第10話 殺戮の天使飛ぶ


 僕たちが墳墓の外に出た時、

 ミツライム軍は相変わらず殺戮集団が立て籠もる場所を包囲したままだった。司令部になるテントには、成果を待つ軍人たちが待ち構えている。

 そんな中、ものものしい勢いで戻って来た僕たちには誰もが目を向けただろう。

「どうなさいましたか?」とはエージェントであるミツハを心配する声。

「襲われた」

 ミツハはそれを言うだけだった。他にも何が言おうとしたが、彼女は言葉を呑み込んでいた。

 聞きたいことは山ほどあっただろう。

「人攫いが待ち構えてりや」

 リッリは、自分たちが捕まえたはずの犯人が復讐に来たと言いたいのだろうが、詳細は語らない。「ワレは将軍に話あり」と強く主張するに留まった。

 ミツライムの兵士たちが心配してくれる中、僕も多くは報告しない。

「あのウバルって奴が黒幕だろ。締め上げようぜ」

 シェズはそんなことを口走るけれど、

「まだそう決まったわけじゃないから」

 と、僕は口を紡ぐ。

 シェズはキマイラとの戦闘で曲がった剣の代わりになる武器を探したり持ちやすいように加工したりで忙しかったと惚けた顔をする。リッリと僕の相談なんて聞いていなかったわけだ。

 そう、僕たちは事前に打ち合わせをした。

 将軍がわざわざ人攫い集団を討伐している。討伐される側なのにだ。正義の人を演じてる。だからこそ、その立場を利用して将軍から聞けることを聞いておきたい。今、将軍が犯人だなんて叫べば、僕たちは敵同士。将軍からはもう何も聞けなくなってしまうだろう。

 そんなわけで、

 僕たちは事実を曝くその瞬間を待っていた。

 ウバル将軍が僕たちを呼んだのは、小一時間も経ってからのことだった。

 テント前に並ぶのは兵士の死体。それはエキドナによって殺された三〇名だ。

 兵士の屍を見下ろすところの二頭の馬に引かせるチャリオッツはミツライム軍の武力の証。これに乗り込んでマントを羽織る男がウバル将軍だった。

 探索を追えたミツライム兵士を三列に並べて、戦死者を横に並べれば葬儀でも執り行うかのような雰囲気が出た。

 そこで、

「私は胸を痛めている」

 ウバル将軍は死者達の前で胸に手をあてた。

 僕たちは死体の隙間を歩いて、そしてウバル将軍に近づいたところで頭を下げる。

 哀悼の意を表した。

 もちろん黙っているばかりでは話は進まない。

「ウバル将軍に聞きたりや」

 こちらはこちらで用事がある。声が届く場所までくれば、リッリも声をあげていた。

 ウバル将軍は僕たちには答えない。

「我がミツライムの戦士たちが死んだ。それなのになぜお前たちは生きて居るのだ?」

 ウバル将軍は叫んでいた。「なぜだ。昨日も私は愛する部下たちを失った。多くの者があの惨状を眼にしただろう。だが疑問があった。なぜあんな状況でお前だけが生きて出てこられるのか」これは、「そこの奴隷戦士」というミツハに向けられた言葉だ。

 僕は表情を失っていた。

 さっきまで僕たちはミツライム兵士と一緒に人攫い集団を捕まえようとしていたはずだった。

 なのに、今のは何だろう。

 まるで僕たちが犯人だと言わんばかりの口調。

 ウバル将軍曰く、

「今日まで多くのエージェントたちが殺されてきた。なぜこうも容易く屈強な男たちが殺されていくのか、私には不思議でならなかった。だが我がミツライム人民のなかに裏切っている者がいるとわかれば、理屈は簡単だ。我がファラオは奴隷にも慈愛をもって接してきた。だが奴隷どもはどうだ。不平や不満をいうばかり。つまり、ミツハ、裏切っていたのはお前だったのだ」

 それは将軍の命令も同じだ。ミツハを殺せと指示している。

「私じゃないけど?」

 奴隷戦士が何を言ったところで、誰がそれを信じるだろうか。

 最初からウバル将軍はそのために彼女をエージェントに加えていたにすぎない。

「そこの旅人四人も協力者だ。おそらくは攫った子供たちを外国にでも売り飛ばす算段でもあったのだろう。立ち上がれよ、ミツライム兵士。今こそこの者達に報復の鉄槌を下せ」

