第40話 ゲイズチェイサ
「《レギオニス》……?」
ウィザードは思わず、その言葉を口に出す。
《クレナイ粒子》。彼らパイロットにとって、いいや、この世界に生きる人類にとって、今や誰もが知っているであろう物質だ。
それが単なる物質ではなく、命を持った生物……?
ありえない。ウィザードは一度、そう思うことにした。
ミハイルのことを信用し過ぎている。彼女の父親とて、極限の状態だったはずだ。らしくもない考えを巡らせてしまった。
原作にあるはずのない、ありえない存在の提唱に、ウィザードは動揺を隠せなくなっている。
対してミハイルは一瞬の驚愕さえ見せたものの、次第に腑に落ちたのか、ひどく冷静であった。
論文の続きに目を通す。
――
《レギオニス》は粒子生命体。食事、睡眠、性交という手段はおろか、自らの意思で移動するということすらしない。粒子として空間を漂い、滞在するのみだ。
彼らにとっての「生存」とは「対話」である。他の《レギオニス》、あるいは他の生命体と対話することこそが、我々にとっての「食事」であり「呼吸」である。
また、彼らは「個」ではなく「群」である。
簡潔に述べるなら、彼らはエネルギー源として利用され、消滅することを恐れない。フェーズ0でも1でも、この世界のどこかに《クレナイ粒子》が現存していれば、それが彼らにとって「生きている」ということだ。
彼らの星には、彼らと対話できるだけの能力を持った生物がいたのだろう。
しかし、流動する宇宙の中で彼らの惑星は滅び、死という概念を持たない彼らのみが生き残った。
新たな「対話」を求め、彷徨ううちに知的生命体との接触を図るべく、自らの生命体としての性質を最大限利用させるために、結晶化し、長い眠りについて宇宙を漂うことを選んだ。
その結果が、我々に《ヒヒイロ鉱石》として、エネルギー資源として利用されること。
そうすることで、彼らは人類との「対話」を実現しようとしているのだ。
――
そのデータに記された論文はそこで終わっていた。
まだあるが――正直、もう十分であった。
「反逆機兵レギオン」の世界において、宇宙生命体は存在する。劇場版の「アルバ•チルドレン」にて登場する異形の怪物グリード。それが作中に登場する唯一の宇宙生命体だ。
しかしその他にも、ましてやもっと身近にそれが潜んでいたなどと思わなかった。
腑に落ちない設定ではある。どうにも後付け感があるというか。
そんなウィザードの脇で、震える吐息を漏らした彼女が口を開いた。
「……もしかしたら、父の理想は兄と同じ……宇宙の人間だけが生き残る世界を作ろうとしていたのではないかと、薄々考えていた。だから父は、同じ理想を持つ兄に殺され、王の座を奪われたのだと。そう考えてしまっていた……それ以外のことを考える余裕がなかった」
本編のミハイル•バジーナは、悪い意味でアスカのお世話係だった。精神的に不安定になった彼女を戦場でもつきっきりでサポートする。それに加え、ファウストやアレックスからの猛攻を凌ぐ……とてもじゃないが、彼女とて正気を保てるものではない。
ウィザードの存在が、回り回って彼女の救いとなったのだ。
「父はゲイズチェイサの発案者だった。兄に謀殺されてから、それは完全に兵器として量産されたけれど……これを見てはっきりした。《フォースレヴシステム》という、クレナイ粒子を――いいや、リアクターを《レギオニス》を周囲に散布させるほどの出力にする、《アルカナ》にしか発動できないその機能。きっと父の理想の世界は、人類が言葉を交わさずとも心の底から分かり合える世界だった」
ミハイルは、ミラは儚い笑みを浮かべながら、その液晶を優しく撫でる。
その瞳には彼女らしからぬ優しさが滲み出る輝きが宿っていた。
「……父上。貴方にも、理想がお有りだったのですね」
原作を知る者からすれば納得できない。しかし、この世界に生き、根本に関わる者ならば、頷けてもおかしくないのだろう。
宇宙で見つかった神秘のエネルギー。それが争いの火種となり、数十年に渡る人類同士の乖離を生んできた。
ならば、それを見つけ、新たな世界を築こうとした者たちは存在してはならなかったのか?
