15.もうちょっとだけ続くんじゃ
「ジャンヌ! ペンとメモ帳持ってるでしょ!? 貸して!」
「はいはい」
ジャンヌもよく知っていて、タシュもすぐに理解した暗号である。
ヒントまであればもう、ここしばらく、いや、
ずっとテイム氏と一緒に謎解きをしてきた彼らにとって、難しくはないのだろう。
「いいか? 『一歩先』だからこうして……」
レオンはずんずんペンを走らせ、
「できたぁ!」
メモ帳をジャンヌへ返す。
「ねぇ! これで王国語の文章になってるかチェックしてよ!」
「はいはい」
彼女は文面をざっと流し読みすると、
「ね、ね、どう!?」
言葉の代わりにウインクを飛ばす。
「やったぁ!」
レオンはガッツポーズを見せる一方で、
「でもさ、ジャンヌ。今までは全部誰かの名前に掛かってたろ?」
「えぇ」
「『一歩先』から『全部のアルファベットを1文字ズラす』ってのが分かっただけでさ。何が掛かってたのかは分からないんだよ。オレだけそういうのないのかな」
少し俯く。
「いいえ」
そこに掛けられるジャンヌの声は明るく軽い。
「このようなタイプの暗号を『シーザー暗号』というのですよ、レオン・シーザーくん」
「そうなの!?」
「『ローマ帝国物語』という有名な小説がありましてね。主人公の一人である『ジュリアス・シーザー』がこの暗号を使うのです」
最後の種明かしも終わり、なんの懸念もなくなったところで
「ジャンヌおねえさん! 早く中身教えて!」
フェデリカが椅子から立ち上がって跳ねようとする勢い。
「今回は『Eht txen yek si』じゃなかったんです!」
「私たち4人分も終わったから、たぶん何か特別なことが書いてあるんだと思います!」
マイロも顔が紅潮し、アリシアは顔の近くでギュッと握り拳を作る。
ジャンヌはそんな4人を微笑ましく眺めると、背筋を伸ばす。
「ではご清聴ください」
「「「「はい!」」」」
「『
I
Knaht
Eht
「やったぁ! 文章になってる!」
最初に叫んだのはフェデリカ。
続いて他の3人も、
「よっしゃあ! 最後までクリアしたぞ!」
「おじいさん! 僕たち、最後の謎解きもちゃんとやり遂げたよ!」
「素敵なものを遺してくれてありがとう!」
故人への想いと達成感に満ち溢れている。
だからこそ、
「あのー」
「ジャンヌ! 本当にありがとう!」
「私たちだけじゃたどり着けなかったわ!」
「そうじゃなくてですね。内容聞いてました?」
「えっ」
ジャンヌはため息一つ。
改めて内容を共和国語に直して暗号書の裏に書く。
「えっ!? まだ続きがあるの!?」
「お宝ですって!?」
「灯台って、東にある方のことでいいのかな?」
「まだおじいさんと遊べるんだね……!」
子どもたちのリアクションを見るに、途中で馬の耳に念仏状態だったようだ。
改めて驚いている。
「ねぇジャンヌ。この島って灯台が2つあるんだけどさ」
「当然東の方のことでしょう。西側の方は山を越えねばなりません。テイム氏には無理です」
「だよね」
子どもたちは軽く頷き合うと、
まずレオンが立ち上がる。
「じゃあ早速灯台に行こう! 全然門限にも間に合うし、このまま一気にゴールだ!」
「「「おー!!」」」
続いて3人も立ち上がって拳を突き上げるのに、
「僕共和国語分かんないけどさ。汚い言葉じゃなくてもお店では静かにした方がいいと思うよ」
王国語が通じないからって、タシュはノンデリレベル100の発言をこぼした。
さて、一行はさっさと飲み物を干してカフェを出発。
行きも苦労した、なんなら昼前で余計混みはじめた市場を抜け、
旅客用の埠頭を越えて、さらに東へ岩場の海岸線をたどった先。
すでに遠くに見えている岬に立つ、白い立派な灯台を目指した。
「あぁ、やっと着いた。なんか見えてる距離よりしんどかったぞ?」
タシュは少し息切れしている。
「最後の方は上り坂でしたからね」
「なんでそんなところに建てるかな」
「低いと夜の海から見つけにくいでしょうが」
インドア派なジャンヌほども外回りをしない彼にはキツかったらしい。
ジャンヌも平気とは言わないが、
「早く早くー!」
「置いてっちゃうわよー!」
「ほら、なんならここから螺旋階段ですよ」
子どもたちが急かすので、さっさと灯台へ向かっていく。
タシュはやれやれと首を振り、
「『関係者以外入れません』ってならないかな」
勝手に着いてきておいて、渋々あとに続いた。
その想いは砕かれ、一行は灯台の中へ。
島の観光名所で一般公開がなされているらしい。
なので今は子どもたちが先で螺旋階段を登っているわけだが。
謎も全て解き、もう阻むものなしの現状で
妙に彼らの歩くペースがゆっくりなのを、ジャンヌは感じ取っていた。
もちろん階段を登るのに息が上がるというのもあろう。
だがそれ以上に、
このひと夏の日々が終わるのを惜しむような
テイム氏との最後の交流が終わるのを噛み締めるような
そんな重みの乗った足音が、細長い灯台の中で反響する。
だが進むかぎり先は来るし、かといって立ち止まるわけにもいかない。
やがて一行は薄暗い内部を抜けて、
「うわぁ〜!」
「何度来てもキレイだね!」
「おじいさんともよく来たっけなぁ」
ガゼボのようになった最上階。
360度の眺望は水平線の上も下も青で詰まった世界から、
振り返れば南欧風の鮮やかな街並みと雄大な山のコントラストまで見渡せる。
「いやぁ、登ってきてよかったねぇ」
「調子のいいですこと」
あのタシュも全ての愚痴を忘れるほどの景色だが、
「それよりじいさんの!」
「お宝よ!」
子どもたちは地元民である以上に、今は別のことにご執心。
そんな広くもないフロアを歩き回って、
「あっ、あった! これじゃないかな!」
アリシアが指さしたのは、船に光を届けるライト台の下。
「絶対これだろ!」
そこに紅茶缶が一つ置いてある。
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