第13話 ピラミッドに行く理由
ミツライムのファラオとヒルデダイト帝国のアザゼルが顔を合わせたこの騒動。何が起きたかは僕にはわからないけれど、端からはまた別の景色が見えた。
「改めて昼間のファラオの返事を聞かせてくりゃり。モーセの問いに何と答えたりや」
小舟に戻ったところで、リッリは杖を握ったまま、僕に問いかけていた。
「ファラオの返事なんてありませんよ。もう面会は終わったから出て行けっていわれただけで」
僕が言えば、
モーセは深いため息だ。思い返したところで、僕たちの話に実りはない。
「相手にもされておらん」
「相手にされてりかどうかは、これから分かること。しばらく様子をみりゃりや」
リッリは、「それはそれとして」と、ここから見えるヒルデダイトの軍船を睨んだ。
ヒルデダイト帝国のキマイラの意匠はいたるところではためいている。
僕が気になるのは、むしろそのヒルデダイト帝国の動きだ。
オベリスクが並ぶ道沿いがキマイラの意匠で飾られたのはこの時くらいなもの。
「さっきあっちで群衆が騒いでいたんですけど。リッリさん何か知ってます? 帝国の軍旗が並んでて、僕たちあまり近づけなくて」
「あれや。その話。ヒルデダイトの皇帝が子供を取り返すと約束をしてりや。英雄みたいに並んで演説しやり。ファラオとの盟約があって、ミツライムの子もヒルデダイトの子も同じ兄弟やりと言うて」
僕たちにとってこの話もまた重要だった。
「演説してたんですか? じゃあファラオと何か話し合いが上手くいったんですかね?」
「うみゅ」
「僕たちって攫われた子どもたちを助けるつもりでしたよね。ヒルデダイト帝国がその子供たちを助けるっていうことは、それはそれで良かったってこと?」
僕はすこし混乱してしまう。
僕たちが解決しようとしていた人攫い事件を帝国が解決してくれるらしい。
「子供らが見つかれば、そうなりん」
と言われればますますわからなくなる。
「へえ。ってことは、子供たちがヒルデダイトに売られていた線って消えたってことです?」
「どちらにしろ十中八九、子供は出てきやりや。あれだけ皇帝アザゼルが啖呵を切っておいて見つかりませんでしたとは言いにくいやり? 子供を外国に売り飛ばすにしてもその先はおそらくヒルデダイトあたりやりし」
「ですよね?」
こんなに簡単に事件が解決していいのだろうかと、思った矢先。
軽蔑した視線を僕に突き刺すのはミツハちゃん。
「うさんくさい話。どうしてヒルデダイトの皇帝が出てきて、わざわざそれをするの? 宝物だけ置いて挨拶して、とっとと帰ればいいじゃない」
「そんなこと言われても、案外ヒルデダイトの皇帝にも良いところがあるとか?」
僕の言葉に、ミツハは頷かない。
「最初から成果が約束された演説?」
それはさっきリッリが説明した通り。
さらにリッリが考察するところ、次の言葉になった。
「子供攫いは愉快犯ではなき。利益がでるからウバル将軍が動いてり? この結末で誰がどんな利益を手にしやり。それを考えれば、あるいは――」
「利益って商売の基本だったかも。どこかで聞いたことのあるロジックですよね。そっか、利益を見れば誰が誰を動かしていて、どんな利益を得ているのかわかるかも。つまり何が起きているのかわかるってことですよね?」
「わかれば、ワレらで結末に先周りできりや。これ、結末が誰にとっての理想であるかが重要にならんや」
「僕たちで先に子供たちを見つけることだってできる?」
と、僕が前向きになったところで、
「次の準備ありや。さっさとそれも支度しおれ」
賢者はこうなると俄然元気。傍観するモーセにとっても落胆する暇さえない展開だった。
「支度って、どこに行くんです?」
僕が聞けば、
リッリは得意げに言う。
「クフ王のピラミッドというものありや。壮大なものらしき。森の中に青く輝く巨大な建造物がありやら。ワレは是非行ってみたいと思うちぇ」
「え? 今の話の流れであってます? 子供が攫われた事件のことですよね? それ、事件に関係ありましたっけ」
「事件はヒルデダイト帝国が調査して解決しやりや。解決を待っている間、ここでぼうっとしておりんや? もっと有意義な時間が使い方ありん。わかったらそれもワレを手伝うり」
「ミツハちゃんが納得する結末になるかわからないって、だから僕たちで調べてみようってことじゃなかったっけ?」
