第18話 帰還



「それで、ブラックさん。この子は・・・」

「フォウ・・・?」



リゼットたちはあの後、送られてきた座標を頼りに、ブラックのいる隠れ家に訪れていた。預かってから、帰還するまでの間ずっと一緒に付き従っていた謎の狐。これはいったい何なのか。リゼットは帰ってきて早々に。ブラックに対して率直な疑問ぶつけた。机の前で両肘を立てて寄りかかり。表情を隠そうと必死に頑張っている少女。

何かしらの力を持っている事は確かだ。肩に乗って不思議そうな表情を浮かべて小首を傾けフォウが私のことを愛くるしげな表情で見つめてくる。


かわいい。



「そうですね、疑問にお答えするのであれば・・・」


その子には。近くにいる物体などを自身の持つ“念力”を消費する事で移動させる『“テレポーテーション“』が可能なのです。伝えましたよね、私は”式神を操る能力“であると。私は式神を呼び出し、現れた幻獣と契約を結ぶことができます。その者たちを手元にストックしておくことができるのです。


「・・・契約を結ぶ、ですか」


『はい。契約を結ぶ方法は式神の種類によってさまざまな方法がありますね。

で、そのうちの一匹がこちらのフォーくん。この子はですね、和菓子のうちの一つである金平糖が大好物みたいで、ですね。それをあげたら、喜んで私と契約してくれたのですよ。まぁ、この子は食べ物で釣れましたが食べ物意外だと。あとは寿命といった類や血液による血の結びといった、少し重ための条件を求めんとする式神もいます。

私にとって、式神達はこの世界で生きていくための生命線であり切り札です。


この子達の存在がもし外に漏れ出てしまったら。私の命が狙われることになるでしょうね。今の世界におけるテレポート能力の貴重性はあなた方もよくご存知のはず。

それこそ国が買えるレベルの資産を投資してでも手に入れたい人は山ほどいる筈です』


「なるほど・・・」


「言われなくとも喋るつもりはさらさらねぇよ———。っそんなことよりだ。

問題は解決してきてやったんだから、次はお前が返す番だろ」



「———そうですね。今度は私がお返しします。確か、あなた達の主人に頼まれごとがあったのでしたよね。内容を教えていただいてもよろしいですか?」


「わかりました」


リゼットは荷物がたくさん入ったバックの中を、ごそごそと漁る。そして、旅に出る際にグリム団長が渡してくれた手紙を取り出し、それをブラックに預けた。

受け取った手紙にはご丁寧に紐が結んであり丁重にその紐をほどいていく。袋の中から紙が外気に晒されたことであたりにふわりと飛ぶインクの香りが微かに漂いながら、折られた手紙を開き。

ブラックは中に記された文字に目を通していく。










———親愛なる情報屋ブラックへ




いきなりの手紙ですまない。こういうのはあまり慣れていなくてな。無礼があったら許してほしい。

———さて、今これを読んでいると言う事は、私の部下たちが無事にたどり着けたようだな。なによりだ。私も今動けない身だ。こうして手紙でやり取りする事をどうか許してほしい。此度私が貴方の元に彼らを派遣したのは他でもない。


 単刀直入に言えば。疑っているのだ、私は何者かが。リゼットを意図的に殺害しようとしたのではないかと。


 これは当分の間リゼットには話すつもりはない、リゼットを拾ったときに本人からことの顚末を全てきいた。そして、そこで俺は妙な違和感を覚えていた。だから調べることにしたのだ、全ての始まりであるリゼットの一族の

これまでの歴史を。リシュエル家。あまり聞き馴染みのない、歴史的に名の知れない無名の家系。

思い返せば、俺はその名前を聞いたその時からある違和感を感じ取っていたのかもしれない。その一族の歴史について調べるために、ありとあらゆる図書を巡り、

歴史書を探した。


だが何処にも存在しないのだ。





リシュエル家の名が。






いや、正確にいえばあったのは間違いない。

だが、何者か、もしくはリシュエル家自体が歴史から消える為に。それまであった歴史を焼いて消していたのではないか。ひっそりと隠れて暮らさなければならない事情が存在していたのだとしたら・・・?

