第32話 玲央の悪ノリ
部活後、ステラちゃんに連れられて私たちは近くのファミレスにやってきた。今日は一年生だけじゃなくて、愛莉先輩も玲央先輩もいる。
ドリンクバーと、大盛りのポテトを二皿頼んだ。だけどポテトの皿は、もう底が見え始めている。
「立ち稽古、大変だったけど、楽しかったです!」
ステラちゃんがはしゃいだ声で言うと、愛莉先輩が嬉しそうに頷いた。
「よかった。結構強引に誘っちゃったから、楽しんでくれてて嬉しい」
「今考えればあの時の風音ちゃん、かなり強引だったよね」
懐かしそうにそう言われると恥ずかしい。あの時は何が何でもステラちゃんに入部してもらわないと! と必死で、なりふり構わず勧誘するしかなかったのだ。
「そういえばその友達、最近どうなの? メッセージは返ってくるようになったんでしょ?」
りんごジュースを飲みながら、彩が話題を振る。
ステラちゃんの友達……心菜ちゃんについては、演劇部内ではかなりの知名度がある。初めて写真を見せられた時は、あまりにもタイプが違う組み合わせで驚いたけど。
ステラちゃんの友達っていうから、もっと派手な子を想像しちゃってたんだよね。
写真の心菜ちゃんはいかにも優等生という感じだった。しかも今だって、このあたりでは一番の進学校に通っているらしい。
塾に押しかけたら連絡を返してくれるようになった、と聞いた時はあまりの行動力に驚いた。
友達に無視されているからといって、直接会いに行く度胸がある子は滅多にいないだろう。
「うん。でも、電話は出てくれない。いきなりかけても、忙しいってメッセージだけ返ってくるし」
しゅん、とステラちゃんが落ち込む。心菜ちゃんの話をする時、ステラちゃんはまるで捨てられた犬みたいだ。
私はずっと彩と一緒だから、ステラちゃんの気持ちはあんまり分からない。
でも、親友だと思っていた相手にいきなり距離を置かれるって、想像するだけで苦しくなる。
「アタシが気づいてないだけでなにかしちゃってるんだろうけど、やっぱり分かんないし、教えてくれなくて。空気読むの下手だし、嫌なこと言っちゃったのかな」
確かにステラちゃんはあまり空気を読むのが上手くない。だけど悪気がないことは分かるし、そもそもそんなことが理由なら、中学時代の三年間を親友として過ごさないだろう。
「玲央先輩、なにかアドバイスください!」
一人でもぐもぐとポテトを食べすすめていた玲央に向かって、ステラちゃんは勢いよく頭を下げた。
「なんで私?」
「玲央先輩って台本書くし、想像力とか豊かそうだなって思ったので!」
理由をしっかりと返され、玲央先輩は黙り込んだ。分かりにくいけれど、これは考えている顔だ。
愛莉先輩に比べれば、玲央先輩はとっつきやすい先輩じゃない。でも一緒に過ごしているうちに、優しいことは分かった。
あと、見た目とは結構イメージが違うんだよね。
王子様みたいに格好いいし美人なのに、ずぼらだし面倒くさがりだし、他人に媚びないっていうか、たぶんただの人見知りだし。
改めて考えると、演劇部の部員はみんなバラバラだ。
だから逆に、普通過ぎる、なんてコンプレックスを感じなくて済むのかもしれない。ここにいると、普通がなにかが分からなくなってくるから。
「心菜って子が、ステラちゃんを気にしてるのは間違いないと思う。嫌いな友達なら、わざわざ連絡返さないし、会いにこられても、迷惑って言うだろうし」
どうだろう? 私だったら、さすがにそこまではできない気がする。
「それから……ステラちゃんは自分がなにかをしたって思ってるけど、案外、そうじゃないかもしれない」
「え?」
「向こうが勝手に悩んでるだけ、ってこともある」
玲央先輩の言葉にはっとして、私がむせてしまった。そんな私の背中を、彩が優しく撫でてくれる。
私だって、そうだよね。
彩になにかされたわけじゃないのに、勝手にコンプレックスを感じて、彩となにかをするのが嫌だ、なんて思っていた。
ステラちゃんは美人でスタイルもいい。勉強は苦手だけど英語はペラペラだし、社交的で明るい子だ。
親友として隣に並ぶことがしんどくなる瞬間があったって、おかしくない。
「もしそうだとしたら、アタシにできることはないんですか?」
「ある」
「なんですか!?」
ステラちゃんが身を乗り出す。楽しくなってきたのか、玲央先輩はいつもより饒舌だ。
「嫉妬させること。そういうタイプって案外、ステラちゃんが他に仲いい友達作って楽しくやってる、なんて思ったら悔しいかも」
「……なるほど」
「というわけで、嫉妬用の写真、撮っとく?」
にや、と笑って、玲央先輩が立ち上がった。ステラちゃんの肩を抱いて、そのまま何枚か自撮りをする。
「……玲央の悪ノリが始まった」
呆れたように愛莉先輩が呟いて、もっとくっつけ! なんて彩が煽っている。
なにやってるんだろう。そう思うのに、気づいたら私も大きな声を出して笑っていた。
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