第32話 そんな道理、私の無理でこじ開ける!②


「また戦いが起こってるの.......」


 幽閉された艦内で、アルバはどよめきにも聞こえる争いの音に勘づいていた。

 アルバ・クローンのオリジナルとして採用されるだけあり、彼女の《アルカナ》適性は大したものである。だが、リアムやミラのように、争いには向いていないというだけなのだ。


「アルバ様」


 部屋に入ってきた兵士に肩を震わせるほど警戒していたアルバ。

 兵士は気さくな笑みを浮かべながら言う。


「怯えないでください。危険なので別の場所にと、ファウスト様からの指示でして」

「そう……」


 アルバははっきりと感じた。

 ここにいては駄目だ、と。


 どういう理屈があるのか知らないが、自分はこのままここに留まれば、きっと最悪な思いをすることになる。

 《アルカナ》としての本能が、彼女に強く訴えかけていた。


 兵士にエスコートされるアルバ。

 この艦の構造はまったく分からない。だが、危険ということは外部からの攻撃によって破壊される可能性が高い場所――要するに、かなり外側に位置するのではないか。加えて、無重力空間で居住区に見えない。

 彼女が以前搭乗していた"ゼロ"は、居住区画から一度無重力ブロックを通ることで格納庫へとアクセスできた記憶がある。


 この艦がどうかは知らないがーーとにかく行動しなければならないという使命感に駆られていた。



「がっ……!?」


 兵士の脇腹に肘を叩き込み、怯んだ一瞬の隙をついて彼の間合いから抜け出した。


「ごめんなさい……」


 とにかくここから抜け出さないと。


 がむしゃらに壁を辿り、格納庫を目指す。

 ……軽率な行動だと、自分でも分かりきっていた。大戦時代は《ゲイズチェイサ》に乗り戦っていたが、それももう七年前の話。今の機体の規格など頭にないし、何より身体が操縦法を覚えているかも怪しい。


 でも、引き裂いてきそうな胸騒ぎが、彼女をひたすらに逃げることへと駆り立てるのだった。


 運良く、彼女は格納庫らしき場所まで辿り着くことができた。否、運良くというよりか、彼女の勘の鋭さゆえというべきだろうか。


「なんでもいい……動きさえすれば」


 格納庫に辿り着くや否や、異様な気配を彼女は捉える。

 おそるおそる、その気配の方へ視線を向けた。


「あーっ! アルバ様いけないんだー!」


 まるで子供のように諭してくるその者の姿を視界に入れれば、アルバは言葉を失った。

 見た目は十代くらいの小さな女の子。髪色は自分と同じ空色で、ややぼさぼさ。身にまとうのはパイロットスーツであり、その可憐さにはあまりにも似合わない。


 何よりその顔立ちは、アルバの恐怖心を煽る。


「お姉ちゃん……いや、私……?」


 その少女は、どこをどう見ようと自分にそっくりだった。鏡の中にいる自分をそのまま切り取り、どこかの子供にくっつけたかのような異様な光景だ。

 クローン。すぐにその言葉が頭をよぎる。

 なぜ? どうして? 一体いつ?