俺はこの一連の事件には裏があると踏んでいる。


『〝リゼットを殺そうと手引きした裏の組織〟』の可能性と、

『〝リシュエル家の謎〟』について。


調べてほしいのは、その二つだ。


 報酬はそちらで決めてくれて構わない。その分はきちんと用意させてもらおう。紙は燃やすなりして処分しておいてくれたまえ。

あなたからのより良い返事を期待している。


Hyde Out Rest  団長:グリムデッドリー

—————————————————————






ブラックが手紙を読み終えると静かに目を閉じた。数刻の間目をつぶり立ち尽くしていたが、やがて。静かに暖炉に向って歩き出し、ぱちぱちと燃えている焚火に手紙を投げ入れ燃やし尽くす。

そして、彼女は受け取った手紙の返事を書くために。

机へと向かい、使い古した万年筆を手に取り。まっさらな紙にするすると内容を書き記した。引き受ける事と様々な情報を書き終えると、手紙をきれいに折りたたみ封をして閉じる。それを手に持って、彼女はリゼットの下へと戻ってきた。


「これを・・・、あなた方のボスに預けてください」

「・・・確かに。承りました」



『やれやれ、とんだ面倒ごとを押し付けられたものです。私以外の人間では荷が重いのも確かか・・・。そう結論づけブラックは、一先ず一仕事終えたと肩の力を抜く。

———気づけばもう夜も遅い、か』



「よろしければお食事でも、どうです?」

「いいんですか・・・?」

「もちろん」


 二人をおもてなしすることにしよう。

ブラックはポケットから鈴を取り出し、チリンチリンと子気味良い音を辺りに響き渡らせる。数刻もしないうちに


「〝御用でしょうかお嬢様〟」


と屋敷で雇っている使用人が扉をノックする。


「入っていいですよ・・・?」

「―失礼します」


ブラックは料理長に、できるだけ最大限のおもてなしをするように命じた。命令を受け取った使用人達はブラックへと深く一礼し、厨房へ仕事をするため戻っていく。料理ができるまでの間に、紅茶やお菓子の準備を申し付け。各々の仕事を全うするために向かっていく様子を確認して、一緒に食事処に向かうことにした。

案内された食堂に着くと、座るように手で促してきたので流されるままに。

テーブルに座ると、すぐさま淹れたての紅茶を赤髮のメイドさんがカップに注いで来てくれた。素晴らしく気が利くメイドである。

リゼットはその方にお礼述べて、入れていただいた紅茶に、一欠砂糖を入れ。

一口飲んだ。


「・・・っ。おいしい」



清涼感のある味わいは心身を温め、溜まっていた疲れを癒してくれる。上品で柔らかく優しい味わいが感じられる。

そんな温かな紅茶で一息ついたところで、ふと何となく感覚的に気になっていた疑問を投げつけることにした。


「ところでなんですけど。この屋敷、違和感がありませんか・・・?」



黒白と茶色で構成された、シンプルでオーソドックスな内装。それとは裏腹に、どことなく溢れる違和感。廊下を歩いている時にも食堂にいる今この時にも感じられる強烈な違和感。

———そう、屋敷にあるべきものが存在していないのだ。

違和感の正体に気付く。それは屋敷全体に『〝窓がないのである。〟』

そうと分かれば謎めいた現実離れした違和感の正体もはっきりする。


「ふふっ。ここは秘密基地ですからね」


ブラックが招き入れることを認めた人物にしか屋敷は姿を見せることはない。この空間はほかの人からは緑の生い茂った空き地として認識されている。

屋敷に空き窓がないのは、外からの認識をよりできなくするためらしい。


            


「あー、なんか感じていた違和感はそれか」

「はい。そういうことです」


情報屋として生き抜く術を磨きたどり着いた答えなのだろう。

ブラックと屋敷について色々と語っていると美味しそうな香りが漂ってくる。

どうやら料理が完成したらしい。扉をノックする音の後に、トレイに料理を乗せてテーブルに並べていく。その匂いにつられてリゼットのお腹から、


〝ぐう・・・〟と音が鳴り響く。


自分の腹の虫を恨みつつ、恥ずかしさを紛らわせる為に思わず机に顔を埋めると、ブラックのクスクスと楽し気な様子で口元を緩めて笑っている姿が目に映る。

リゼットはそれをにらみつけた。

焦った様子で謝罪してくるブラックを眺めていたら、なんがか。お互いに馬鹿らしく感じてきて笑みが零れ落ちる。ひとしきり笑いあった後で。ふと冷静になって見ると。黙々と料理を食べ進めていたアルトさんを目撃し、目撃し・・・。


「・・・っ!」


てか。あの人、全部一人で食べきるつもりでは!?

