして咀嚼音。


「今の内にできるだけ遠く…早く…」


 遠くで聞こえた音は消え、再び雑音のない不穏な空気が流れる。あの狩人たちはおそらくもう…。


 あれからあの頭にやけに響く煩い声はしない、寝ているのか、あるいはよけいな野次を飛ばさないようにしているのか、どちらにせよ今はこのままでいい。


 瞬間、脚と腹部に強い衝撃と同時に不快な感触が襲う。たこの足に似た何かが巻き付いている。


「なんなの…これ…」


 その足は藻掻くほどに巻き付く強さが増し、激痛を伴う。その痛みは声すら出すことを許さない。

 

「狩人は…硬いな、鍛え抜かれた体は味が薄い。やはり俺の好みはお前くらいの女が一番だ」


 おそらく彼自身の「食」の趣味を話している。気味が悪い。


「これを…解きなさいよ!…ウグゥ!…」


 たこ足の拘束が一層きつく締まる。


「それはできない、お前を教団に持って帰るのが俺の役割だ。」


 背中からは6つの翼、腕は殺意を宿しているかのように歪に凶悪に変形しており、足は猛禽類を連想させるかぎ爪が生えている。

 体は俗にいう「異形」な見た目になっており、しかし顔だけは人間のままなのも不気味さを引き立たせる。


「鳥の翼は人間でいうところの腕が変化した器官だ、あいつらは手で物を掴む事を棄て、空に羽ばたくことを選んだ。」


「俺に手足の概念などあってないようなものだが、「何かを得るために何かを捨てる」俺はこの考えが好きでな」


 顔をにやつきで埋め尽くしながら言う。


「他の奴には一つしかないものを、俺は沢山持ってる!。自身に一つしかないものを欲しいもののために捨てる奴を見るのが俺はだーい好きなんだ!!」


 彼のテンションが急激に上がり、全身を震わせながら喋っており、彼が歓喜するたびにたこ足の締め付けが少し強まる。


「…ゴホン、少し取り乱してしまったこ、の姿になると少し理性が飛んでしまうものでね。さて、改めて今から君を教団に持ち帰る、少しばかり気絶していてくれ」


 さらにたこ足が腕と首に巻き付く、抵抗しようにも身動きが取れない。


「ぐ…かはっ‥‥!‥‥ッ…」


「藻掻いても苦しみが増すだけだぞ」


 首が締まり、息ができなくなり、やがて視界が白くぼやけてきた…。


「ぐ‥‥!‥‥‥‥」


「やっと気絶したか、教会の狩人に囲まれる前にずらかるとするか、あいつら弱いくせに大して旨くないからな」


 飛び立とうとしたその時、体を包んでいた浮遊感が消え、地面に落ちる。すぐに状況を把握した、背中の翼が根こそぎ斬られていた。


「クラス6風魔法【ソニック・ブレイド】!!」


 風を切り裂く音が一瞬鳴る。視えぬ斬撃が娘を捕らえる触腕を根から切り落とす。


「…詠唱破棄…まだ学生だというのに、随分と魔術に精通しているじゃあないか」


「お褒めに預かり大変光栄…って言えばいいか?」


 こいつもこいつだが、レインもあの短時間でこんな僻地まで行くなんて、デルタの空中探索がなかったら間に合わなかった。


「…いいさ、狩人と違い魔術師は味わい深いからな。今日の晩御飯は決めた」


「人喰いそうな見た目だが、まじで食う奴か…やるしかねぇな」


『主、援護に入るぞ!』


「頼んだ!」


 人食いの異形の切られた翼が瞬時に再生し、空へと羽ばたく。


「どうせなら覚えて死ね、俺の名は「人食いのキーマ」!貴様の血肉を頂戴する!!」


 こいつは動きが素早い、遅い魔法はかえって隙を晒す。


「【ソニック・ブレイド】!」


 放たれる不可視の速斬が異形のキーマの体を切り裂く。だが切り裂かれた体はたちまちもとに戻る。


「次はこちらの番だ」


 キーマの、それぞれの「手」がこちらの方に向き、光る。


「嘘だろ…」


 火、水、雷、岩、様々な魔法が飛んでくる。すぐさま防御魔法を展開したが、それでも防ぎきれず、足を負傷した。


「俺は食べたものの部位、またはそのものを再現できる。この手は昔俺に挑んで食料になり下がった魔術師の一部だ」


「悪趣味だな…」


「同感だ、ならば戦い方を変えよう」


 するとキーマの体が激しく膨張、膨れ上がり、まるで粘土の塊をこねて伸ばすのを幾度も繰り返すかのごとく。


 やがて肉塊は形を成す、全体で見ればギリシア神話に出てくる上半身が人、下半身は馬の巨大なケンタウロスのような姿へと変化した。しかし体のところどころに不要な手、足、などが生えている、ハッキリ言って気味が悪い。


「それがあんたの本来の姿か?」


 異形の怪物は鹿のような異形の頭部でもはっきりとわかるようなニヤつきで喋る。


「さあ?どうだろうな。俺に本来の姿などない、食って取り込んでまた食って、そうやって築いてきた今の俺こそが本来の姿なのだ。だが、昔はよくこの姿で騎士団や国を蹂躙轢殺してきたものだ。」


 奴の右腕が肥大化し、中の骨が肉を突き破り形を成す。そして大剣のように変異した右腕を前に突き出し言う。


「簡単に潰れてくれるなよ?」

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