第17話 開通式典


 一ヶ月ほどの時間をかけ、新サリーズ・モタル街道が完成した。

 そして開通の日、開通式という名の一大イベントが執り行われる。


 会場は中間地点に設けられたイベントスペース。

 サリーズ側とモタル側から人々が同時に出発し、中間地点で合流して開通を祝い、二つの街の発展を祈願する、という趣向だ。


 じつは、ルマイト王国においては初めて尽くしのことである。

 道に名前がつくのも、開通を祝う式典が開かれるのも、一万五千分の一縮尺の正確な街道図が作られるのも。


 もっとも、街道図の方はまだサリーズとモタルしか載っていないのだが。


 人々が集い、露店なども立ち並び、式典というよりお祭りムードである。

 すなわち、茜たちあしょろ組土木にとって大好きな雰囲気だ。


 若い衆が張り切って祭を仕切っている。

 さらに、あしょろシチューなるものの販売まで始める始末。


 茜は大笑いし、田島は呆れ、佐伯は社員たちの手綱を取るのに忙しい。


「本当に、卿らの行動力には驚かされてばかりだよ。アカネ。商魂たくましいというか」


 普段の実用一点張りの鎧ではなく、式典用の美々しい甲冑を身にまとったマーリカが笑う。

 横に立っているのはモタルの代官、騎士ザンドルだ。


 式典を終え、あしょろ組土木の天幕に遊びにきたのである。


「無事に終わったみたいだね。マーリカ、それにザンドルさん」

「貴殿も式典に参列すべきではなかったのか? アカネどの。最大の功労者であろうに」


 紹介されたばかりのザンドルが首をかしげる。


 サリーズを治めるマーリカ、モタルを治めるザンドル、この二人が揃わないと式典にならないが、最も賞賛されるべきは実務をこなしたあしょろ組土木だろう。

 騎士の言葉に茜が肩をすくめてみせた。


「あなたは良い人ですね、ザンドルさん。でも私たちは裏方です。華々しい舞台なんて似合いませんよ」

「しかし、信賞必罰は武門の拠って立つところだ。きちんと功績を称えなくては鼎の軽重を問われることになる」


「私もそう言ったのだがな。アカネは頑として首を縦に振ってくれなかった」


 マーリカは苦笑である。

 茜は穏やかに笑うのみだ。


「称えられるのは騎士とか、英雄とか、勇者とか、そういう人たちで良いんですよ」


 田島が茜に代わって説明する。


 自分たちには華々しい武勲など必要ない。

 なぜなら、自分たちの仕事はちゃんと地図に残るから。

 これ以上の名誉があろうか。


 人々の「便利になったね」という言葉、これ以上の報酬があろうか。


「まして、契約以上の金銭をいただきました。これ以上望むのはバチが当たるというものです」

「なんと謙虚な……」


 ザンドルが感動したように声を詰まらせる。


 その様子を見ながら、茜が田島の脇腹を肘でつついていた。

 うーりうーりと。





 あしょろ組土木というのは人間の集団である。

 元ヤクザではあるが、仙人でも聖人でもないので、普通に名誉欲くらいはある。

 人々の前で称揚されたら、そりゃあ気持ちいいだろうってくらいのことは知っているのだ。


 しかし、持ち上げられるすぎるのは危険だと田島は判断した。


 出る杭は打たれる、なんて言葉もある通り、功績を立てれば嫉妬されるのは世の常。

 だから名誉とか勲章とか、ぶっちゃけ政治からは、なるべく遠ざかった方が良い。


 ただ、あまりに無欲に振る舞うとそれはそれで胡散臭い。


「人間って自分より欲望の少ない人間がいるとはなかなか信じられません。演技しているとか良い子ぶっているとか、そういうふうに考えてしまうもんです」


「じょーむは欲にまみれてるからねぇ。まさに欲望の権化」

「ごぉーんげぇー!」


「名誉を固辞するとしたら、お金を要求ってこと?」


 脱線を繰り返しながら対策を立てる。


 このあたりの茜と田島のスタンスは、社員たちには漫才をしているように見えるらしい。

 どうして漫才しながら作戦を立てられるのか、あしょろ組土木の七不思議のひとつなのだそうだ。


「常識の範囲で欲深く振る舞うというのが肝要かと。あんまり強欲だと思われるのも良くないですから、匙加減が大切ですな」

「具体的には?」

「日本の企業のやり方で問題ないかと」


 自社の利益追求、というか経営者の蓄財が最終的な目的にすぎないのに、いかにも社会貢献のためにやっていますとアピールする。

 そして民衆は騙されているわけではなく、口当たりの良い大義名分の方が受け入れやすい、というだけだ。


「お金儲けにしか興味ありません!(どどーん!)と主張する会社の製品と、私たちの作るもので少しでも世の中が良くなれば、とアピールする会社の製品、品質や価格が同じならどちらを買うかという話ですな」


「あんがい後者の中身はブラック企業だったりするのにね」

「ですです」


「でもまあ、話は判った。政治的な野心はなくて、たんに商売としてやっているだけって感じにするんだね」

「細かいディテールは俺が考えますんで、マーリカさんや隣町の騎士に色々いわれたら俺に振ってください」


 という取り決めを、前もってしていたのである。


 だから茜は安心して田島に任せていたのだが、想像していたより格好いいこといっちゃったよ。この中年。

 なーにが民の笑顔にまさる報酬などないさ。


「正義のヒーローなのは名前だけにしなさいってね」

「名前ネタは禁止です。社長だってツンデレヒロインじゃないですか。水かけたら女の子になるマンガの」


「それ私の世代で知ってる人いるかなぁ?」


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