劣等種族のカナリアは竜人少将閣下の尊い番

桂真琴@『転生厨師』コミックス1巻発売!

1 戦場のカナリア


読者様へ


お読みくださってありがとうございます!

このお話、思ったより反響がよく、なので短編予定を変更して連作形式に変更することにしました!


すでに二章までお読みくださった方は、8話からが最新話になります!よろしくお願いしますm(__)m


未読の読者様、どうぞ下のお話からお楽しみください!


↓   ↓   ↓





*   *   *   *   *





「栄えある斥候はもちろんおめえだなぁ、『紅いカナリア』」


 虎獣人の指揮官がニタリと笑った。


「噂の『紅いカナリア』がこんなちっこい人間の女だとはなぁ。劣等種族にしちゃあ見目がいい。奴隷商人が喜んで買いそうなツラしてやがる」


 筋骨隆々とした虎獣人は舌なめずりしてわたしの頭から足の先まで目を走らせる。


 任務に失敗したら本当にわたしを奴隷商人に売り飛ばすのだろう。


「戦闘前に劣等種族を使い捨ての斥候に出すなんざ、どの部隊もやってるが、まさか本当に生き残ってる奴がいるとはなぁ。そのツラで、隊の指令官に特別扱いでもされてたか? 色仕掛けか? ん?」


 下卑た笑いが上がる。指揮官はそれを満足そうに見て、背後の荒野を肩越しに指した。


「アンガスティグ皇国が何か企んでるって上からお達しがあった。確認できるまで待機だとよ。だがな、ここでじっとしていたら、何かあったとき真っ先に死ぬのは俺らみたいに前線にいる部隊だ。お偉いさんは現場を知らねえから悠長なこと言ってられんだ。死にたくなきゃ俺たちは自分で動かなきゃなんねえ」



 死にたくなければ。

 それはそう。そこはこの虎獣人に賛成だ。


 死んだらすべて終わってしまう。償いも復讐もできなくなる。



「確かに今日の敵は何かおかしい。百戦錬磨のこの俺様が言うんだから間違いねえ。そこでおめえの出番ってわけよ」


 虎獣人はわたしに太い指を突きつけた。その鋭い爪先をわたしの鼻先すれすれに近付ける。


「俺様に色仕掛けは通用しねえぜ。いいか劣等種族、奴らが何を企んでるか探ってこい。今・す・ぐ・だ」


 この指揮官が何を考えているのかは手に取るようにわかる。


 斥候を出して、上層部より早く情報を得られれば自分の手柄にして出世を狙う。情報を得られず失敗したらすべて斥候の責任だ。

 断ればこの場でリンチして死体を戦場に捨てる。

 いずれにせよ、斥候に指名された者に選択権はない。


 この7年、何度もそういうことを見てきた。


 戦場ここで今さらこういうことを気にしても仕方がない。

 わたしはいつも通り、たった一つのことを考えるだけ。


 生き延びる。


 ただそれだけを。


「早く行けっ、この劣等種族がっ!」

 わたしは敬礼をして踵を返す。背中から嘲笑と囁きが追ってくる。これもいつものことだ。


「『紅いカナリヤ』なんて言われれていい気になってんだろうが、あのガキも終わりだな」

「あの指揮官は斥候をとことん利用するって有名だからな」

「劣等種族の女なんて戦闘能力が最も低いだろうしな」

「なんで今まで生き残ったんだか」

「赤髪と紫色のおめめで本当に指揮官を誘惑したか?」


 下卑た笑いが起きる。わたしはその中を足早に進む。

 水筒の水を口に含みゆっくりと飲み込む。手首に巻いた髪紐で髪を高く結い上げると、額の傷がひりつくように熱くなっているのがわかった。



 この傷にかけて、わたしは生き残らなくてはならない。



 繋がれている戦闘用騎獣に飛び乗り、手綱を操る。

 手綱をひと打ちすれば訓練された騎獣は滑るように走り出した。



 『生きたければ勝利をもたらせ』

 わたしは呟く。この7年、戦場に赴くときに必ず唱えるおまじないを。

 おまじないは気休めだとエルフや魔族は笑う。けれど魔法が使えない劣等種族の者にとって、おまじないはだ。



 わたしは、このおまじないのおかげで生き残ってきた。



 心はとっくに死んでいるのに、戦場に出るたびに恐怖がわたしを襲う。

 生き延びるために生き物を殺すのが戦場。



 でも、ほんとうは。


 今でもわたしは、とても怖い。


 自分が生きるために生き物を殺すのが。


――マタソウヤッテダレカヲギセイニスルノ?


 そんな迷いやすべての思考に蓋をするために『おなじない』を唱える。



 『生きたければ勝利をもたらせ』



 そして、わたしは冷酷無比の鎧を被る。

 ただ、生き残るために。



 斥候の役目は、敵の最前列の配置確認。


 そして背後の魔法をできるだけ素早く見極めることだ。


 わたしがこれまで『カナリヤ』として重宝されたのは、劣等種族で使い捨てにちょうど良かったことと、騎獣を操る速さにあった。


 人間はいわゆる劣等種族だけれど生き物に対する共鳴能力が高く、騎獣の持つ能力を最大限に引き出すことができるらしい。

 

「おい、嬢ちゃん」

 背後の声に心臓が止まりそうになった。見れば、左右後方に二騎、騎獣が近付いていた。


 ぜんぜん気付かなかった。

 この人たち、ただの兵士じゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る