彼女の父 グラン•ヴァルーツは、アーク連邦の代表として宇宙と地球、双方の幸福を追求しようとしていた。そのために、人類以外の知的生命体との接触を図ろうとし、その過程で《レギオニス》と《アルカナ》という存在を見つけた。
純粋な対話を本能とする生命体。人間とは対極にあるその存在と交流を図り共存することで、新たな時代を築こうとしたのだろう。
彼女のヘルメットバイザーを濡らす雫のきらめき。
ウィザードには、それが陽光のように眩く感じられた。
◇
論文のデータは、ミハイルによって持ち出された。
その中でも、《アルカナ》が普遍的に有する、エスパーとも言える優れた第六感に関するデータは興味深かった。明確にはあれは第六感などではなく、周囲を漂う《レギオニス》が、他の《アルカナ》の思考を察知し、中継ぎのように思念を特殊な電波で伝達しているだけであるということ。要は「あの者が君のことを求めているぞ、私が運命の赤い糸の水先案内人となろう」ということだ。
すなわち、グラン•ヴァルーツが実現しようとしていた世界は人類すべてが《アルカナ》となった世界。《レギオニス》の力を借り、完璧な対話を実現しようとしていたというわけである。
だが、ミハイルはこれを自分の中に留めておくという。
理由は単純。一つは「信用性があまりに低いから」。二つは「人類がその理想を実現するに程遠いから」である。
信じられる、信じられない――それより前に、我々人類には信じる資格がないのだ。
かつて本当の平和を望んだ者が、平和のために分かり合おうとした生命を、戦争の道具として使う人類には。
加えて、命が消耗品扱いとなったようなこの世界で、対話など無意味に帰す。
格納庫に帰る――かと思われた時、ドッグの目前でコックピットハッチが開かれた。
「ここまでよ」
「どういうこと――」
ミハイルの蹴りが彼の下腹部を穿つ。
彼は呻き声を上げながら宇宙空間に放り投げられ、勢いに従って開かれたドッグへと吸い込まれるように吹き飛んでいった。
《すぐに機体に乗りなさい。休んでいる暇はない。私達はどうやら――逆に嵌められたらしいわ》
「なに……」
ウィザードがドッグから顔を覗かせた"ウロボロス"の掌に掬われるのを見て、"ヴィンテージ改"は来た道を逆戻りしていった。
《仮面の! 何があった》
アズチの声を聞き、しばらく辺りを見渡した。
脳に誰かが直接語りかけられるような、ざわつく感覚――これはおそらく《レギオニス》からの警告なのか。
「アズチ•グレード、艦長にコード•レッドの要請を」
《何……? 敵か? 確証は》
ウィザードは格納庫に降り立ち、自身の機体へと向かいながら呟く。
「勘だ」
彼の嘆息が続こうとしたその時――船体が大きく揺れた。
コックピットにまでその揺れは伝わり、衝撃の激しさは直接感じずとも見て取れた。
《っ……!! まさか、本当に……!!》
アズチはすぐさま発進準備を整える。
ウィザードも同様。"アマクサ"を起動させ、我先にとカタパルトデッキについた。
「ミスター•ウィザード、"アマクサ"、出るぞ!!」
《大尉、お気をつけて! 敵はまだ未知数ですよ!》
「止めないのだな、ルナ軍曹!」
《止めたって行くんでしょう》
「無論だ!」
発進信号がグリーンになった瞬間、カタパルトが火を吹いて、機体を外へ投げ出した。
スラスターを吹かし、蒼炎を爆ぜさせれば、宇宙空間を突き進む戦士を突き動かしていく。
《アズチ•グレード、"ウロボロス"、発進する!!》
彼に続き、"ウロボロス"もそのモノアイで先攻した蒼炎の軌跡を辿りながら、宇宙を駆け抜けた。
――ゲイズチェイサ。
睨み、追跡する者。兵器として、標的を逃さず仕留める無欠な存在という意味が込められたものだ。
しかし、本来の意味は違う。
人智を超えた生命との共存という理想を常に見つめ、追いかける者。自らが対話の媒体となることで、彼らの生存本能を満たすための機械。
――謝罪をしても足りない。
だが、今はこうするしかない。
グランが目指した理想を叶えるため、今はこの機械を、兵器として扱わなくてはならない。
人類があと一歩進化できるまで。
《大尉!!》
