第4章 第1話

 カイルとは確かに約束をしたはずなのに、翌日もその翌日になっても、塔の窓へ姿を現さなかった。

呼べばすぐ来てくれるとは言っていたけど、本当に呼んでしまっていいものかも分からない。

彼がもしグレグと交渉してくれているのなら、その邪魔をしても悪いとも思う。

こちらの条件もまだ整わないのに、頻繁に呼び出すわけにもいかない。

出来ることなら彼の方からこちらを訪ねて来てほしいと思うのは、贅沢な悩みなのかな。


 窓辺に椅子を置き、ぼんやりと外を眺める。

今日は一日雨の降るどんよりとした天気だ。

こんな日の方が、逆に気持ちは楽になれる。

部屋に閉じ込められているのは、私だけじゃない。

どうせ外に出られないのなら、部屋で過ごすことも苦にはならない。


 立ち上がり、本棚にズラリと並んだ背表紙に目を通す。

ふとそのうちの一冊に目がとまった。

グレグがひいお祖父さまと戦った様子を、物語としてまとめたものだ。

一度は読んだ記憶のあるそれを手に取ると、パラリと表紙をめくった。


 木こりの娘として森で働くヘザーは、母親を早くに亡くし父と二人静かに暮らしていた。

そこへ15代国王ユースタスが身分を隠し、少数のお供だけを引き連れ狩りにやってくる。

怪我をした国王を王と知らず手当をし、二人は恋に落ちた。

ユースタスをまだ王だと知らず、身分の高い貴族の一人だと思っていたヘザーは、王宮に招かれ、ユースタスの正体を知る。

身分違いの恋に悩むヘザーに近づいたのが、国王殺害をもくろむグレグだった。

彼はヘザーに近づき、巧みに彼女を誘惑する。

しかし、一途に王を慕っていた彼女は、決してグレグにはなびかなかった。

やがて国王ユースタスとヘザーは結婚することに。

嫉妬心に燃え上がるグレグは、ヘザーを誘拐し森の奥へ隠してしまう。

王宮での結婚式当日、ヘザーに化けたグレグは花嫁姿で式に臨み、その日の夜、彼はユースタスを殺害しようとヘザーの姿のまま王を襲った。

ヘザーの異変に気づいていた王は、グレグの変身を見破るも、ヘザーはグレグに隠され居場所が分からない。

王の寝所から逃げ出したグレグを追いかけ、王はヘザーの居場所を突き止める。

ヘザーに恋をしていたグレグは、彼女を牢獄に閉じ込め、自分のものになるよう迫っていた。

国王ユースタスに化けたグレグは、ヘザーを連れ出し彼女に結婚を迫る。

婚姻を結ぼうとしたその直前で、王はヘザーの元にたどり着いた。

激しい戦いの末、王は無事ヘザーを取り戻したものの、グレグの怒りは収まらない。

天を突くドラゴンと化したグレグは、ヘザーのいた森を焼き払ってしまう。

王は彼を討ち取ろうと軍を出し、追い出すことに成功するが、その去り際、グレグはヘザーに呪いをかけた。

『ヘザーの血を引く娘がラドゥーヌ王家から生まれたら、16の誕生日の日にお前の代わりにもらい受ける』と。


 私は開いていた本を閉じると、それを棚に戻した。

この物語の続きが、まさか自分に降りかかってくるなんて夢にも思わなかった。

どうしてお父さまとお母さまは、こうなることが分かっていて、私が生まれてくることを望んだの? 

どうせなら、お兄さまたちのように男に生まれてくればよかった。

グレグがもし、本当に私を望んでいるのだとしたら、このまま結婚させられてしまうの? 

見ず知らずの年老いたお爺さんが結婚相手だなんて、そんなの絶対にイヤ!


 塔の窓ガラスを、コツコツと叩く音が聞こえた。

薄曇りの雨の中、一羽の大きなカラスがそこにとまっている。


「カイル! 来てくれたのね」


 窓を開けると、彼はやはり部屋を一周してから、ふわりとテーブルに舞い降りた。


「雨が降って仕事にならないからな。ちょっと顔を見に寄っただけだ」


「夜しか来られないのかと思ってた」


「そんなこと、あるわけないだろ」


「仕事って? なにをしているの」


 カラスは豪快に身震いすると、全身についた雨の滴を振り落とす。


「お前には関係ない」


「……。そうかもしれないけど、別に聞いたっていいじゃない」


「それで、まだこんな所に閉じこもっているのか」


 彼はカラスのまま、赤い絨毯と石作りの壁に囲まれた丸い部屋を見渡した。


「仕方ないでしょ。これは私の意志だけじゃなくって、お父さまとお母さまも心配してのことなんだから」


 彼は濡れた羽根を一本一本口にくわえ、くちばしを使って身だしなみを整える。


「誕生日までは身の安全は保証されている。グレグさまもその日までは襲ってこないから、普通に出ても大丈夫だぞ」


 だったら、カイルはどうするの? 

二人でこっそり会うことが出来なくなるじゃない。

そう言いたい思いは、飲み込んでおく。


「大丈夫って言われたって、結局城の中から出られないことには、変わりないもの」


「はは。まぁそれもそうか」


 窓の外には、どんよりとした雨模様が広がっていた。


「なんなら、俺と一緒に城内を散歩するか?」


「カラスのままで?」


「人の姿でいる方がマズいだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る