立ち上がる少女
痛みと感謝
小学校の低学年のころだったか、初めてサッカーを見に行った。十個も年が離れているお姉ちゃんが初めてプロの試合に出場するかもしれないらしい。体を動かすことよりおままごとのような類が好きだった私にとって、サッカーなんて特に興味をそそられる物ではなかったが、お姉ちゃんの晴れ舞台となれば、行かざるをえなかった。
試合時間残り五分、二点差をつけられる敗色濃厚の試合展開の中、ふぉわーどというらしいポジションでお姉ちゃんは出場した。ロスタイムに入り、味方のパスに持ち前の足の速さで抜け出したお姉ちゃんは冷静にゴールの隅に流し込んだ。依然として負けているのだが、期待の若手のゴールにスタジアムは沸き立った。さらにまだドラマは終わっていなかった。ゴールキーパーからのロングボールをヘディングで落とし、それを冷静にトラップで前に運んだお姉ちゃんは前に出てきて手を伸ばした相手ゴールキーパーをワンタッチで、まるで簡単なことをしたかのように、軽やかにかわし、無人のゴールに流し込んだ。
スタジアムは歓声に溢れた。お姉ちゃんは両手を広げながらサポーター席に駆け寄る。そのまま拳を突き上げると、追いついてきたチームメイトに押し倒され、もみくちゃにされていた。心臓の鼓動が止まらない。こんなに心が動いたのは人生で初めてだった。
サポーターがお姉ちゃんにコールする声が聞こえる。するとお姉ちゃんはそれに応えるように左の手のひらを右胸のエンブレムに置き、右手を挙げた。そんな光景を見た私は、自然にこう言っていた。
「お母さん、メイもサッカーしたい!お姉ちゃんみたいになりたい!」
不意に耳に無機質な電子音が聞こえる。重い瞼を上げながら、私は携帯のアラームを止める。
「いつの夢見てんだよ…………」
今となっては黒歴史のような幼い頃の夢を見て私はベッドの上で数分間悶えた。ちなみにその姉は今や日本代表のエースストライカーとして成長している。
ちなみにそれから私は小学校四年生になってようやく幼なじみの日向と一緒にサッカークラブに入り、希望通りポジションはフォワードとなった。人数すらギリギリの弱小クラブだったが、そのおかげか私は小学校五年からレギュラーとなり、そこそこ点もとった。
中学生になって、渋るお父さんとお母さんに無理を言って、お姉ちゃんが中学時代に所属していたチームに入った。そこからは挫折の連続だった。入団した一週間後にはサイドハーフに転向を命じられ、サイドバックも少しこなした。
ようやくサイドも板についてきたかと思い始めた中学二年生の秋頃、身長が同年代の女子よりも遙かに高くなっていたことから、センターバックに転向を命じられた。これにはホントに私の心が折れそうになった。最初はフォワードをやりたかったのに、今や最終ライン。それも控えという立ち位置だった。
私の中の将来の選手像がどんどん崩れていき、サッカーが楽しくなくなった。そんでもって日向はいつの間にか十番まで背負うようになり、私は親友に嫉妬の気持ちを持つようにさえなってしまった。それでもなんとか練習を続けた。コーチにディフェンスについてしつこいくらいに聞きに行き、自分でも本を買ったり、日向に毎日一対一をしてもらい、苦手だったヘディングも練習した。監督にはどこを直したら試合に出られるか聞きに言ったりした。だが、ある日こんな声が聞こえた。
「沢渡さんって、なんでお姉さんはあんなにうまいのに、パッとしないんだろうね?」
「さあ、お姉さんに良いところ全部取られたんじゃないの?」
「いっつも遅い時間まで練習して、アピールのつもりなのかな?無駄だって気づかないのかな?」
「なんか可哀相になるよね。無駄な努力してるの見ると」
そんな会話を聞いて、今までやってきたことの全てがどうでもよくなってきた。ずっとお姉ちゃんみたいな周りの人に元気を与えられるような選手になりたかった。けど、今の私は可哀相で無駄な努力をするヤツらしい。
(私、サッカー向いてないのかな?)