こうしちゃ居られない。食べきられる前に急いで食べなきゃ、食い尽くされる前に。

リゼットは自分の食べたい料理をアルトに取られないように出来だけ限り皿にかき集めていった。招き入れられた客人としての作法は忘れて、

好きなだけ食って騒いで飲み散らかすことに。今更気にしてても仕方ない、側に控えていた料理人にも、じゃんじゃん酒や料理を追加で持ってきてくるように頼む事にした。それを受けて慌てて厨房にかけていく料理人の人も、運んでくるメイドさんたちも大慌てで仕事場に向かっていく。彼らも忙しいながらも、どこか楽し気な様子だった。

せっかく招かれたのだ、みんな巻き込んで今宵は好きなだけ騒ぎ明かそう。




「うっし。飲め飲め。宴だ。今日は」


「・・・あの。お、お手柔らかに、」



その日は。

久しぶりに。ブラックの屋敷に騒がしい音が響き渡った。







「・・・っ・・・ぁ」


知らない天井だ。リゼットはけだるげな様子で起き上がるとふかふかな羽毛のベッドに横になっていた。眠気眼をこすりながら、辺りを見回していく内に。朧気な思考が徐々にクリアになっていく。昨日の出来事を思い出し始める。

そうだ、昨晩はブラックさんの屋敷に泊まらせてもらったのだった。そしてアルトさんと喧嘩しながら飲んでいるうちに、調子に乗って酔いつぶれたのだ。途中から記憶が無いが状況を見るに。私のことを部屋まで運んでくれたらしい。


目線を胸元に落とすと、もこもこの暖かい寝巻の服装に変わっていた。

気絶した後に誰かが着替えさせてくれていたのだろう。

ベッドの横の机には、丁寧に折り畳んで置いてあるリゼットのいつも身に着けていた普段着にはしわ一つ無い程に綺麗に洗濯されていた。

寝間着を脱ぎ捨て、服に袖を通すと微かに花の香りが漂う。

皆はもう起きているのだろうか。ぶらっと。探検してみよう。


「っさて、いきましょうか」





客間から出て、見渡して自身の寝ていた部屋を確認すると。私の部屋は屋敷の一番角の場所に位置していたらしい。左側には道がなく行き止まりになっている様子。

その為廊下を右に向かって、ぶらぶらと歩みを進めて見ることにする。

壁に貼られた絵画の数々を見ながら進んでいると。

玄関ホールの正面玄関で、メイドさんたちが掃除用具を手に談笑しているのが見えた。


「メイドさんだ」


彼女達のお仕事の邪魔をしてはいけないと、すぐそばにあった植木鉢の後ろに身を隠し。顔を覗かせる。そうして、こそこそと様子を伺っていた所、一人のメイドさんと視線が交う。どうやらリゼットが隠れているのがばれてしまったようだ。


「———あら。リゼット様。どうされましたか?」

「あの、えーっと・・・」


折角なので。現在のみんなの状況を聞いたところアルトはまだ熟睡中で、

宿主であるブラックさんは既に起床済み。いつもこの時間は一人、図書室で読書に励まれるらしい。そういえば私。一人で読書する余裕なかったから、久しく読んでなかったな。どうせアルトさんが起きるまでの間暇だし、一緒に読書してみたい。でも、一人で読書しているところを邪魔しちゃ悪いかも。