 記憶を辿っても心当たりには辿り着かない。


「アルバ様はお部屋でじっとしてなきゃいけないんだよ! わたしたちのお姫様として働かなきゃいけないから」

「……あなた……は」


 恐る恐る会話を試みようとした彼女の耳を劈いたのは銃声だった。

 慌てて踵を返せば、そこには鬼のような形相をしたファウストが銃を向けたまま立っていた。


「余計な所が姉上に似たらしい。アルバ様、手荒な真似はしたくない。大人しくこちらへ」


 声は冷静だが、その顔の裏には明らかに怒りを募らせている。

 とても会話などできる状態ではないが、アルバは自然と口が開いた。


「ねぇ、ゲーテくん……この子は何なの? どうして、私と同じ顔なの?」


 ファウストは歯噛みする。

 知られたくなかった、と言わんばかりの反応だ。


「今はそれどころではない。おふざけは控えていただきたい」

「答えて……!」


 錯乱するアルバを、その傍らに立つ瓜二つの少女は不安そうに見上げた。


「それはだ。貴女が気に留める必要などない」


 彼の何とも無いような言葉に、アルバは決心させられる。


「道具……?」

「拳銃やゲイズチェイサと同じです。姿形が人というだけだ。何を気にする必要があるのですか。進化した宇宙人類を導くべき貴女が」


 アルバはひたすらに恐怖だった。

 進化した人類? それは果たして本当に、人の形をして、声を発し心を持っている物を、消耗品と同じ扱いにする人間のことを指す言葉なのだろうか。


 こんな人と、とてもじゃないが共に居られない。


「君、一緒に逃げよう」

「え?」


 自分と同じ顔の少女の手を取り、アルバは全速力で駆け出した。


「貴女という人はっ!!!!」


 ファウストがアルバ目掛けて発砲する。

 アルバは感覚的にその弾を回避し、その勢いに身を任せ無重力空間へと飛翔した。


 コックピットが開かれたままの青いゲイズチェイサに乗り込み、ハッチを閉じる。

 操縦系統は自分が知るものの面影はあったが、全く違う。

 とはいえ、操縦できないというわけではなさそうだ。


「大丈夫だからね」

「あ、あのっ! アルバ様……」


 少女が何か言おうとしたところで、アルバは機体を起動。

 ろくに安全確認もせず発進させた。


「うぐっ……」


 久々の感覚だ。

 Gが身体にかけてくる圧迫感、震える手を抑え操縦桿を握る感触。

 脳裏を過るのは、あの時、何人もの人を殺めてきた光景の数々。今更悔いるわけでもないが、自然と緊迫感に襲われ集中力は極限まで上昇した。


 熾烈な戦場を駆け抜けて、自分は一体どこへ向かおうというのだろう。

 当てもなく飛び出してしまった彼女は、朧げな不安にさらに焦燥を煽られるのだった。




 ◇




《全軍に告ぐ。敵艦隊に大型戦略兵器が複数確認されたとの報告を受けた。こちらに甚大な被害が出る前に、一度体制を立て直す。撤退せよ、繰り返す――》


 カルキノス提督直々の言葉に、現場は戦慄する。


「戦略兵器兵器……」


 リアムはヘルメットを外し、張り詰めた空気を吐き出しながら呟く。

 ミラが目撃したという小型の"レーヴァテイン"。かつてはそれが小さくなったところで、被害が縮小されたという実感はないだろう。


「……ん?」



 リアムは暫く戦闘が止んでいた遠くの宙域に、微かな光が見えることに気がつく。


 カメラセンサの精度を上げ確認してみれば、それは敵の反乱軍である〈モードレッド〉の青いゲイズチェイサが光景だった。


「……どういうことだ? 何故味方同士で……」


 不審に思いそこへ近づこうとした瞬間だった。


 頭に電流が走るような衝撃が伝われば、彼は即座に状況を理解する。


「アルバ……!?」


 驚きと憤り、そして哀しみが一気に押し寄せ心がぐちゃぐちゃになりながらも、リアムは決死の覚悟でその戦闘に割って入った。


 片腕を失った機体を執拗に追い詰める三機の青いゲイズチェイサ――"バヴィロン"のモノアイが、不気味に"ウロボロス"を照りつける。


 ビームバズーカをぶっ放せば、三機は散開。

 攻撃対象を即座に"ウロボロス"に変えた。


 三機は一斉に光剣を抜き、"ウロボロス"を切り刻まんと突撃するも、一機目の一太刀は瞬間の抜刀によっていなされ、二機目の三機目の同時斬りも、いとも容易く防がれる。


 "ウロボロス"はたじろぐ三機の前から

 モノアイを四方八方に忍ばせ、その消息を辿ろうとした三機はどこからともなく連射されたビームライフルの餌食となる。

 辛うじて生き延びた一機。現れた青い悪魔を迎え討とうとするも、光刃を砕かれ、瞬く間にコックピットを貫かれてしまった。


 三つの爆炎を背に、片腕を失った"バヴィロン"を見据える。


「アルバ……本当にアルバなのか!?」

《リアム……ありがとう……》


 開かれた回線から確かに彼女の声が聞こえた。

 だが、彼には信じ難い感覚があった。


 ような感覚があるのだ。アルバが。

 リアムはその感覚に、真っ先に思いつく節がある。



「外に出られる?」

《ごめんなさい、ヘルメットがなくて》

「わかった。じっとしてて」


 武装を解除した"バヴィロン"を"ウロボロス"が抱き抱える形になり、そのまま"ハンドレッド"への帰投を急いだ。



 敵機を抱えて帰ってきた"ウロボロス"を見て、周囲の味方は各々驚愕や憤りを示していた。


「開けてください! これに乗ってるのは敵じゃない!」


 必死なリアムの前に立ちはだかったのは、アズチの繰る"グラドスケルト"。


《あなたはおかしいのか!! 味方が敵機に乗っているわけないだろう!!》

「助けを求めてきたんだ。確証だってある! 説明なら後でする!」

《いくら前大戦の英雄とはいえ、勝手を許してはおけない……!!》


 "グラドスケルト"のモノアイが光り、リアムは歯を軋ませる。


 自分のしていることは、懸命になって戦う味方に水を差すような行為だと心得てはいる。

 でも、これだけは……。




 ◇




《フハハ!! 堕ちたな、《煉獄の凶星》》

 

 "エレムルス"の凶爪が"サウザンド"の片足を切り飛ばした。

 足に詰まった電気系統がもたらす大爆発に紛れビームライフルを放つも、異様なまでの反射神経で避けられ、反撃を喰らってしまう。


(強い……)


 そう思ってしまう自分が悔しかった。

 復讐に身を投じてきて、ゲイズチェイサの操縦と戦争だけで生きてきた自分からそれが無くなったら、一体、何が残るというのだろう。


 "サウザンド"のビームブーメランを弾いた"エレムルス"。

 ケリを付けんとばかりに、スラスターの噴門を最大限に開いた。


《終わりだッ!!》


 突撃しようとした"エレムルス"。

 "サウザンド"は構えたが、死角からの熱源反応にその構えを制止する。



《ぐっ!?》



 "エレムルス"に何かが激突した。

 それは、腰部から九尾のような蒼炎を迸らせる緋色の機体――"ノーヴェ"であった。


《悪りぃな社長サマ! 怪我はねぇかい!?》

《おのれ、余計なことを……!》


 それからすぐ、"アストラル"と"アマクサ"が姿を現し、巧みな連携で緋色の九尾を追撃する。


《社長サマ、あれは使わねぇのかい!? あれじゃタダのお飾りだぜ》

《あれは所詮脅しだ。一度退くぞ》

《へいへい》



 "エレムルス"が両腕部からビームを照射。"ノーヴェ"のスティング二基を故意に爆破させることで撤退の隙を作る。

 素早い後退に、深追いする気力すら削がせ、三機はその場に留まることしかできなかった。




「バジーナ大尉。味方が撤退を始めている。我々も行こう」

《えぇ……》

「ずいぶん、情けない姿ではないか」


 掠れた彼女の返事を聞き、そうやって茶化そうとしたが逆効果だったとウィザードは悟る。

 戦争は誰も彼もを狂わせる。

 かつて《煉獄の凶星》と呼ばれ、戦争の英雄とまでもてはやされた彼女とて例外ではないようだ。




 ◇




 "ハンドレッド"に帰還すると、何やら揉め事が起こっているのか、随分と騒がしい空気が満ちていた。

 

「リアム少尉……!! あなたは自分が何をしたか分かっているのか!? その女がスパイでない保証はできるのか!?」


 声を荒げるアズチと、その目先には珍しく眉を顰めるリアムとその脇で怯える娘……アルバの姿があった。


(そうか……ここは原作に忠実というわけだが)


 原作でも、〈モードレッド〉によって連れ去られたアルバはリアムの手で救出される。唯一違うのは、アズチ・グレートが居合わせるか否か、ということだ。


「彼女は結束連盟軍所属の軍曹。ルミナス・ルナテリアだ。艦長にデータベースを照合してもらえば分かることだ!」

「あなたの個人的な感情で動かれては困る。俺たちは戦争をやってるんですよ」


 アズチに言われ、リアムは歯噛みした。 

 ミハイルが止めに入ろうとしたが、それよりも早く割り込んだのは仮面の戦士であった。


「デジャヴを感じるな、グレート准尉」

「貴様、邪魔をするな」

「断固拒否する」


 ウィザードの言葉に、彼は額へ血管を浮かばせた。

 何が気に入らないのか――大方健闘はつくが、今ここで言い争っていたら後の戦闘にも影響してくる。リアムの勝手な行動も責められるべきだが、彼も大概だ。


 尚も怒りを鎮めようとしないアズチに、アスカが駆け寄った。


 一体どうするのだろう――と見守っていたが、彼女は予想外の行動に出た……否、ある意味彼女らしい予想通りの行動ではあるのだが。


 アスカの拳が、アズチの頬を歪め一気に吹っ飛ばした。


「あんたみたいな大人、修正してやるっ!! リアム少尉は、人を助けただけだろ!? 何がおかしいんだ!!」


 無重力で制御が効かず、整備班に受け止めてもらったアズチは声を荒げる。


「お前っ……何をっ!!」

「准尉……あなたはずっと何やってんですか! 誰かを恨んでばかりで、前に進もうとしていない!」


 彼女の言葉が余程頭に来たのか、整備班を足場にし彼女に突っかかろうとした。

 他の兵士が止めに入る中、一番に割って入ってきたウィザードは止めなかった。


(あるべき光景だ。アスカ・カナタは、こうでなくては)


 思えば彼女が人を殴った光景をあまり見ていない。

 アニメでの彼女はボコスカ人を殴っていたイメージがある。

 それは決して彼女が暴力的というわけではない。

 子供らしいが、気高く揺るぎない信念を持っているからこそ、汚い大人や歪んだ大人が許せないというだけだ。


「お前に俺の何が分かる!!」

「ボクだって分かるさ! 准尉の気持ちくらい!」


 かといってアズチにも譲れないものがある。

 本編では語られなかった彼の過去は、きっと壮絶だ。出なければあそこまで過激な宇宙排斥思考にはなるまい。


「……私、いない方が良かった?」


 リアムの傍らで肩を竦めるアルバは、眉を引き下げながら言う。


「久しぶりだな。ミス

「……えっ」


 ウィザードの仮面越しに綻んだ笑みを見て、アルバを目を丸くする。けれど、そのおかしさを自分で自覚し、すぐに表情を正した。


「お久しぶり、です。仮面の人」 

「同じ屋根の下で一夜を過ごした中、やはりそう簡単には離れられない運命ということ」

「殺しますよ」


 リアムの口からとんでもない言葉が漏れる。


「アル……ルミナス。艦長に話をしてくるね」

「うん……ありがとう、何から何まで」


 離れていくリアムを優しい笑みで見送ったアルバは、踵を返してその表情を一気に崩す。



 そこに立っていたのは、ミハイル・バジーナ大尉ーーそう名を偽っているが、確かに姉の顔をした女性であった。



「アルバ……」

「お姉ちゃん……」

 

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