朝から暗い気分になり、二度寝してしまいたい気分だった。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかない。私はなんとか立ち上がり、ジャージに着替え、まだ寝ている母親と父親を起こさないように日課となっている朝のジョギングに向かった。まだ暗さの残る家の周りを軽く走り、汗を流した後にシャワーを浴びるこの朝の時間が私はたまらなく好きだ。
ジョギングに向かおうと家を出ると、家の前には隣の家に住んでいる幼なじみでチームメイトである大空 日向が立っていた
(こええよ)
「メイ、今日は私も付き合っていい?」
「いいけど…………」
半ば押し切られるようにいつも一人で行う日課にゲストが加わった。
「ごめんね、いきなり押しかけて。最近全然話せてなかったし。メイ、全然練習に来ないから」
「まあ、最近塾行ってるから。二年半サッカーばっかりだったし、巻き返すの大変なんだよね」
嘘は言っていない。私の入っているクラブチームでは引退した三年生は練習参加は自由なのだ。私以外のベンチメンバーも受験勉強のため、あまり練習には行ってないヤツが多いようだ。
「たまには顔出してよね。みんなメイに会いたがってるよ」
「ハハ、どうだか」
別に一回も練習に顔を出せないほど、毎日塾に通っている訳でも成績がとんでもない訳でもないのだが、練習に行って特に会いたいヤツがいるわけでもなかった。
そんな風に軽口を叩き合っていると、不意に日向が上目遣いでささやく。
「私だって、メイがいないと寂しいんだから…………」
すまん、女子に少しときめいてしまった私を許してほしい。少々小柄な日向は目が大きくて人形みたいな顔立ちをしており、女の私から見てもかわいいと感じる。
「そういうの、いつもワーワー騒いでる中学の男子共に言ってやりなよ。あいつら喜ぶよ」
「もう、何照れてんの?」
私は、何事も、一人で黙々とやるのが好きなタイプなのだが、やはりたまには幼なじみと話しながら走るのも楽しいものだった。そして話題は進路の話になる。
「そういや日向ってもう高校決めたの?それとも、どっかのクラブの下部組織に入るの?」
ある程度実績を残した中学生は、大体、強豪校かプロチームのクラブの下部組織から勧誘が来る。最近、女子プロサッカーは男子サッカーと遜色ないくらい世間に知られるようになっており、全ての選手とプロ契約を締結するようになっていた。そのため、プロになるにはどこかのクラブの下部組織に入るのが近道だ。そして、日向のような強豪クラブチームで十番を背負っていたような選手には当然、数多くのオファーが来ているだろう。
「うーん、いろいろ考えたんだけど、やっぱり桜南おうなん高校にしようと思うの」
「ああ、あそこね。ピンクの悪魔。日向憧れてたもんね」
桜南高校とは、私の県の強豪校の一つだ。桜をモチーフにしたかわいらしいデザインのユニフォームを着て、試合が終わるまでずっとパスを回し、相手を走らせることを他校から恐れられてそう呼ばれるようになったらしい。
「進路といえば、藤堂さんの進路って、メイは知ってる?」
その名前を聞いて、私は最後の試合後の会話を思い出してしまい、冷や汗をかく。
「さあ、特に仲良くもないし、知らない。本人に聞いてみたら?」
私はどうにか態度を変えず、答えた。
「それが、藤堂さんも試合が終わってから練習に来てないの。受験勉強もする必要ないはずなのに、どうしたのかなって思って。メイって昔ちょっと藤堂さんと仲良かったから、何か知らないかなって思ったんだけどなあ」
藤堂さんが練習に来ないのは理解できる。彼女はなんというか、世渡りがうまくなかったのだ。パスがずれる度に強い口調で注意をするため、ほかの部員の不興をたびたび買っていたのを思い出す。