そんなことをリゼットが悶々と思い悩んでいると、メイドさんの口元が緩み。笑みが零れ落ちる。



「———心配なさらないでください。お嬢様なら大歓迎だと思いますよ、よろしければご案内いたしますよ」


「ほんとですか?・・・お願いします」






メイドに案内された場所に入ってみると。

図書室内にずらりと並ぶ、天井部まで伸びた書架の中に書物が大量に並べられている。それ見上げてリゼットは思わず感嘆の声を漏らした。靴を脱いでスリッパへ履き替えて中に入る。使用する人が落ち着いた空間で、集中して読書できるように作られたのだろう。少し暗めの材質の木材が使用されている。

過ごしやすいように調節された暖かな空気と、木の香りを楽しむまったりくつろぎスペース。この場所を作った製作者のこだわりが強く感じ取られた。


「・・・なるほど」



この書斎を見るに、歴代のブラック家は書物を所持するのが一種のステータスだったのだろう。年代もバラバラな古びた書物が積み上げられている。一つの家系でよくぞ、ここまでの膨大な量の書物を集めたものだ。維持管理するのもさぞや大変なのだろうと思う。その反面で、

“憧れの対象でもある。”年がら年中時間を気にせず本を読み漁り、好きな時に休憩しながら過ごすというのも悪くない。いっそ、ここでメイドとして雇ってもらうか。

人生の選択肢としては悪くないかもしれない。そんな妄想をしながら図書室内を自由気ままに散策していると、

———ふと。上階から視線を感じられた。リゼットが振り返ると。

書斎の二階から。軽くこちらに手招きするように手を振ってくる、ブラックの姿がそこにはあった。


「よければ。一緒に、どうですか・・・」


「―はい、是非」


「図書館は自由に使用して貰って大丈夫ですので」


「了解しました。読みたい本漁ってきますね」


「わかりました。もし、分からないことがあれば聞いてくださいね」

「・・・はい」


リゼットは、近くにあった棚の中から。何となく興味のひかれた一冊があったのでその本を手にとり、彼女が座っている場所とは反対のソファに腰かけ。ペラペラとページを読み進め始めた。

静寂の中、互いの紙をめくる音だけが響き渡る。不愉快に感じない適度な雑音が耳に心地よく入ってくる。時が止まったような、水面をゆらゆらと漂って深海に。

ずぶずぶと沈み込んでいく。久しく感じていなかった読書に浸る時間。


この静寂が心地いいのである。


気づかぬ間に入れてくれていた、熱々の甘々紅茶を嗜みつつ。というか。好みの味が把握されている。紅茶に砂糖を入れた所見られたみたいですね。

ブラック家のメイドは大変優秀である。粗方きりの良い場所まで読んだところで、小休憩に本をテーブルに置いて紅茶を嗜んでいたところ。


「あの、リゼットさんは好きなジャンルとかってありますか?」

「・・・私は何でも読みますね。雑食系です」



ミステリー、SF・ファンタジー、歴史、恋愛物まで。興味が沸いた時にそのジャンルを片端から読み込んで。満足したらまた別のジャンルを飽きるまで読みつくす。故に好きなジャンルと問われると回答に迷うのだ。

いや、苦手な物はあるにはある。

ホラーとか、恋愛で突然グロ系が出てくる物は総じて苦手である。理由は単純。


後引いて眠れなくなるからだ。



「あ、でも・・・。ちょっと変わったB級映画みたいな作品、好きかもしれませんね」



ユーモア溢れる作品と言えばいいのか。

クスッと笑えるような内容のものが大好物だったりもする。例えばそういった作品は作中でツッコミ役が不在の場合が多く、私の脳内で1人ツッコミを入れつつ読む。という楽しみ方を覚えてからは、この快感から逃れられなくなってしまった。


「えっと・・・あれですよね、脳内でわちゃわちゃを楽しむんですよね・・・?」

 

「そうそう。」

 

「・・・、!!分かります!」

 

「一人でいる時の暇潰しにもなるし。結構いい・・・」


「私も、吹っ切れたい時とかにそういった作品は読みます」




『・・・っ!!』


二人はソファから立ち上がりお互いに見つめ合う。この人は同士だ。

始めてだ。本を語る読書友達ができた事に、嬉しさがこみ上げてきて二人は握手を交わしあう。ブラックの好みなジャンルを聞いてみると、最近は恋愛小説が特に好みらしい。ちょっと頬を染めながら熱く語るブラックさん、いい。

