第10話 風音ちゃんとなら
「じゃあ、一人入ってくれる子が見つかったのね。よかったわ」
「ありがとうございます」
「私にできることがあったら、なんでも言ってね」
私の話を聞いて、
三十代半ばの国語教師で、元演劇部の顧問だ。そしてありがたいことに、今もこうして私のことを気にかけてくれている。
それに、また顧問もやるって言ってくれたし。
先生は元々演劇が好きだったわけでも経験者だったわけでもない。押し付けられるように顧問になっただけだ。
なのに今だって、私の演劇部再興を応援してくれている。
「それで、本当に堂嶋さんのことはまだ誘わないの?」
「……はい。ちゃんと演劇部が成立してから、玲央のことを誘いたくて」
「その気持ちも分かるけど……」
先生は一瞬だけ私から目を逸らした。少しだけ間をおいて、続きを話し始める。
「演劇部がどういう流れでなくなったかは聞いた?」
「……なんとなく、ですけど。直接誰かに聞いてはいないので」
「だんだんみんなが部室にこなくなったの。その後ほとんどの子が退部届を出したんだけど、堂嶋さんからはもらってないのよ」
丁寧に言葉を選んでくれているのが分かる。私を気遣ってくれているのだろうし、誰かを悪く言うこともない。
「葛城さんが気にすると思って言ってなかったけど、堂嶋さんはずっと葛城さんを待ってたわ。せめて、話だけでもしてあげたら? 最近の堂嶋さん、ずっと元気がないの」
斎藤先生は今、玲央のクラスの担任を務めている。私よりもよっぽど、最近の玲央を知っているだろう。
「それに堂嶋さん、毎日のように私に葛城さんのことを聞くのよ」
「え?」
「あの子が素直じゃないのは、葛城さんもよく分かってるでしょう?」
「……それは、まあ」
曖昧に頷くと、お節介でごめんね、と言って先生が立ち上がった。
もうすぐ昼休みは終わる。私と先生の雑談タイムも終了だ。
◆
失礼しました、と頭を下げてから職員室を出る。教室に話し相手がいない私を気にして、先生がわざわざ呼んでくれたのだ。
不登校になる前は普通に友達がいた。だけど主に仲良くしていたのは演劇部の子たちだから、今はほとんど話し相手がいない。
別に、これはこれで楽だけど。
今からでも頑張れば、きっとどこかのグループには入れてもらえる。私ならそれくらいはできると思う。
だけど無理をする気にはなれない。
勧誘の準備もあるし、勉強だってしなきゃいけないし。
そういえば次の授業、英単語の小テストがあるんだっけ。あんまり確認できてないかも。
「……急ご」
少し走ろうか、なんて考えたところで、あの、と後ろから声をかけられた。そこには予想外の人物が立っていて、ちょっとだけびっくりする。
「えーっと……風音ちゃんの、お友達?」
短いボブヘアと幼い顔立ちが印象的な子だ。今朝も風音ちゃんと一緒にいたし、ハンカチは借りたままだ。
だけどまだ、この子の名前は知らない。
「はい。
「彩ちゃん。朝はありがとうね、ハンカチ貸してくれて。ちゃんと洗って返すから」
「別にそれはどっちでもいいです。それより先輩に聞きたいことがあって」
「……私に? もしかして、演劇部のこと!?」
彩ちゃんは風音ちゃんと仲がいい。もしかしたら、一緒に演劇部に入ることを考えてくれているのかもしれない。
「演劇部のことっていうか……風音のことです」
「風音ちゃんの?」
「なんで、風音のこと誘ったんですか? 風音が押しに弱そうだったからですか?」
見た目に反し、彩ちゃんは睨むような目で私を見つめた。まるで警戒心の強い猫みたいだ。
友達を都合がいい相手だと思って利用するつもりなら許さない、とでも言いたいのかもしれない。
「……正直、最初はそうだったよ」
真面目に話を聞いてくれる子なんて全くいない中、風音ちゃんはちゃんと私の話を聞いてくれたから。
「でも今は、風音ちゃんと一緒に頑張りたいって思ってる」
今朝、風音ちゃんは勇気を振り絞って私を助けてくれた。
そんな風音ちゃんを見て、私も頑張ろうって、改めて思えた。
「風音ちゃんとなら私、もっと頑張れる気がして」
そうですか、と頷いた彩ちゃんの表情は暗い。どうしたの、と私が問うよりも先に、彩ちゃんは走り去ってしまった。
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