たった一度の恋
第28話【たった一度の恋】1
夏を目前に控え、クラスメイト達が休み時間に夏休みの予定を立て始める頃、俺は一つの悩みを抱えながら、いつもの日常を送っていた。
勘違いならいい。
勘違いなら俺だけの問題だ。
でも、これは……勘違い、じゃねぇーよな。
俺は横目で先ほどから感じる視線の出所を探る。
すると――案の定というか、なんというか……人魚姫こと汐海が俺を見ていた。
いや、見ていたなんて表現ではまだ弱い。
ガン見である。
明らかに変だ。
ただ見られているだけなら、そんな時もある。と納得できるけど、何も異変はそれだけじゃなくて――端的に言えば、汐海の様子がおかしいのだ。
見てくる癖に目が合うと露骨に逸らされる。
何か用でもあるのかと聞こうとすると逃げられる。
いざ話せるシチュエーションになったとしても、まず会話にならない。
以前、砂浜で泣いていたことと関係があるのか、それとも陸斗が言っていた家の事情でなにかあったのか。
詳しいことは分からないけれど、とにかく汐海の様子が変だということは確かなことだった。
確かに汐海は俺を見ている。凝視している。勘違いなんかじゃない。
これでもかというくらいガン見している。
分からん。本当に意味が分からん。
俺は汐海の視線から逃れるために、席を立って廊下に出る。
すると……当たり前のように汐海もあとをついてきた。
……なんだよ!?
俺、なにか気に障るようなことしました!?
廊下を進み、階段を上り、そしていつか来た踊り場へ。
そして待ち構えること数秒。
チラリと影が見えた瞬間、俺はヒョコっと顔を出した。
すると――。
「うわっ!」
汐海は驚きのあまり、階段から落ちそうになって……。
腰を手で支えてギリギリでキャッチ。
不安定な姿勢から汐海を引き寄せる。
「あっぶね。大丈夫か?」
「……っ」
「……あ」
それに気付いたのは汐海が自立できる程度まで引き寄せたときだった。
汐海の目に映る自分の顔、腕に感じるほのかな体温、そして、鼻孔をくすぐる柔軟剤と香水が混じったような優しい香り。
この状況を文字にするならば、抱擁……だろうか。
とにかく、この状況はよろしくなかった。
その証拠に――。
「う、うきゃぁぁぁ!!!!」
汐海は顔を真っ赤に染めると、俺を突き放すようにして距離を取る。
その態度がやらかしたことの大きさを示していた。
「わ、悪い!」
「近い、八木が! ち、近かった!」
「お、おう。そうだな」
「腕でギュって! なに!? なんか良い匂いもしたし!」
今まで見たこともない慌てた様子に俺は汐海を制すように手を掲げる。
「おっけい、一旦落ち着け」
「無理っ! だってギュってされたんだよ!?」
「そうだな! それはそうだけど、また落ちそうになってるから!」
今の汐海を例えるならば、崖の淵でブレイクダンスをしているようなもので……一歩踏み外すだけで簡単に落下してしまう危険性がある。
だから必死に落ち着かせようとするのだが……。
「腕、腰、ギュって! これは抱っこだよ、抱っこ!」
まぁ、無理だった。
だから…………。
「ああ、もう。お
俺はそう言うと、しばかれることを覚悟したうえで先程したことと同じ事をする。
手を伸ばし、汐海を引き寄せて――
今度は偶然ではなく、故意的に汐海を抱きしめた。
「うきゃっ!」
「ちょい、落ち着け。落ちるから」
「……落ちる?」
「そう。落ちる。危ない」
「それは……危ないね」
俺の言っていることを理解したのか、それとも頭が真っ白になって余裕が無くなっているのか、特に抵抗もなくすっぽりと俺の腕に収まる汐海。
なんともドキドキする展開だが……俺は違う意味でドキドキしていた。
――危なかった! マジで危なかった!
汐海って取り乱すとあんな感じになるんだなぁ。
これは気を付けないといけねーな。
しかし人間、マジでヤバイ事が起きると、冷静になるものだな。
汐海と密着してんのに、嬉しいとかそういう感情が一切湧かなかったぞ。
俺は一歩、また一歩と汐海をリードするように安全地帯に運ぶと、汐海を離す。
ここなら多少暴れても落ちることはないだろう。
「ありがとう……ございます」
「お、おう」
「「…………」」
俺を見る汐海と、汐海を見る俺。
お互いに言葉はなくて……。
ただ見つめ合う。
って、そうだわ。色々ありすぎて本来の目的を忘れてた。
汐海の様子は……よし、落ち着いたな。
「汐海さんや」
「……ん? なに?」
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「う、うん」
「あのさ、最近、俺のこと見てる……なんてことはないよな?」
「……」
汐海は普通ではありえない速度で目を泳がせると、シワができるほど口をムっと強く閉じる。
うん。確定。
理由は分からないけど汐海、俺を見てたんだな。
「汐海さんや」
「……なに?」
「理由を聞いても?」
「……黙秘権を行使する」
「その黙秘は認められません。さあ、理由を述べて下さい」
睨み合うような形で、お互いを見る。
一秒、二秒、三秒……刻々と時間が過ぎて……いよいよ無言が苦しくなってくる頃。
「……今っ!」
汐海は一瞬で背を向けると、脱兎の如く逃走を図る。
突然のことに、反応が遅れ、ポツンと残された俺。
正直今から追いかけても汐海を捕まえることはできると思う。
何せ汐海の足の遅さは群を抜いているから、容易に追いつくことはできるだろう。
しかし、追いかけたところで何か話してくれるとも思えないし、先ほどのように階段から落ちそうになられても困る。
しかし、なんで汐海は俺をずっと見ていたのだろうか……。
ただ謎だけが深まってしまった。
何か理由があるんだろうけど……さっぱり分からんね。
俺は一人踊り場に残されると、ここ最近の汐海の様子を思い返し、その行動の理由を考察するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます