第46話 最高でした(side:堂嶋玲央)
「どうします? 今日、これから」
「……どっか寄りたいけど、もう何も入んないかも」
「じゃあ、駅のホームででも喋りますか。どうせベンチ、空いてるでしょうし」
他の部員たちに合わないように、わざと時間をずらして私と愛莉さんは駅へ向かった。空いているベンチに座って、ほとんど同時に息を吐く。
ようやく終わった。いや、終わってしまった、と言った方がいいんだろうか。
「校内公演、成功ですよね」
誰も台詞を飛ばさず、大きな失敗もなく公演は終わった。それだけで、間違いなく成功と言っていいだろう。
「うん。大成功だよ。細かい反省に関しては、たくさんあるだろうけど」
愛莉さんの言う通りだ。もし今日が大会だったとしたら、たぶん勝ち上がれてはいない。
だけど私たちの再スタートとしては満点だった、と言っていいんじゃないだろうか。
「一年生も楽しんでましたしね」
打ち上げで、三人は興奮気味にいろいろと語っていた。どこのシーンが一番緊張したかとか、お客さんのどんなリアクションが嬉しかったか、とか。
笑ってくれたのが嬉しかったと彩ちゃんは言っていたし、風音ちゃんは真剣な目で見てくれたことが嬉しかったと言っていた。
「玲央も、楽しめた?」
「……はい。正直、私はそんなに演じることは好きじゃないですけど」
私が演劇部に入ったのは愛莉さんから熱烈に勧誘されたからだ。そして実は、最初は裏方志望だった。
人前に立つのはそんなに好きじゃないし、台本を書いてみたいな、としか思っていなかったから。
「でもやっぱりこの役は、自分でやれてよかったなって思います」
前回は、月の魔法使いを演じたのは友梨佳先輩だった。友梨佳先輩より私の方が似合っている、上手にできる、なんて言いたいわけじゃない。
ただ愛莉さんの再スタートとなるこの舞台で、対になる役をやれたのが私でよかったと心から思う。
「私も、玲央でよかったって思ってるよ。玲央だったから、私はちゃんと最後までやれた」
「愛莉さんなら、きっと誰だってできましたよ」
愛莉さんは曖昧に笑って、それでも玲央がよかったの、と静かな声で告げた。愛莉さんらしくない少しおとなびた横顔に、わずかに胸が騒ぐ。
この人はいくつもの顔を持っている。普通の人よりもたぶん、たくさんの顔を。
「ねえ、玲央。自分の台本を上演されるのって、どう? 台本書きたいって、ずっと言ってたでしょ」
私は昔から本を読むのが好きで、頭の中で物語を考えるのも好きだった。
でもこうして自分でなにかを書いたのは、演劇部に入ったのがきっかけだ。
「……最高でした」
自分が考えたストーリーを誰かが演じてくれて、お客さんがそれを観てくれて。終演後、面白かったね、という呟きが聞こえた時、本当は手を握ってお礼を言いたいくらいだった。
「こんなに楽しいことがあるんだって、正直、まだ驚きが続いてます」
今まで生きてきて、なにかに夢中になった経験はそれほどない。面倒くさがりな自覚は十二分にある。
「人生は長いよ。楽しいことなんて、きっとたくさんあるから」
「なんか愛莉さん、年寄り臭いですね」
「ちょっと! 先輩らしいこと言ったつもりなんだけど!?」
まったく、と愛莉さんが頬を膨らませる。実年齢よりずっと幼く見える顔だ。
この人にはいろんな顔がある。今度の劇では、どんな顔が見られるんだろう。いや、どんな顔が、一番舞台で輝くんだろう。
書きたいな、新しい話。
「愛莉さん。私、演劇部に入ってよかったです」
全部、愛莉さんのおかげだ。愛莉さんが私を見つけてくれなかったら、私はこんなに楽しいことを知らないまま生きていただろう。
「こっちこそ、入ってくれてありがとう、玲央。私としては、キャストの玲央もまだまだ見たいからね?」
「……それもまあ、頑張ります」
私たちの前を、何本目か分からない電車が通り過ぎていく。
スマホで時間を確認し、愛莉さんがにこっと笑った。
「あと5本くらい、見送っちゃお」
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