「まあ、もうどっかの下部組織に内定して、そこで練習してるか、お父さん、元日本代表だし、練習場所には別に困らないんじゃないの?」
そう、藤堂さんのお父さんは元日本代表選手で、ワールドカップでは奇跡のベスト四を成し遂げたメンバーの一人だった。そういう意味では姉が日本代表の私と境遇は似ていると言えた。
「そっか、だからか」
「なに?」
「いや、なんでもない。こっちの話」
なんで藤堂さんだけには本音を話してしまったのか、それは私と境遇が似ている藤堂さんになら、なんとなく話してもいいような気持ちになったからだ。
(ま、それに気づいたからなんだって話だけど)
そのようなとりとめの無い話をしながら、私達はジョギングを続けた。そして、日向の家につき、小柄な少女は思いついたかのように手をポンと叩き、言った。
「そうだ、まだ時間あるでしょ?ちょっとボール蹴らない?私、ひさしぶりにメイとボール蹴りたくなっちゃった」
「え、私最近ボール触ってないけど」
「いいよ。それとも、メイはイヤ?」
シャワーはゆっくり浴びるタイプの私にとって、もう家に戻りたい時間ではあったが、目をキラキラさせて期待するように手を合わせる日向を見たら、頷くしか方法はなかった。
「懐かしいね、この公園」
「うん、昔はよくここで日が暮れるまで二人でボール蹴ってた」
日がまだ昇りきっていない公園で私たちは軽くパスを出し合った。最初は距離を短くして、徐々に距離を長くする。
「全然鈍ってないじゃない。現役のころのまま」
「まあ、こんくらいはね」
「ねえ、卒団式は来るんだよね」
「さあ、それも受験次第かな」
しばらく、パスを出し合うが、私の言葉を聞くと日向は急に器用に足でボールを掬い、手に持って、私に近づいていつもとは違う真剣な顔になって言う。
「ねえ、一対一やろうよ。本気で。一回だけでいいから」
「…………別にいいけどさ」
何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。普段見せないような日向の態度に少し不安になる。これは本気で相手にしないとまずそうだ。
「じゃあ、私が攻撃で、メイは守備。あそこのベンチに当てたら、私の勝ち。ただし、抜ききらずにシュートを撃つのはなし。簡単に止められるような威力のシュートでもそっちの勝ち。それでオッケー?」
「オッケー」
日向がベンチから十五メートル程離れ、ドリブルを開始する。
なんで急に一対一をやろうなんて言い出したのかは全く分からない。けど、やるからには負けるわけにはいかない。だが、本来一対一なんてものは基本的にディフェンス側が不利だ。だから試合においてはディフェンス側はいかに数的優位のもとで試合を進められるかが問題になってくる。
(ましてや私みたいな足の速くないディフェンダーがスピードのあるドリブラーに対抗する方法は一つ、ドリブルコースを限定させる)
日向は試合の時と同じように右から、つまり私にとっては左側からゴールに向かっている。ここから、シュートに持って行くにはそのまま縦にドリブルで突っ切り右足でシュートを撃つか、左側にカットインして左足でシュートを撃つかのどっちかだ。
(ゴールは右側、なら、右にドリブルをさせないように右側に陣取ろう。日向の得意なプレーは縦への突破だけど、それなら何回も見てきた。サイドに追い込んで、そのままボールを奪う)
日向がボールを足でまたぐシザースというフェイントを使いながら近づいてくる。私は半身の体勢になり、ドリブルでぶっちぎられもせず、なおかつプレッシャーもかけられる適切な距離感を保ち、下がりながら対応する。ある意味均衡状態とも言えるその時間は長くは続かなかった。日向は何度目かのシザースの後。一瞬縦に行く素振りを見せたが、すぐさま左足にボールを持ち替えた。
(カットイン!?けど、対応できる!)