やった。思わない所で読書仲間ができてしまった。一人で脳内のエアー友達と会話しなくても、語り合える知り合いができてしまった。


「———この本とかおすすめですっ!また後々感想を聞かせてください・・・」


「こんなに・・・、ありがとうございます。また一緒に読みましょう。」






「あん?お前らなんか、やけに距離近くなってね?」


「えっ、そうですか・・・?」

「そんなことないですよ。二人だけの秘密です。ね。リゼットさん!」

「・・・ふふっ、ですね」


「・・・ん、まぁいいや。

そろそろアジトに帰ろうぜ?あいつらが帰りを待ってる頃だろ。」


「・・・確かに。いい加減待ちくたびれそうですね」


「そ、そうですか・・・、もう帰ってしまうのですね」

「おう。世話になったな」

「・・・また、来ます。感想、楽しみにしておいてください」


「・・・はい」


もう少し語り合いたかったという気持ちを胸の内に押しとどめ。

名残惜し気に別れを惜しみつつ、部屋に戻って二人は帰宅の準備を整える。正面玄関ホールに戻ると、お世話してくれた使用人の皆様方が左右に列を作ってお出迎えしてくれていた。その最後尾にブラックさんの姿も。


『〝使用人一同も、またおもてなしできる日を心よりお待ちしております〟』


「どうも、お世話になりました」

「次来る時はもっと上等なもの用意しとけよ。今度は全員で来てやるから」


「もちろんです・・・っ」



―それでは。あなた方の主君によろしくお伝えください。







「これで初任務完了ですか・・・」


「馬鹿か、帰還するまでが任務だろうが。」


「わかっていますよ。2、3か月ぐらい経ちますか?アジトを出発してからここまで」

「あぁ。」


「意外と・・・、短かったですね。二人旅。」

「そうか?」

「・・・はい」


 間違いなく、これまでの人生で一番濃い数か月間だったと思う。本当にあっという間に感じられた旅の時間で出会ったが、その中での多くの人との出会い。それは今迄の私だったら考えられないような経験だったと言える。

両親が殺されてからは帰る家もなく、ひっそりと孤独に餓死しかけたあの頃と比べたら、今の状況は凄く幸せなことなのかもしれない。加入してからずっとギクシャクしていた、私とアルトさんの関係。それが。


長い間、衣食住を共にし。危機を共に乗り越えた事で、仲間意識が芽生えすっかり打ち解けあっていた。リゼットもようやく。本当の意味でアジトのファミリーとして認められたのだ。結果としてボスが私とアルトの二人を選んでわざわざ向かわせた理由がわかった気がする。


「・・・ふぅ」


この旅で私の生観が劇的に変化する訳では無い。だけど、誰かと過ごす日々も悪いものじゃないのかもしれない。そんな心境の変化がリゼットの心の中に少しだけ、だが確かに感じられていた。リゼットはその場で腕をグーっと伸ばして一呼吸し。くるりと身を反転させて振り返り、アルトに向かって言った。


「――戻りましょうか、我々のアジトに」

「おう」

「・・・んっ?そういえば、どうやって帰るのですか?」


「・・・・・・」

「えっ、もしかして、ノープら・・・」


「―っし。いいから歩け。もたもたしてっと置いてくぞ———」


アルトが私を置いて先に進んでいく。遠ざかっていく男の子の背中に既視感のような物を覚える。あれ?この光景どこかで、

港を見つけて一目散に置いてかれた時と同じだ。また置いて行かれるのは勘弁してくださいよ。


「ちょ、待ってくださいっ!アルトさん———」



 











 


冷たい風が吹き抜けるローグタウンという街に、ひっそりと佇む隠れ酒場。

知る人ぞ知るその場所の中には。街の住民達や外から訪れた客人達で賑わいと活気を見せていた。



「お“ぉい、嬢ちゃん。こっちに”樽ビール“と肉パスタ追加で頼むぜぇ!」


「あ、はーい。『‷樽ビールと‷肉パスタ、入りまーすっ!!!!〟』」


「―すいません。お手洗いってどこにありますか?」

 

