シーサイドマンションうみねこ②
那海と佐伯は、アラーム機能の故障で寝坊してしまったくららを待つため、国道沿いのファミリーレストランに入店していた。■■町から車で二十分ほど離れたこの場所は、思い出したように活気が溢れている。
店員に案内され、窓際のボックス席に座った那海は心の底から安堵する。そこでようやく、内装を確認する余裕が生まれた。
「なんだか、タイムスリップしたみたいな感覚になりますね」
ウッド調に統一された壁紙には、海外の琺瑯看板がべたべたと貼り付けられている。店員の制服がシャツではなくエプロンである点にも、那海は懐かしさを覚える。
極めつけは、テーブルの上に置かれたルーレット式のおみくじ器だった。実物を初めて見た那海が興味深そうに指でつついていると、店内がにわかにざわつきはじめる。
「うわぁぁぁ、エアコン涼しいぃぃ!」
やや甲高い声が響き渡る。周囲の視線が声の主へと吸い寄せられた。それらの視線はすぐに熱気と粘着性を帯び、瞬く間に空気がのぼせ上がる。声の主を視認した那海は、呆れたように口元を綻ばせた。
「おつかれ、くらら」
現れたのは、寝坊でひとり電車を乗り継ぐ羽目になったくららだった。
リンガーTシャツにオーバーサイズのデニムを合わせ、黒のリュックサックにキャップというカジュアルな出で立ちで、すたこらさっさと最寄り駅から歩いてきたのだろう。
額には汗の玉が光っていたが、それさえもアクセサリーのように映るあたり、やはり素材が飛び抜けている。
そんな那海の感想は店内の総意らしく、一極集中する視線が物語っていた。当のくららは気にとめる様子もなく、まっすぐ那海たちのテーブルに歩いて愚痴をこぼした。
「うぇー、疲れた。駅からめっちゃ歩くじゃん。タクとか全然掴まんないし、蝉におしっこかけられちゃうし」
「スニーカーで良かったでしょ?」
「うん。那海に言われなかったら絶対にヒール履いてた。ありがとね。あと佐伯さんもお疲れ様。今日のシャツもガラガラだね、ずる賢い蛇みたい!」
「あはは、よく言われるよ」
那海がひっそりと胸に秘めていた感想を、臆せず口にして笑い飛ばす。くららにはこういった大胆さが備わっているので、那海には踏み込めない心の領域から情報を拾ってくるケース多々あった。
「で、話はどこまで進んだ感じ?」
店員が持ってきたグラスで唇を湿らせてから、くららは那海の顔を見る。
「まだこれから。先に『シーサイドマンションうみねこ』は下見したけど」
「あたし達のお城になる場所はどうだった? 温泉とかプールもあるんだよね!」
「……刺激的、かな。退屈はしない」
那海は老いた男の出で立ちを思い出してしまい、頭を抱えそうになった。
■■町滞在期間中は『シーサイドマンションうみねこ』を宿替わりにするので、くららには室内にあるシャワーだけを使うよう厳しく言い聞かせる必要がある。都会暮らしの可憐な乙女に、糞尿が浮いた大浴場は刺激が強いだろう。
それでも那海が『シーサイドマンションうみねこ』を宿替わりに選んだのは、■■町が鄙びすぎた影響で宿泊施設が見当たらなかったからだ。とはいえ、熱海に近づくと真夏のハイシーズン料金が提示されてしまう。二週間もの宿泊代は馬鹿にならないので、佐伯のご好意にあずかったわけだ。
「そうだ。いいタイミングだし、先に『シーサイドマンションうみねこ』の注意事項を渡しておくよ。僕としては、二週間の愉快なリゾートライフをできるだけ満喫してほしいからね」
そう切り出した佐伯は白のトートバッグから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置く。那海はすでに実態を知っているので愉快もクソもないのだが、くららのテンションは上がりっぱなしだった。
那海は四つ折りにされた紙を開き、目を通す。レイアウトの基本は押さえつつ、手作り感が溢れる注意事項は、小学校で配布されていた学級だよりを彷彿とさせた。
だが、記載された内容はそんなノスタルジックを真っ向から打ち消すような奇妙さで、すぐさま那海は目の色を変える。それを目ざとく察したくららもまた、顔を寄せるようにして紙を覗き込んだ。
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