しかし、右にドリブルを開始したのもつかの間、またも右足にボールを持ち替え、縦に突っ切ろうとする。私は左右に体を振られ、完全に体勢を崩された。しかし、すぐさま体勢を立て直し、日向に追いすがる。シュートモーションに入るのが見えた。
(届けええええ)
私はシュートコースに向かってめいっぱい足を伸ばし、スライディングをする。かろうじて足にかすり、ボールはベンチの方向から外れた。
しばらく二人とも息を切らし、何も言うことはなかったが、沈黙を破り、日向が口を開く。
「やっぱり、メイってうまいなあ。ドリブルしてて全然隙がなかったよ」
「たまたまスライディングが間に合っただけだし、大したことは「そんなことない!!」」
「え?」
日向のこんな大きな声は久しぶりに聞いた。
「私、メイがどれだけ頑張ってきたか知ってる。ボール触ってないって言ってたけど、嘘だよね?おばさん言ってたもん。帰ってから家の外でずっとリフティングして、筋トレもずっと続けてるって!」
あのババア余計なこと言いやがって。私は言葉を探そうとするが、何も言えない。業を煮やしたのか、日向は続けた。
「それだけじゃない。小学校の時はフォワードで、中学になってからサイドやってたのに、それなのにいきなりディフェンダーにされて、けど文句も言わずにコーチにアドバイスをもらって、本読んで、毎日居残り練習に付き合ったの誰だと思ってるの?それでうまくならないわけない!それに、最初は下手だったのに毎日一番遅くまでボール蹴って苦手だったヘディングも上手くなってたの、私知ってるんだから…………私、最後の試合はメイが居れば勝てたって今でも思ってる」
買いかぶりすぎだ。競り合いも空中戦も強くない、少し技術のあるセンターバックが居たところで何ができるというのだろう。事実、監督はそういう判断を下したらしい。
「メイ、サッカーやめるつもりなんでしょ?」
私は何も言うことができない。サッカーをやめるかどうかは分からないものの、向いてないと思っているのは事実だった。沈黙を肯定と受け取ったのか、口調を強くして日向は続ける。
「やめちゃダメだよ!まぐれだろうがなんだろうが私を止められる!高校に行ったら絶対メイの良さを分かってくれる監督や仲間が居るから!それに、サッカー、好きなんでしょ?だったら__」
「やめてよ!!」
「……メイ?」
自然と大きな声が出た。こうなってしまったら言いたくもないことが次々と出てしまう。朝の散歩に来ている人も何事かとこちらを見ている。
「ホントに人の気持ちが分かんないんだね、日向は」
「メイ、何言って…………」
「才能ある日向には、所詮ベンチの私の気持ちなんか分かんないって言ってんの!好きってだけでサッカー続けられると思ってるの?私がベンチに居るのに日向は十番なんかつけて試合に出て、それでよく私がうまいだとか、サッカー続けろだとか言えるよね?」
こんなこと言うつもりじゃなかったのに、言いたくなかったのに、口が止まってくれない。これを言いたくなかったから練習に行くのを避けてたのだろうか。
「それになんなんだよ今日は。いきなりランニングに付き合ってきて!一対一しようだとか言って!私に技術の差を見せつけたいの?」
「ちがっ……そんなつもりない!!」
完全な言いがかりだった。日向がそんなことをするヤツじゃないことは私が一番よく分かってるはずなのに。
「そんなつもりなくても。私は勝手に技術の差を見せつけられて、したくもないのに親友に嫉妬しちゃうんだよ。もうほっといてよ。私、もしサッカー続けて、これ以上うまくならなかったら、…………サッカー嫌いになっちゃうよ…………」
自然と目の奥から熱い物がこみ上げてきた。私はそんな姿を見られたくなくて、日向から背を向けた。
「メイ、私は…………」
日向は手を差し伸べ、私の肩をつかんでくる。