「・・・っええと、お店を外に出てもらってすぐ左手にあります!」


『———エリー。料理が完成したから、お客様の元まで運ぶのを頼めるか?』

「っはーい、今向かいまーす!」



アルトとリゼットがこのハイドアウトレストから旅に出て、半年の月日が経過していた。旅立った後のハイドアウトレストには人手が足りなくて、エリーとマーリンが次の日から大忙しで店内を駆け回ったのが、昔のように感じる。

今はギリギリ二人だけでも回すことが出来ている状況だが、二人が帰って来るのが待ち遠しく感じる。帰ってきたらいっぱい構ってもらおう。皆で一緒にご飯食べにいって

遊びにいって空いていた時間を目一杯一緒に過ごして取り戻す。


「———ありがとうございました~!!」


勘定を済ませ終え、お腹をポンポンと叩き満足げに帰宅していくお客様方の背中を眺めながら額に伝った汗を拭い一息つく。やはり慣れてきたとはいえ、今日もなかなかにハードな一日だったぜ。


「ふぅ、お疲れエリー。もう直ぐお店閉めるから、先に休憩していてくれ」

「うん」


人のいない酒場のカウンターに座る。

毎回こうしてお仕事終わりに作って出してくれるマーリンのまかない料理が最高なのだ。そうだ。バイトでお金も溜まってきたし、そろそろ新しいとか、お洋服も買いたい所だなぁ。ちょうど明日は定休日だから、散策もかねて少し遠くの街にお買い物しに行くのもありかもしれない。

食後はお風呂に入ってぬくぬくしよう、忘れる前に明日の服の支度だけ———。


・・・カランッ―

「・・・えっ」


突如として響く鐘の音色。

あれ、おかしいな。お店はいつもマーリンが閉めていたはずだけど、忘れていたのかな。ここまでの道をご足労いただいたことには大変心苦しい気持ちを抱きつつ、入ってきたお客さんには申し訳ないけど、お帰り願おう。エリーは閉店の案内を告げる為椅子から立ち上がり。


「すみません。もうお店は閉店で———」




「———ただいま」


その姿を見た時、エリーはしばらくの間、固まって動けなかった。これは後から聞いた話。その時は長年関係のあるアルトですら見たことのない、困惑の表情を浮かべていたらしい。暫くしてショートしていたエリーの脳が動き出し、状況を理解し飲み込むと同時に。顔を俯かせてプルプルと体が震えさせ、やがて。



『・・・っ!おかえりなさい!!!』







あれからまた3か月間程かけて二人はローグタウンに帰還した、ようやく戻ってきたのだ。この街は太陽が当たりづらいので、夜間の帰還は寒くなって身体が冷える。

白息を手に吐きながら私達のアジトに入った。

店内は外と違って温かい。裏口から入らず、鈴の音を鳴らしながらお店に入ると。遠目にカウンターで座るエリーの姿が見えた。

初めになんて話しかければいいかな、“久しぶりっ!”だとちょっと違うかもしれない。てか、生意気すぎるかも、だったら定番の言葉でいこう。そう密かに決心し、エリーの背後から言葉を述べた。


彼女は、素っ頓狂な表情を浮かべて私達を見ていた。



『・・・そして。

今私はエリーに押し倒されています。何を言っているか分からないと思うけど、あの。とても柔らかいです。・・・って違うよ!?感触を堪能してる場合じゃないでしょうが!ていうか、いったい全体私は誰と話しているんだ!?今は、とにかく離れてもらわないと・・・』


「あの、エリーさん・・・?」


「———待ってて、急いで皆を呼んでくるから!」


エリーから解放されたと思えば。彼女はどたどたと騒がしくもアジトの階段を駆け上がっていく音が響く。おそらく、上の階で事務作業か何かをして過ごしている団長の元に向かったのだろう。この騒がしくもあり居心地よくもある、時を経て。ようやく

