13.『君の名を呼ぶ』というか、『君の名で読む』

「本当かい!?」

「あぁ!」

「さすがレオンくん!」

「早く教えてよ!」

「おう」


 レオンは推理を披露するまえに、チラリとジャンヌの方を見た。

 答え合わせをしておいてくれよ、ということだろう。

 彼女が小さく頷くと、


「よし」


 レオンは背筋を伸ばす。


「つっても簡単なことだ。やっぱりオレらの名前だよ。今回はリーカだな」

「そう言われても、『フェデリカ』がここにどうハマるっていうのよ」


 当の本人が怪訝な顔をする。

 しかしレオンは首を左右へ。


「もう一個あるだろ」

「リーカ?」

「そうじゃなくて、エルシのときの鍵は『グラス』で、ロッドは『ロッド』」

「あぁ、名字!」

「そう。それでいうとリーカのは」


 ここで彼は楽譜が全員へ見えるよう、やや低い位置に差し出す。


「ソラーレ。楽譜の暗号でヒントは『ソラーレ』。何か思い付かないか?」

「あ!


 歌詞で音階が『ソ』『ラ』『レ』のところだけ読めばいいのね!?」


「そうだ。そうして読むと……」


 五線譜の下を指でなぞり始めるレオン。

 しかし


「読むと?」

「レオンくん?」

「ねぇ早く」

「読むと、


 オレ王国語読めねぇよ」


「「「あー」」」


 カッコよく決めたいところだったが、こればっかりは仕方ない。

 4人の目線が一瞬ロッドの持つ辞書へ向くが、


「「「「……」」」」

「なんですか」


 すぐにジャンヌの方へ移る。


「あのー、翻訳とかしてもらうことはー」

「辞書があるじゃないですか」

「いや、オレら単語どこで区切るとか分かんないんでー」

「はぁ」


 最初は自力でキャアキャア解読していたのに、楽を覚えたか。

 なるべく引いていようと心掛けるジャンヌだが、やはり介入はよし悪しである。


 だが、


「まぁそれくらいよろしいでしょう。がんばって考えたご褒美です」

「ってことは!」


 あえてそこには答えず、彼女は楽譜を受け取る。

 まずはメモ帳と一緒に持ち歩いているペンで『ソ』『ラ』『レ』に印を付けると、


「なるほど、では読みましょう」

「でもジャンヌさんって読心があるから、今の作業いらないんじゃ」

「せっかくなんだから、ちゃんとルートに沿って解きましょう」


 あんな顔と態度でも『メッセンジャー』だからだろうか。

 意外と情緒にこだわったりするのがジャンヌである。


「えー、では読みます」

「お願いします」



「『次の鍵は、市場のガーランドの中に』」



 次のステップが示され、ここは興奮するところ

 なのだが、


「……伽藍堂?」

「ギャランドゥ?」


 子どもたちには名詞がピンと来ていない。

 ロッドはともかく、フェデリカはこの時代に存在しない言葉を想起している。


「あー、アレです。ホームパーティーの飾りとかでもあるでしょう? 壁から壁へ紐を渡して、そこに小さい三角形の旗がたくさん付いている」

「あぁ、アレ!?」

「アレってそんなカッコ付けた名前してたのかよ」


 後世には食パンのバッグ・クロージャーが巻き起こすショックを体験したところで


「市場っていったら、やっぱり港沿いの通りのかしら」

「でもあそこって、ガーランドとかいうの付いてたかな?」

「あー、どうだろう」

「付いてた気がする」

「え、そう? なかったんじゃないっけ?」


 真面目な推理タイムに入る。

 といっても、買い出しは基本親がするのだろう。

 お菓子作りをするとかで、一番詳しそうなアリシアですらうろ覚えである。

 そもそも山側に住んでいるのだから仕方ない。


「日曜日と祝日だけ掛けるみたいですね」

「あれ、王国から来たのに詳しいのね」

「暗号を書いている最中のテイム氏がイメージしてらっしゃったので」

「あ、そっかぁ」


 なのでそこはジャンヌがサポートする。

 本来は楽をさせるというより円滑に進めるためにいるのだから。

 決して翻訳家とか謎々に詳しいおねえさんポジションではない。


「じゃあ、次に進めるのは明後日?」

「そうなりますね」

「長丁場になるなぁ」

「ご安心ください。まだしばらくは鹿人間とか売れば代金の補填になりますから」

「共和国語は分からないけど、また鹿人間への悪意を感じ取ったぞ」

「もうおまえが鹿人間だよ」


 王国と共和国の鹿人間による共鳴はさておき。


「そういうわけですから、今から市場に行っても無駄ですよ。門限になるまえに帰りましょうね」

「まぁ今日は2個進んだしな」


 今日もまた、日の明るいうちに解散となったのである。






 彼らにとっては待ち遠しい明後日だったことだろう。

 しかし文面ではこう表現できる。


 きたる日曜日。


「あれ、あそこにいるのジャンヌじゃないか?」

「ほんとだ」


 4人が朝からテイム邸を目指すと、

 ちょうど先日缶を掘り出した登山口に、ジャンヌが佇んでいた。


「おはようございます」


 彼女はこんなところで突っ立ち、水筒でモーニングティーを堪能している。

 済ませてから降りてくればいいものを。


「ジャンヌも早いね」

「こんなところでどうしたの?」

「毎回登ってくるのも大変でしょう?」


 まさか気を遣ったとでもいうのだろうか。

 ジャンヌの常にはあり得ないことである。


「さ、港の市場へ向かいましょうか。うまく運べば今日中にゴールまでたどり着けるかもしれませんよ」

「やけに急ぐじゃん。どうしたの」

「もしかして、次の依頼のスケジュールとか詰まってる?」

「それはあなた方が心配することではありません。早く済ませばその分、経費が浮くということですよ」


 彼女は優しく微笑む。

 どうやら昨日『鹿人間を売って代金にする』と話した際に、

 子どもたちが少し寂しげな顔をしたのを見逃さなかったらしい。


 確かに彼らからすれば、あそこにある数々がテイム氏との思い出の品である。

 できることならあまり売り飛ばされたくはないだろう。


 やはりジャンヌにしてはおかしい慈悲の心。

 もしかしたら鹿人間に乗っ取られたのかもしれない。


「ささ、行きましょう」


 と、そこに



「おおーい、ジャーンヌ! 僕を置いていくつもりかぁ!!」



 登山道、坂の上から聞き覚えのある王国語が。


「チッ、気付いたか」


 ジャンヌの小さなつぶやきも王国語だったが、

 子どもたちはなんとなく急かしてきた理由を察した。

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