彼の頭に電流が走る。《レギオニス》からの通達。
アスカの声が頭に響いた。
刹那、赤き閃光が彼の視界を駆け抜ける。
いつの間にか並列していた"ロインアストラル"が、赤きツインアイを煌めかせ、彼に合図を送る。
《最後にしましょう、大尉!》
「……」
ついに、"ロインアストラル"が戦場に立った。
結末は変わらない――そう、いくら原作で顕にならなかった事実が発掘されようと、道筋が歪むだけで、その行き着く先は同じ。
彼女は廃人となり、ミハイルは人類に絶望し、リアムは再び闇に落ちる。
どうしたって変えられない結末。それが、ゲイザーの観測する
運命に気まぐれあれど、その目的地は変わらない。
ウィザードは歯を食いしばる。
それでも、戦うことをやめる理由にはならない。
やるしかない。進むしかない。
散々原作のストーリーを歪めた責任は、進み続けることでしか取れまい。
「ゆこうか、アスカ•カナタ! 私の主人公!」
◇
「フェーズゼロ粒子の影響により、敵機を正確に確認できませんが、"ヴィンテージ"が接敵した模様!」
「熱源接近……! これは……かなりの大型です!」
管制官たちが悲鳴のような報告を上げる。
頭を抱えるヨハンだったが、大型の熱源という単語を聞いて血相を変えた。
「最大船速でこの場を離脱しろ!!」
「え……ですが今動けば――」
「早くしろ!! この場を抜けるんだ!!」
ヨハンの怒号が響き、"ハンドレッド"が急発進したその時だった。
幾多もの極太のレーザーが、宇宙空間を切り裂くように現れ、周辺にあったデブリを宇宙の塵に変えた。
そのうちの一筋は、最大船速の"ハンドレッド"の後部スラスターを掠めてしまった。
激しく揺れる艦内。点滅する赤いランプが、彼らの焦燥感をさらに煽る。
しかし、艦外では激流の如く巨大なビームがあたりを薙ぎ払い、焼き尽くさんとばかりに煌めいていた。
その正体は――五機の"ティターン"だった。
「お、大型ゲイズチェイサ、五機確認……!」
「嘘だろ……」
恐ろしいまでの気迫を放ち、掌のビーム砲を突き出しながら進行してくる黒鉄の巨人。
そのあまりの威圧感に、"ハンドレッド"のクルーの表情は絶望で塗り替えられた。
「こんなの……」
オペレーターのルナは、顔を青ざめてとうとう崩れ落ちそうになる。
しかし、そんな彼女を叱責したのは、この状況をもっとも早く投げ出しそうなヨハンであった。
「何をしている!! 仕事をしろ!! 」
彼の怒号が、赤く輝くブリッジに反響する。
「総員有事に備え、アストラスーツを着用! この船が落ちたら、帰ってくる場所がなくなる奴らがいるんだぞ!」
ヨハンの鼓舞のおかげか、巨神兵を前に失われていた船員たちの戦意は取り戻された。
「気休めにしかならんかもしれんが……アンチビーム粒子散布! なんとか奴らの包囲網を突破する!」
"ハンドレッド"の周りを覆い隠すのは銀色の煌めく粉末。フェーズゼロ粒子を元に作られたアンチビーム粒子。今の今まで使う機会が無かったが、使うのなら今しかない。とはいえ、あれだけの出力を前に効力があるのかは分からないが。
迫り来る巨神の影を投影しながら、"ハンドレッド"という歴戦の龍から剥がれ落ちた銀色の鱗粉は、空間に馴染んでその色味を失った。
《ヨハン艦長……僕が出ます》
ブリッジに流れる声を聞き、ヨハンは驚愕を漏らした。
「もう平気なのか?」
《言っている場合ですか……!》
リアムに一喝を入れられたヨハンは、冷静になり、一度息を吐いた。
彼の脳裏に、気高い表情のアルバと、暫く会っていない友人の顔が思い浮かんだ。
しかし、それを振り切って、彼に命じる。
「ミハイル大尉とウィザード大尉、アスカ少尉の援護が来るまで持ちこたえろ……! こちらも最大限援護する」
《了解しました》
あの機体相手に一般兵を出して、犬死させるわけにはいかない。酷かもしれない――だがあれと渡り合えるのは、現在リアムしかいないこともまた事実。
ヨハンは彼に精一杯の敬意を払う。
(レイ……お前はこういうとき、どうしていたんだ)
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