第38話 進むために
「アンタだって、この子がいなくなった後どれだけ大変だったか、忘れたわけじゃないでしょ」
美波先輩の言う通り、愛莉さんがいなくなった後は大変だった。
「特に友梨佳が、どんだけ大変だったか、考えたことある?」
美波先輩は強引に私の手から逃れ、愛莉さんの目の前に立った。美波先輩に睨まれた愛莉さんが、傷ついたような顔で目を逸らす。
友梨佳先輩は元副部長だった。だからこそ愛莉先輩の代わりに、いろんな人たちに謝っていたのだ。
先輩が逃げ出した舞台は他校との合同イベントだったから、他校の人にも散々迷惑をかけた。
友梨佳先輩を始めとする先輩たちは何も悪くないのに何度も頭を下げていたし、あの失敗のせいで、演劇部はなくなってしまった。
だけど、今の愛莉さんみたいに、演劇部を立て直すチャンスはいくらでもあったはずだ。それなのに、誰もしなかった。
原因が愛莉さんだったとはいえ、いつまでも愛莉さんだけを責め続けるのはおかしいんじゃないだろうか。
「なんか言ったら? それとも、また黙り込んで逃げるつもり?」
あんまりな言い方に、目の前が真っ赤になる。思わず手が出そうになってしまった瞬間、もういいから、と冷めた声が聞こえた。
友梨佳先輩だ。
「騒がしいと思ったら……こんなところに集まって、なにしてるの」
いつの間にか、周りには人混みができている。友梨佳先輩は溜息を吐いた後、そっと美波先輩の腕を引いた。
「美波も、もういいから」
「でも……」
「終わったことでしょ、もう」
美波先輩のように大きい声を出したわけでも、怒鳴ったわけでもない。しかし、終わったこと、という冷たい声音に、愛莉さんが反応したのが分かった。
部長と副部長という立場ではあったものの、二人はそれほど親しくしていたわけではない。
でもきっと、私が知らないやりとりだってたくさんあったんだろう。そんな友梨佳先輩が、終わった、とはっきり言っているのだ。
「愛莉」
友梨佳先輩がゆっくり愛莉さんに近づいた。
「前も言ったけど、私にとってはもう終わったことなの。悲しかったし、しんどかったし、腹も立ったけど……それも全部、過去のこと」
「……友梨佳」
「だから普通に、愛莉がまた学校にこられるようになってよかったとは思うよ」
友梨佳先輩は悪い人じゃない。たぶんこれは本心だ。
じっとポスターを見つめた後、友梨佳先輩は予想外の言葉を口にした。
「校内公演、観に行くから」
「えっ!?」
驚いたのは愛莉さんも同じようで、大きな目をさらに見開く。友梨佳先輩は表情を変えずに、淡々と言葉を続けた。
「この日は塾もないし。……私がやってた役は、玲央がやるんだ」
そっか、と呟くと、友梨佳先輩は次に私を見つめる。
「頑張ってね」
それだけ言うと、友梨佳先輩は美波先輩を連れて去って行ってしまった。去り際に美波先輩が私たちを睨んだけれど、それだけだ。
「……玲央」
二人きりになって、愛莉さんが私の手をぎゅっと握る。
「きてくれてありがとう」
「……きただけです」
「それが嬉しいの」
ねえ、と愛莉さんが私の腕にもたれかかってきた。甘えるような態度をとってくるのは、たいてい寂しがっている時だ。
「……友梨佳、きてくれるんだって」
「はい。意外でした」
「私も。……観にきてくれるくらいには興味があったけど、客として観て平気なくらいにはもう、興味ないんだろうね」
「はい。それに、塾を休むほどでもないんでしょうね」
塾もないし、と友梨佳先輩は言っていた。たぶん本音で、あれは強がりでもなんでもない。
「……友梨佳たちに、中途半端なものは見せられないね」
たぶん私たちが下手くそな劇をしたって、今さら友梨佳先輩が怒ることはないだろう。やっぱり、と美波先輩には馬鹿にされるかもしれないけれど。
だけどこれは、私たちなりの覚悟の見せ方だ。
「はい。前よりよくなってるって、思わせましょう」
友梨佳先輩たちの前で、前はやれなかった『太陽と月の魔法使い』を上演し、成功させる。
そうすることで私たちは、改めて前の演劇部を終わらせられる気がする。きっとそれは、次に進むために必要なことだ。
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