第1話 青い瞳にうつるもの②

「おはよう、ネオルク。……十歳のお誕生日、おめでとう」


 黒髪を後ろで束ねた母親は、近所でも美人の若奥様と評判です。エプロン姿で家事をしていても、とてもこんな大きな子どもがいるようには見えません。


「あ、ありがとう」


 ネオルクは気恥ずかしげに礼を言って、上気する頬を隠すようにミルクのカップを口に運びました。


 ふいに呟いて窓から庭へ目をやります。母親が趣味と実益を兼ねて育てている花や野菜が色とりどりに咲いたり実ったりしていて、命が輝きを競っているかのようです。


「……」

『ネオルク』


 再びびくり、と肩が震え、あたりをきょろきょろと見回しましたが、やはり何も変わったところはありません。


「どうしたの?」


 母親がきょとんとした表情でネオルクを見ていました。やはり彼女の耳には届いていないのです。


「な、なんでもないよ」


 気のせいでしょうか。そうでなければ、どうして自分を呼ぶのでしょう。


『ネオルク……呼んで……』


 またです。それも、頭の中に直接響いてくるみたいです。


「……ク、ネオルク!」


 母親の声に弾かれて気づくと、父親までが、怪訝けげんな顔つきで息子を見ていました。父親は母親より頭一つ分背が高く、本好きで物知りな人です。


「どうしたんだ。せっかくの誕生日なのに朝からボーっとして……」

「あ、あれ? 僕、寝ぼけてた?」


 ネオルクは嘘をつきました。心配そうにしている両親に「知らない人の声がする」などと言えるわけもありません。

 心配性の両親には、病気だと思われて医者を呼ばれるだけです。


「行ってきまーす」


 せっかくのお祝いの日に心配をかけるわけにはいかないと、努めて元気に振る舞って、そそくさと遊びに出かけました。


 ネオルクが住んでいるこの町は周辺の村に比べると大きく、交通の要所でもあることから他の町からの人や物の流通も激しいところです。

 馬車がひっきりなしに行きかう通りには、大人に交じって走り回る子ども達の姿が絶えずありました。


「ネオルクーっ」

「あ、フィーナ」


 両手をいっぱいに振って合図してくるのは、幼馴染みのフィーナでした。長く伸びた青い髪と緑の瞳が印象的な女の子で、ネオルクのことを良く分かってくれる友達です。


「フィーナ、こっちこっち!」


 この町の子どもは奔放ほんぽうに育ちます。朝から夕方近くまで、悪いことや危険なことをしない限りは文句も言われずに遊んでいられるのです。

 ネオルクの家は他よりもしつけにうるさい面もありましたが、本人は別にこれと言って変わったところもない普通の家庭だと思っていました。


「でさっ、そしたらあの子がね……」

「ええ、そうなんだ?」


 フィーナとお喋りをしつつ、友人達の元へと急ぎます。息を切らして走ったこの日がこんなにも大切な一日になるだなんて、まだ彼は知りませんでした。

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