僕は小舟にしがみつく。ミツハやモーセが見ている中で、クフ王のピラミッド観光という言葉にはなかなか頷けない。
「物には順番ありや。まずは人攫いの事件を解決しやり。これは少し待っていれば良き。カラクリも待っているだけで判明しやりや。その後で奴隷を解放してカナンに連れ帰る道を探れりという」
賢者は杖で僕の指先を叩いた。早く支度しろと催促する動きだ。もうピラミッドに行く気まんまんな様子。
「ピラミッドなんかに行ったら、数週間は出てこないじゃないか」
リッリが必死なら、僕も必死だった。一度リッリがピラミッドに張り付いたら、それを剥がすのにどんなに苦労するのか。
「もしやと思うてりが」
「何?」
「子供らを隠す場所に心当たりがありんや」
「え?」
僕は賢者の言葉に手を緩めてしまった。「どこ?」と聞いた僕の顔はまぬけだっただろうか。
「あれだけ大勢の子供らや。ピラミッドのような建物でもなきゃ無理というもの」
「ピラミッドより怪しいところはたくさんあります」
「ピラミッドが一番怪しかろが」
「妄想だよ。リッリさんの願望です。リッリさんはピラミッドに行きたいだけじゃん」
「ではヘルメス、それが考える怪しきところとはどこなりや?」
言ってみろと賢者は意地悪な言いよう。もし僕が答えられなければ、強制的に次はピラミッド旅行。
だから、僕は、
「どこにでもあるよ」
と、ヒルデダイトの船を指差してしまう。それはずっと僕たちの目の前にあるのだから。
「船?」
この時、ナギが僕とリッリの顔を見た。「あの船、そう言えばやけに数が多いな。あの船に貢ぎ物を満載していたとも思えない。貢ぎ物を運んでいたわけじゃないとすれば」
そこには何が積まれているのか。
ナギは、クフ王のピラミッドまでの道のりを地図で確認しようとしていた賢者の耳を引っ張った。「あの船、一緒に見にいこうぜ」と賢者を誘うのは、賢者の知恵がほしいからだ。
しかし、リッリはそんなナギの手を払いのける。
「本当にあれに子供らなど積んでやり? 朝から誰も警備している様子がなきが? 子供らを閉じ込めておりゃ、この時点ではどうしても知られるわけにはいくまいよ。もっと厳重に警備する必要が出てくり」
ここで、
「警備してる人いるんじゃない? 上に赤い服着てる人がいたよ。時々見えてたもん」
僕はちらちらと赤い衣装が見えていたことを報告した。
「無人というわけにはいかんやり。その程度のこと」
「じゃあ中にたくさん兵士が入っているのかも。見えないところにさ」
「警備が見えなくてどうすりゃり」
「不意打ち?」
「侵入者がいるとわかっておればいいやらが、いないものを不意打ちすることはありんせん」
「中の兵士たちだって休憩とか交代とかするんじゃない? ちょっと待ってみようよ。そしたら中に何人居るかくらいはわかるかも」
僕はこれでリッリを引き留めた。
実際に交代要員が乗り込むことになると、入れ違いで財宝を守っていた戦士が船の上で立ち上がる。それは遠目にもやっぱり赤い制服を着ているように見えた。
「派手な赤い制服は帝国の将校だぞ」
その筋に詳しいシェズさんは人影を睨みつけていた。しかもこの人影、船の上から槍を使って大きく跳躍すると、次の瞬間にはミツライム兵士の頭上を飛び越えて船を繋ぎとめる縄のかかった杭の上に座っている。おおよそ人間ばなれした体術だ。面倒くさそうに槍によりかかるだけでそれは拍手したい大道芸の域。
その少女は長い髪を束ねて蛇のようにして背中に垂らしていた。
警備はたった一人。
英雄の演説会に参加できなくて退屈だと欠伸する少女だ。
「おい。あれ」
ナギは、リッリの首根っこを掴んだ。そしてヒルデダイトの将校を見ろと促す。
「あの人見たことがあります」
僕はリッリに顔を寄せていた。
「あいつ人攫いの護衛をしていたやつだ。なんつったか。エキドナだったか。あいつらが人攫いだろ」
ナギが指摘した通り、
「あの人が人攫いです」
僕も声を殺してリッリにそれを伝えていた。
リッリはこれを受けてもまだ慌てない。
「冷静になりや。うみゅ、詳しくはクフ王のピラミッドに到着してから考えりや」
「そんなわけにいくか」
「違うよ、ピラミッド行く前にやることあるじゃん。目の前にあるよ」
ナギと僕は声を合わせた。
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