「やめてって言ってるでしょ!!」
私は手を振り払った。後ろを見ると、目を一瞬見開き、涙を浮かべていた。
それを見てふと我に返った。私は何をやってるいるんだろう。心配してくれた親友を突き放して。
「ごめん…………。私のことはもうほっといてよ。日向には、こんな姿見てほしくない」
私はそう言うやいなや、駆けだして公園から離れた。日向は追ってはこなかった。
家に駆け込み、涙を流している私に困惑する母親を無視して部屋に戻り、学校のことなんか忘れて一日中ベッドに顔を押しつけて泣き続けた。日向はあれから学校でも話しかけてこなくなった。私も顔を合わせてしまうと何を言ってしまうか分からなかったので、かえってありがたかった。
時は流れて十二月の大晦日、私は高校受験を口実にサッカーのことも日向のことも忘れるように勉強を続けた。だが、日課の走り込みや筋トレはやめることができず、中途半端な自分に腹が立つ。私はサッカーを続けたいのかどうなのか、そんな雑念を振り払うように今日も自習室の閉室時間まで勉強を続け、家に戻った。
「おっかえり~。我が愛しの妹よ。ってか背ぇ伸びたね。私抜かされちゃった?」
扉を開けると、やたらと腹の立つふわふわした声が聞こえた。おかしい、確か一年前に海外のチームに移籍したはずだ。
「お姉ちゃん、なんで居んの?」
目を向けると私の姉であり、日本代表FWの沢渡さわたり 響ひびきが笑顔を浮かべて立っていた。
「なんで居んのって薄情な妹だな。私だって大晦日と正月ぐらいは家に帰ってくるよ。かわいい妹にも会いたいしね」
「あっそ。ま、どうでもいいけど」
「うわ、私のこのラブコールを思いっきり無視?昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって私の後をついてきて、絶対お姉ちゃんと一緒のピッチに立つってずっと__」
「うるさい!」
「…………」
つい大声を出してしまった私をお姉ちゃんが目を丸くして見ている。
「ごめん、ちょっと疲れてるの」
私はお姉ちゃんを無視し、部屋に戻ろうとするが、もうすぐ晩ご飯だという母親からの忠告を受け取り、リビングのソファに腰掛ける。
「あ、そうそうメイ、模試の結果見せてもらったよ。いやあメイって頭いいんだね。私とは違ってうらやましい限りだ」
お姉ちゃんはめげずに話しかけてきた。この強引さが数々のゴールを生み出す秘訣なのかもしれない。
「お姉ちゃんが頭悪すぎたんだよ。サッカーばっかりしてたから」
「はは、そうともいう。けど、サッカーばっかりしてるのはメイも一緒だと思うからさ。ちょっと感心しちゃって」
そんなことで感心されても全く嬉しくはなかった。うらやましいのは私の方だ。今やお姉ちゃんは日本のエースでスーパースター。悔しいが容姿も整っているためマスコミ受けもいい。少しくらい才能を分けてくれたっていいと思うのだが。
「それよかこっからが本番なんだけど…………」
へらへらした笑みから一転、試合中の獲物を狩る時のような鋭い目つきに変わる。
「この第一志望に書いてある芳都野よしつの高校ってとこ、今は聞かないけど確か二十年くらい前にサッカーで全国制覇した学校だよね」
「だからなんだよ」
「別に。高校なんて自分の行きたいところに行けばいいだけなんだけど、サッカーは続けるのかな、って思って」
正直痛いところを突かれてしまった。日向との一件以降、私は自分の考えがより一層まとまらなくなってしまった。試合に出たいならその辺の弱小高校に入ればいいし、引き続き、サッカー選手として上に行きたいなら強豪校に入ればいい。もしくはサッカーをやめたいならサッカー部のない高校に入ればいい。そのどれもに当てはまらない学校に入ろうとしている。私は中途半端だった。
「そんなこと分かんないよ。何だよいきなり。お姉ちゃんも私にサッカーを続けろっていうの?」