仲間の元に帰って来たのだと実感した。


「―帰って来たか」

「ふふっ、本当に無事で何よりだ」



アジトにいる面々が全員揃うのは実に半年振り以上、テーブルに5人が顔を突合せて無事に帰還した二人に慰労会もかねて話し合いの場を設ける。リゼット達の任務の報告、反対にブラット達の状況はどうなっているか。お互いの近況報告もかねての話し合いの場だ。一先ず、マーリンは外で冷え切った体を温める為に二人に毛布をかけ。温かいスープを振る舞う為にカウンターに向かう。料理をしながら私達の会話に耳を傾けている様子だった。


「・・・さて、では話を聞かせてもらおう」

「あぁ。色々話してぇ事が山積みあんだ」







今回の旅で起きた出来事について、出来るだけ簡潔に話をした。

リゼットのことをかばって、腕を撃たれ電車から飛び降りたアルトと、治療法を探すために傷だらけになりながら深夜の森の中で薬草探しに奮起し、焚火の火で夜を凌ぎ

夜空星を眺めた日があれば・・・。はたまた旅の途中で水が無くなり。脱水状態に陥って荒野をさまよった挙句。アルトに置いて行かれて港町に向かうまでの苦労話。そこで出港する貨物船乗れずに困り果てていた所で助けてくれた名も無き船員がいたこと。情報屋とのカジノでの特殊な出会いについて。

頼まれた依頼、死神の存在、リゼットの成長等々。語りだしたら止むことのない旅の話を所々で相槌をうちつつも、黙って話を聞いていたブラッドだったが。

リゼットの受け取った手紙の話しが出た時に、グリム団長はアルトとリゼットの語りを手で制し。

それを取り出して渡すように、リゼットに視線を向けた。


「手紙か、リゼット見せてくれ」

「はい」


鞄の中から渡された手紙を慎重に取り出し、丁寧に包まれた手紙をグリムに渡し。受け取った彼は誰にも見えない場所に離れて、一人内容を確認した。

その後すぐに手紙を暖炉の火で燃やし尽くすと。眉間に寄せた、しわを緩めて。棚に積まれたお酒の中からボトルを適当に見繕いテーブル席へ戻ってくる。

丁度タイミングよく、マーリンが調理を終えて出来立ての温かいスープを運んできてくれた。大人組はお互いのグラスにお酒を注ぎ、私達は温かいスープで乾杯しながら話を進めた。


「一先ず、依頼を受けてくれるらしい」

「よかったです」

「あぁ・・・。そういうわけでな。‟当分の間このアジトは閉めようと思う”が・・・

全員それでいいか?」


「・・・・・・えっ?なんで?」

「えっと、どうして・・・?話の展開が早すぎてさっぱり—————」

「―推測するに、団長は全員で休暇を取りたいって言いたかったんだと思うぞ?」

「あぁ、お休みですか」


「そうならそうと言ってよ!‷グリムン〟の馬鹿!説明下手!!」


「・・・いや、そう言ったつもりなのだが?」

 

「———こいつは昔から、人が前提すら理解してない内に話しだす癖があるからな」


「はいはーい!!それなら私、みんなで何処か旅行に行きたいでーす!」


「ナイスアイデアだ、エリー」

「・・・いや、興味ねぇけど?」


「えぇ、なんでなんでぇっ!?せっかくだからみんなで行きたいよ!!私たち仲間でしょ?皆で親交を深めようよ!!」


「いやだ、お前らだけで行って来い」



「―おっ、そうだ。海でバカンスするのはどうだろうか?」

「・・・はぁ?」

「いいじゃん、いいじゃん!ナイスアイデア!マーリン」

「・・・っ。」


『・・・それって、あのリア充系光属性のコミュ強のスクールカースト上位者同士が行く、魔界洞窟のことであっていますか?男女が破廉恥な姿でキャッキャウフフ、砂浜や海水浴を楽しむ場所。元々もやしっ子の私には到底馴染みのない言葉である。噓。あるにはあるけど・・・。

当時の運動神経が壊滅的になかった私のことを見かねて、小さい頃に山には連れて行ってもらったけど、海や川といった水辺には絶対に両親は私を連れては行かなかった。行ったら恐らく、熱中症になり。そのまま病院送りになっていただろうことは間違い無いだろう。その点で両親の判断は正しかったと言える。私も正直、海に行って見たい気持ちは確かにある。けど如何せん怖いのだ、チャラ男に絡まれたら怖い、ギャルも怖い、陽キャ怖い。

