第24話【伝統と直感】4


 多分、今日は私にとって厄日やくびだ。


 それを確信したのは、会食会場でおばあちゃんに呼び出されて、既に人払いが済んでいる個室に呼び出された時のことだった。


 面倒な挨拶回りを終え、会いたくなかった陸斗と話し、そしてお姉ちゃん夫婦と共に沢山の大人の相手をしたあと、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。


 向かいの席には綺麗な着物を身に纏い、真剣な表情を浮かべているおばあちゃん。

 昔からこういうとき、良いことが起こった試しがない。

 私は心の中で覚悟を決めると、乾いた口を水で潤して、無理矢理言葉を紡いだ。

 

「まだ会食が終わってないけど、離れて良かったの?」

 

 軽い感じだ……ライトで軽い感じで……。

 そう意識して、私は無言のまま私を見るおばあちゃんに話しかける。

 すると――。


「鞠奈」


 ただ名前を呼ばれただけで、その場がピシャっと締まった気がした。

 怖い。ただただそんな感情が私の心を支配する。


「…………はい」


「早速本題に入るけれど、伝統に背こうとしていた。というのは本当かい?」


「いえ、そんなことは……」


 真意を見極めようと、ジっと私を見るおばあちゃん。

 恐らく八木との関係を怪しんでいるのだろう。


 事実、二年になってから八木と過ごす時間が増えていることは確かだ。

 でも……私が伝統に背こうとしている?


 なんて見当違いのことを言っているのだろう。

 私と八木はちゃんとお別れをした。八木の心を傷付けてまで、ちゃんとお別れをした。

 それなのに――なんで私が悪いことをしたような空気になっているの? 納得がいかない……。


「そうなのかい? 清子からは鞠奈が直感を感じない男性と深い繋がりがあると報告を受けているのだけれど」


「……友人です」


「ふぅん。つまり、恋はしていない……と」


「はい」


「そうかい。それなら良いけど……伝統は忘れていないね?」


「……もちろんです」


 ――汐海の伝統。

 忘れるわけがない。


 生涯、人に恋するのは一度だけ。

 直感に従い、たった一人を愛し、愛され続ける。

 失敗は許されず、死ぬその時まで添い遂げなくてはいけない。


 ロマンチックで、夢見がちで……バカバカしい伝統だ。


「鞠奈のことだから特に心配はしていないのだけれど、くれぐれも伝統を忘れてはいけないよ」


 念を押すように言うおばあちゃん。

 まぁ……私のお姉ちゃん達、清子お姉ちゃん以外の二人がアレだから心配するのは理解できるけど、プレッシャーが凄いよ……。


「はい。分かってます。おばあ様に教えられ――」


「おばあ様じゃないだろう? 公の場ではないのだから、おばあちゃんと呼びなさい。もしくは、ばぁばと」


 おばあちゃんの発言に思わずズッコケそうになる。

 この人は昔からそうだった。

 厳しい態度を取る癖して、呼び方を妙に気にするのだ。


 年齢の割に元気だし、同じ家に住んではいるけど、おじいちゃんが亡くなってからは時間ができれば旅行に行き、ほとんど家に居ない。

 だからこうして話すのは緊張するんだけど……。

 っていうか、ばぁばって何? 一度も呼んだこと無いんだけど!?


 しかしまぁ、ここで変に逆らうこともない。

 私は背筋を伸ばすと、おばあちゃんと向き合う。


「……はい、おばあちゃん」


 若干拍子抜け感はあるけど、当の本人の纏う空気は変わらず強いままだ。

 流石は歴史ある汐海家の当主と言えるだろう。


「まぁ、いいだろう。それで……どうだい? 鞠奈はまだ直感を感じる相手は見つかっていないと聞いているけれど、探してはいるのかい?」


「……それは」


「なんだい、何か思うことがあるのかい?」


 私が言葉を詰まらせたことで、おばあちゃんは顔を覗き込んでくる。

 正直、これをおばあちゃんに聞いてもいいのか迷う。


 おばあちゃんは汐海家の当主だ。

 伝統を守り、子孫に伝え残す役目がある。

 そんな人物に私が伝統に疑問を持っていると言ってもいいのだろうか。


 もしかすると変な目で見られるかもしれない。

 怒られるかもしれない。


 でも、私は…………。


「伝統は……絶対なのですか?」


 言った。

 言ってしまった。


 それは疑問に思ってはいけないことだ。

 

 なぜ汐海家の人間が一度の恋にこだわっているのか。


 その理由を私は知っている。

 私の存在がそれを証明している。

 汐海の伝統が私達を守るものだって理解している。


 でもさ、こんなのはおかしいよ。 

 恋はキラキラしているものじゃないの?

 物語の中ではそう描かれてたじゃん。


 それなのに……私の恋が苦しいものになっているのはどうして?


 ――――おばあちゃんの目が私の目を捉え、離さない。

 一体何を考え、私にどんな感情を向けているのか。

 表情からは何も察することができない。


 ふう。とおばあちゃんは俯き、一つ呼吸を入れる。

 そして、私の顔を凝視すると口を開いた。


「どうしてその考えに至ったのか、教えてくれるかい?」


 ゆっくりとした口調。

 それでいて、しっかりと意味のある言葉。

 私は素直に思ったことを言うことにした。


「……私は恋をするのが怖いです」


 そう。私は恋をするのが怖い。

 一度きりの恋。

 失敗できない恋。

 そんなの……呪いと同じだ。


「直感というのも……私には理解できません」


 汐海の人間に備わっている直感。

 結ばれるべき相手が汐海の人間には分かるという直感。

 その直感に従えば、絶対に幸せになれるのだろうか?


 分からない。

 汐海の伝統通りに結ばれたお姉ちゃんは幸せそうにしているけれど……。

 私には分からない。


「直感を感じない相手に向ける感情は……向けられた感情は全て……無駄なのでしょうか? 邪魔な感情なのでしょうか?」


 まるでダムが決壊したように、心に秘めていた言葉が溢れる。

 話に整合性が取れていないことは自分でも分かっている。

 

 しかし、止めることはできなかった。


「一緒に居て楽しい、居心地が良い。その感情は…………。分からないんです! 私は苦しいんです。今、直感を感じる人と出会ったとして……幸せになれるとは思えない」


 思い浮かべたのは一人のクラスメイトだった。

 彼を傷つけてしまった時、お別れした時、私は苦しかった。悲しかった。


 汐海の人間は一度の恋しかできない。

 それは絶対の決まりで、変えることはできないのは分かっている。


 私は汐海の伝統にはちゃんと理由があることを知っている。

 そして、それは汐海の人間ならば守らなければいけないことも知っている。

 しかしその伝統は、彼を傷つけて、私を苦しめ続けている。


 直感に従えば絶対に幸せになれると汐海の人間は言うけれど、もし今、私にとって結ばれるべき人と出会ったとして、幸せになれるのだろうか?


 ――全てを忘れて、私は幸せになる?

 そんなのって…………ないよ。


 私はグっと涙を堪える。

 昂った感情を落ち着かせるように浅い呼吸を繰り返す。

 

「……そうだねぇ。鞠奈が苦しんでいるのは分かったよ」


 おばあちゃんはどこか優しげな声色で、まるで私をあやすようにそう言う。

 私はパっと顔を上げる。

 するとそこには穏やかな表情を浮かべたおばあちゃんがいて…………汐海家当主はこう言葉を続けるのだった。

 

「伝統は絶対だよ」


 ――と。

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