第34話【たった一度の恋】7


 それはおばあさんとの話しが一段落つき、トイレを借りて部屋に戻ろうとしたときのことだった。


「ケイ君、ちょっとこっち」


清子さんに呼び止められた俺は、足を止めて手招きしている清子さんの方に向かう。


「話し……少しだけいいかな?」


「あ、はい」


 おばあさんと話して、それで終わるとは思っていなかった。

 本能が告げている。本当の戦いはここなのだと。


 正直なことを言うと、おばあさんよりも……清子さんと話す方が怖い。

 言葉にできない恐怖がそこにあった。


 それは以前、鞠奈のことを諦めろと言われたことが頭に残っているからなのか……それとも清子さん本人のプレッシャーが凄いのか。


 俺は強張っている表情を隠すように表面的な笑顔を貼り付けると、清子さんと向き合った。


「まずは……おめでとう。でいいのかな?」


「あ、ありがとうございます」


 ふにゃっとした笑顔を浮かべる清子さん。

 しかし、その目が笑っていないことを、俺は知っている。

 向けられた感情は……敵対。

 確証はないけれど、恐らく俺の予想は当たっているだろう。


「いやー、ケイ君はこれから大変だよ? 鞠奈のことをずっと……これから先、ずっと好きでいなくちゃいけないんだから」


「はい。分かってます」


「本当に? ずっとだよ? 大人になっても、おじさんになっても、おじいちゃんになっても……死んじゃってからも。魂の繋がりがある限り、ずっと好きでいなくちゃいけないんだよ?」


「……はい」


「本当に分かってる?」


 清子さんは遠回しな言葉で俺を刺し続ける。

 流石は次期、汐海家の当主といったところだろうか。

 言葉に強い感情が乗っているのが分かった。


「……はい」


「一時の感情で動いてるってことはないよね?」


「そんなことはないです」


「それならいいけど、でも……ケイ君の行動一つで、鞠奈が危険になる。これだけは絶対に忘れちゃダメだよ」


「分かってます。俺は……鞠奈が好きですから」


「それは知ってる。でもね、ただの一途じゃダメなの。凄い一途じゃないとダメだからね。鞠奈を愛して、そしてケイ君は鞠奈から愛され続けないといけないんだから」


 口を開くたびに凄みを増していく清子さん。

 放つ圧に足が竦む。

 

「私自身、旦那さんに直感を感じて結婚したの。だから……本音を隠さずに言うと、鞠奈の選択は今でも間違っていると思ってる」


「……はい」


「おばあちゃんが話してた、直感を感じない相手と結婚した曾祖母のことだって、直感を感じた側の人間からしてみれば、バカらしいとさえ思える」


 様々な感情を孕んだ視線と言葉。

 俺はただ頷いて、返事をするだけでいっぱい、いっぱいだった。


「けどね、もう手遅れ」


 清子さんは、文字通り諦めといった様子で笑みを浮かべる。

 そして、一つ呼吸を入れると、こう言葉を続けた。


「でもね、あんな鞠奈を見たら…………。私は鞠奈が伝統で苦しんできたのをずっと見てきたの」


 ポツポツと……何かを思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「直感を感じる相手を見つけることができなくて……間違えることを恐れるあまり、人を遠ざけて、孤独になって……そんな鞠奈を私はずっと見てきた」


 鞠奈が伝統に苦しんでいるのを知っている俺は清子さんの言葉に頷く。

 俺達が結ばれた日、想いの内を吐き出したときの鞠奈は本当に苦しそうだった。

 とにかく痛々しかった。

 それほどまでに、鞠奈は伝統に縛られていたのだ。


「いや、本当は認めたくないけどね。でも、鞠奈が苦しんできたのを見てきた側からすると、相手を見つけられて良かったって気持ちもあるの。それに……ね、あの子、キミとそういう関係になってすぐ、嬉しそう報告してきたの。それを見ちゃうとね……」


 ふふ。と、思い出し笑いをする清子さん。

 しかし、そんな表情を浮かべたのも束の間、フっと顔に影を作る。

 そして――。 


「だから……もし、キミが鞠奈を裏切るようなことをしたら、私は迷うことなく、キミを刺すナイフを鞠奈に渡すよ」


「……はい!」


 俺は清子さんの気持ちを心に刻むと、そう返事する。

 鞠奈と――汐海の人間のたった一度の恋の相手になるということ。

 それは多大な責任と覚悟が必要だ。


「うん。いい返事だね」


「鞠奈に関係のあることですからね」


「キミは本当に鞠奈が好きだね」


「それは勿論。大好きです」


「ふふ。それは良かった。でもさ、キミは怖くないの?」


「……怖い? ですか?」


「うん。だって……ケイ君も私達と同様に、たった一度の恋に縛られることになるんだよ?」


 はて、清子さんの言葉の意味が分からない。

 それのどこが怖いのだろうか。

 俺は……鞠奈のことが大好きなのに……。

 鞠奈以外は興味なんてないのに……。


「それのどこに問題が?」


「キミ、色々と凄いね……」


「そうですか? ただ鞠奈が好きってだけですけど……」


 変質者を見るような視線を向けてくる清子さん。

 本当に意味が分からない。

 俺は……鞠奈のことが好き。それだけの話なんだけど……。


「だって、キミの行動一つで鞠奈が消えちゃうかもしれないんだよ?」


「はい。それは分かってますけど……裏切らなければいいだけの話しでは?」


 そう。裏切らなければいい。

 鞠奈を愛し続けていればそれでいいのだ。


「…………なんか、伝統とか関係なく鞠奈はキミと別れた方がいい気がしてきたよ」


「なんですかそれ! 俺、鞠奈のこと好きですよ! 大好きです!」


「いや、それは……それは分かってるけど……うん。ケイ君なら大丈夫だね」


 清子さんは何故か安心したような表情を浮かべ、「部屋に戻ろう」と言うと、先程までおばあさんと話していた部屋に向かって歩き出す。

 

 ん? どういうことだ?

 俺は頭上に浮いた疑問符をそのままに清子さんを追うと、鞠奈が帰ってくるのをおばあさん、そして清子さんと話しながら待つのだった。

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