よしっダメだ、流されてはいけない。ノーって言える人になりなさいって口酸っぱく散言われて来たでしょうが。ここは別の場所を提案しつつ。アルトさん側に加勢しよう』


「・・・あっ、あの—————」

「私たちが見知らぬ男には襲われてもいいのかにゃ~???アルトきゅん」

「うぜえええ!!!」


「———確かに海を観ながら飲む酒か悪くない。久しくいってなかったから丁度いい」


「ちょっ、」


『なんか、段々嫌だって言える雰囲気じゃ無くなってきてないですか?。アルトさん。仕方ねぇな、やれやれみたいな顔し始めましたけど何まるめ込まれてんですか。グリムさんも柄にも無く、口笛吹き始めたよ。そんなキャラじゃないでしょ。まだだ、負けるな。今貴方しか頼れる人はいないんです、頼むアルトさ———』


「———リゼットは海が嫌いか?」


「あ、いえ、嫌いというか・・・・その」


『・・・まずい、見抜かれている。リゼットは何とか思っていた言葉を吐き出す。

“皆だけで行くなら全然構わない。”その気持ちに噓はない、むしろ喜んで行きたいくらいだ。だけど、人が溢れた場所にいって騒がしい人達の空気にあてられるのは辛い。雰囲気だけで疲れてしまうと思う。

みんな楽しい空気の中で、私だけがしんどそうな表情を浮かべていたら、申し訳が立たないというか・・・。


「なら心配いらないぞ。私達が行くのはプライベートビーチだ」

「・・・へ?」

「―私の祖父母が建てた別荘がある。そこなら、だれも関わってくるような人はいない。・・・どうだ?安心だろう」


「えっと、まぁ。それなら―」

「ふおおおお!やったよリゼットちゃん!い~っぱいっ!思い出作ろうね!!」

「・・・ちょ。くすぐったい。エリー」


また抱きついてきて、そんな喜ぶことじゃないって思ったが。

でも、エリーも。みんなも嬉しそうだし、まいっか。行くと決まったからには妥協しない。色々準備しないといけない。何が必要かな、ビーチバレーボールに浮き輪にゴーグルに。後は、あれこれそれこれ。



「———ふむ、話はまとまったか。では!明後日の早朝、アジトから海辺にあるマーリンの別荘に向けて出発する。

明日は準備期間とする!お金は渡すから各々必要な物を準備するように」


「ラジャーであります!グリムン!」

「ふふっ、楽しみだ」


「よし。アルト男だけで飲むぞ、久しぶりに付き合え」

「おっ、いいねぇ!いい奴あんだろうなぁ?おい」

「あぁ、確か地下室で保存していた奴が何本かあったはずだ・・・。それを開けよう」


「っしきた。早く取りに行こうぜ、飲むぜぇ!今夜は」


「そう急すな」


元気だ。あの人帰ってきたばかりなのに、私は疲れがどっと訪れていてもうへとへとな状態だ。みんな好きなように行動し始めたので、どうしようか。

準備は明日に持ち越しで、一先ず体を温める為にゆっくりお風呂に浸かって、旅の疲れを癒してさっさと寝るのが吉か。

長旅で流石に疲れたし、先にお風呂貰おうかな。かけてくれた毛布をはがしてリゼットが一人席を立つと、洗い物をしていたマーリンが声をかけてくれた。


「おや、リゼットはもう寝るのか」

「流石に疲れが・・・、先にお風呂頂いて早めに寝ようかと」

「そうかゆっくり休め。着替えは後で置いておくから」

「ありがとう、マーリン」


「―そうだ!リゼちゃん、明日いっしょに買いにいこうね!」

「・・・えっ?」

「そうだな。久しぶりに皆でデートにいくとしよう」

「いいですけど、何を—」


「水着だよっ!わくわく」


「・・・えっと。先に、もう寝ますね」


「うん。おやすみ!」


忘れよう。今日は何もなかった。

リゼットはその後、流れるように風呂に入り終えると。頭から布団に潜り、眠りについた。



 

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