そう言うと、お姉ちゃんは厳しい表情を緩め、私の頭を優しくなでた。
「そんなこと言わないよ。メイがやりたくもないのに苦しいことしてほしくないもん。私、試合に出られないことって無かったからメイがどんな思いでいるのかは分からない。けど、お母さんから聞いた。メイは毎日朝ランニングして、夜は勉強の後も筋トレしたり、公園で自主練習してるってこと。私はただメイがやりたいことをやってほしい。こんな風にふて腐れてる顔より、昔みたいに笑ってる顔の方が好きだからね」
それだけ言ってお姉ちゃんは食事の盛り付けを手伝いに台所へ向かった。昔みたいな笑ってる顔か………………。純粋に笑ってサッカーをやってたのっていつまでだっただろうか。
夜も更けてきて年明けも近づいてきた。日課の腹筋や背筋を続けながら私はお姉ちゃんとの会話を思い出していた。
(私のやりたいこと…………)
それを考えるとやることはただ一つだった。携帯を取り出し、日向にメールを送る。意外にも返事はすぐに返ってきた。
夜で、しかも雪が降って一面真っ白の冬の公園は少し肌寒い。ベンチに腰かけていると、日向が走ってやってきた。
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
こちらに駆け寄り、私から人二人分ほど離れた場所に日向もまた腰かけた。
「いや、こっちから呼んだんだし」
「うん………………」
気まずい雰囲気が場を支配する。お互いまともに顔も見ることができない。
(私が呼んだんだろ。ほら、勇気出せ)
「この前っていうか結構前だけどさ、ごめん。折角励ましてくれたのに、なんか当たっちゃって」
「私の方こそ、親友なのに悩んでるの全然気づかなくて…………親友失格だよね」
日向は悲しそうに目を伏せる
(ああ違う。こんな顔させたいんじゃなくて)
「ちがうよ。日向が謝らなくちゃいけないことは一つもない。これは私の問題で」
気付くと私は立ち上がっていた。ここまでくると言いたいことが次々と出てくる。
「私さ、ずっとお姉ちゃんみたいなみんなを元気づけるサッカー選手になりたかった。けど、やっぱりそんな実力は私にはなくて。試合に出られないのは仕方ない。私の実力の問題だから。けど、私がどんなに練習しても試合に出られないのに日向は試合に出て活躍して、十番までつけて。一緒に練習する度に差は広がっていくばっかりで。私、ずっと日向に嫉妬してたんだ。日向を応援したいのに失敗しろって思っちゃう自分が居て、サッカーやってると自分の嫌なところばっかり見えてきて、もういやなんだよ」
結局何を言いたいのかもう自分でも分からない。それでも日向は真剣に聞いてくれて、私の言葉が途切れると、私に近づき、冷え切った体を抱きしめた。耳に吐息が当たり、若干くすぐったい。
「ねえ、なんで私が十番もらえたか、分かる?」
「そんなの、日向がうまいからでしょ?」
「メイが居たからだよ。メイがポジションを変えられても、試合に出られなくても腐らずに、チームで一番練習してるのを見て、私も負けられないって思ってずっと練習してた。そしたら気づいたら十番だった」
日向は抱きしめる手に力を強め、続ける。
「みんなを元気づけるサッカー選手になりたいって言うけど、私にとってはメイはとっくにそういう存在なんだよ。私はそんなメイに報われてほしい。サッカー、やめてほしくない」
親友が自分に対して黒い感情を持っていたと知ってなお、その親友に対して温かい言葉をかけてくれた。
(ああ、やっぱり日向はいいヤツだ)
「ありがとう、日向」
服越しに感じる親友の体温は温かく、大晦日の雪が降りしきる中でもちっとも寒いとは思わなかった。
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