第3話

「ちょ、何してんのよ!」


 目を逸らそうとした瞬間、彼の細く痩せた白い肌が顕わになる。

むき出しになった左肩から胸にかけて、私の脇腹に現れたのと同じ、リコスチナの花輪に大蛇が描かれた、グレグの紋章がくっきりと赤黒く刻まれていた。


「これが偽物だというのなら、近づいて自分の目で確かめるんだな。おっと。どこぞの魔法師から仕入れたらしい、マジックアイテムは置いていけ。投げたいなら投げてもいいが、それを使ったとたん、俺がここに来ていることを周囲にバラされるんだろ? そうなったら、もう話し合いはお終いだ。首を洗って、仲間の魔法師共々、震えながらお前の誕生日が来るのを待っていればいい」


 見つかった。どうして分かったの? 

彼は薄明かりの中で、私の全身から一つ一つ確かめるようにそれらのものを見ている。

彼の正体を暴き、行動を追跡するための目印となるペイントボールだったのに。

決して強い魔法なんかじゃない。

ドットに頼んで持って来てもらった、街のどこにでも売られている、小さな子供に使う迷子防止用のアイテムだ。


「おもちゃのような魔法でも、カイルは恐れるのね」


「目には見えなくても、それくらいのものを無効化するくらい、簡単だ。魔力や力なんかの問題じゃない。これは信頼の問題だよ、姫さま。それに、あいつらのことだ。どうせくだらない仕掛けがしてあるに違いない」


「……。分かったわ。どうすればいいの」


「グレグさまは、しばらく海から戻っては来られない。その間に、呪いを解いてもらうための条件を考えるんだ。俺が相談に乗ってやる。そうすれば、お前は無事解放される」


 彼の言葉を、どれだけ信用していいのかが分からない。

私の味方になってくれるっていうの? 

カイルは暗闇のなかじっとたたずむ私に、不敵な笑みを浮かべた。


「これでもまだ、信用出来ないか?」


「いいえ。分かったわ。マジックペイントは置いていく。あなたの言った通り、これは信頼の問題よ。だからその紋章を確かめさせて」


 私はスカートの中に隠し持っていた様々なマジックアイテムを、全てぽとぽと床に落とす。


「ファイヤーボールやサンダーボールまであるじゃないか! どんだけ信用ないんだよ!」


「仕方ないじゃない。私には魔法や武器は全く使えないもの」


 一歩彼に近づくと、すぐにカイルはおしゃべりな口を閉じた。

月明かりの中、そっと手を伸ばし、白く浮かぶ薄い肌に手を伸ばす。

彼はじっと、私に触れられるのを待っていた。

伸ばした指の先が、胸に刻まれた禍々しい大蛇に触れる。

柔らかな肌の持つ確かな温もりが、指先を通じて伝わってくる。

この紋章は、私のと同じだ。


「あなたも私と同じように、グレグに呪いをかけられているのね」


「そんなことは、どうだっていいだろ。お前は自分のことだけを考えてろ」


「本当に、カイルはあなた自身の意志で、グレグの元にいるの?」


 そのとたん、彼は触れる私の手を振り払った。

細い指で、すぐにシャツのボタンを留めてゆく。


「無駄話はお終いだ。条件を言え」


「そんなもの、すぐに決められるわけないじゃない。グレグは何を望んでいるの? それがカイルに分かる?」


「……。何も望んでなんかいないさ。欲しいのは代償だけだ」


「代償?」


 彼はそれには答えず、窓枠に跪くと人の形をしたまま、背に闇夜と同じ色をした翼を広げた。


「決まったら、この窓から俺を呼べ。お前の声を聞けば、すぐに飛んで来てやる」


「待って。仲直りのしるしよ。どうか受け取って」


 私はバスケットに詰めこまれたクッキーの中から、カイルが以前食べ損ねた種入りのクッキーを差し出した。


「これには、魔法も毒も入ってないわ。本当よ。信じているのなら、いますぐこれを食べて」


 彼は私の指しだしたクッキーをじっと見つめる。

不意にカイルの体が、窓枠からふわりと動いた。

彼は翼を広げたまま体を折り曲げ、私の手から直接、パクリと口に咥える。


「じゃあな。決まったら呼べよ」


 もぐもぐと口を動かしながらそう言うと、彼は夜空へ飛び去っていった。

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