 ウバル将軍はそこで槍をミツハに向けた。

「何言ってるんですか?」

 僕は大声で答えた。

 周囲には僕たちを知る者、あるいはミツハと仲良く会話したことのある兵士も居ただろう。だけど、並べられた遺体を前に声をあげる者などいない。

 その遺体の兄弟や友人もここには数多く居たことだろう。彼らが怒りによって武器を手にすれば、もはや誰にもその先は止められない。

「おいおい、どうなってんの?」

 シェズはここでミツライム兵士からくすねた槍を構えた。「来るなら、来いよ」と挑発すれば、ミツライムの兵士は武器を振り上げる。

 こうなったら、

「ウバル将軍が人攫いだった」

 僕はもうそれを言うしかなかった。

 これは真実だ。その真実を前にしてミツライムの兵士たちがどれくらい目を覚ましてくれるだろうか——。

 兵士たちが一斉に僕たちに襲い掛かってきたのがこの結果。ミツライム兵士は将軍を侮辱されて怒り狂っただけ。

 これで見守っていた兵士たちからも沈黙は消えていた。

 あとには、「呼吸をあわせて槍を繰り出せ」とウバル将軍が叫べば、兵士たちは猛った。

 こういう時、僕はシェズさんを頼ってしまう。もともとヒルデダイト帝国で竜翼章の勲章を持つ戦士だった彼女にとってはこれこそ日常。

「ちょっと本気だす。下がってろヘルメス」

 彼女は槍をまとめて弾いて、そして振りきる。槍は折れて、シェズの手から飛び散るように飛散した。ミツライム兵士のほうでも槍や盾を放り投げる者が出る。

「盾だ。盾をもって敵を押さえ込め、貴様らの肉体はただの飾りか?」

 これを将軍が叫べば、

「にゃろう」とばかりに、シェズが別の槍を拾い上げて、思いっきり地面に叩きつけた。

 木製の盾など吹っ飛ぶように割れて、後ずさった兵士がドミノ倒しになる。これはシェズの槍が地面を揺らすほどに豪快だったからだ。

 周囲は混乱した。

 たちまち何十本もの槍が僕たちを抹殺するために突き出され、交錯した。その中でシェズが土煙を巻き上げながら槍を振るうと、ミツライム兵は隊列を維持することもままならない。

「なんだあの戦士は、近づけないか」

 将軍ウバルをも唸らせる風圧だ。「右に回り込め」言えば、次には状況がかわる。「左だ」

 ミツハは槍を躱すし、僕は槍に当たりながらもなんとか拾った盾のおかげでしのげている状態だった。ウバル将軍はしびれをきらして、たまらず槍をついたが、僕の持つ盾はそれを通さない。

 ただし、

 将軍ウバルは時間が味方をしていると考えただろう。

 ミツライム兵は長い槍を持っている。僕たちが五人なのに対して、ミツライム兵士は数に制限がないのも同じ。彼らは僕たちが疲れて動けなくなるのを待つだけでいい。

 そんな顔でウバル将軍は僕をつつくように槍を出す。

 僕は槍でつつかれて地面を転がるような男だ。将軍ウバルと比べれば筋肉の分厚さが違っていた。

 だけど僕だって冒険者だった。

 旅の途中でナギから剣の技を教えてもらうことだってあるし、シェズと一緒に鍛錬することもある。槍だってそれなりに使えるはずだった。

 僕は槍を拾い上げた。

 できる気がした。

 エキドナという怪物の槍捌きと威力を間近に見た後では、普通の人間の持つ槍など怖くはない。

 ただ、

「ごめんなさい」

 と叫んだのは、ウバル将軍が怒ったように僕を叩くからだ。

 その瞬間、

 僕は思わず盾を引き寄せて、槍を捨てていた。盾で防ぐだけならできるかもしれないと考えた。

 だけど戦意を失った者には生きる権利もない。それが戦場なのだろう。

 僕は盾を落とした。叩かれた拍子に手がすべってしまったのかもしれない。

「——っ」

 絶体絶命だと思った。

「ウバル将軍」

 僕は叫ぶ、残った武器は声だけだった。「なぜジャガールさんを殺したんですか?」きっとジャガールも今の僕と同じように殺されたんだと思う。

 返事は短かった。

「ジャガールを殺したのはお前たちではないか。こちらにはその証拠もある」

 証拠なんてどんな風にでもでっちあげられる。

「さっき、僕たちはムルムルって人に襲われました。あなたが捕まえていた人攫いの犯人です。どうして逃がしたんですか? 今、牢獄の中にムルムルって人はいないはずです」

「それなら殺戮の天使にでも聞いてみるがいい。我が同胞を殺した犯人だ。ムルムルが外に出ているなら、それは殺戮の天使が脱獄の手助けをしたのだろう」

「殺戮の天使?」

「そうだ。どうせなら、殺戮の天使を呼んでみろ。あの時のようにな。こちらとしても探す手間がはぶける」

 僕からすれば、殺戮の天使なんて意味がわからなかった。

 あるいは、ウバル将軍がそんな話を持ち出したのは、単に時間稼ぎだとも思えた。適当な話をして時間を稼ぐだけで、僕たちは自動的に追い詰められていく。

 果たして、時間はウバル将軍に味方したか。

 僕は見た。

 赤頭巾の賢者も見ただろう。

「もうそんな時間?」

 ミツハちゃんが空を見上げたので、僕も顔をあげてしまっていた。

 そこには、いつかミツライムの上空に見た鳥の影。

 巨大な翼を広げる猛禽類が餌を探して地上を眺めていた。

「ハヤブサ?」

 ウバル将軍も気付いただろう。あれが殺戮の天使かと。ただふいに聞こえた口笛の音に思考が奪われることになる。

 ミツハが空に向かって口笛を吹いた。

「ニケ」

 呼んでいた。そして「つまみ上げろ」と指先を上げる。黒いコートが翻った。

 その瞬間、

 僕たちは、そこに殺戮の天使を見た。

「一体なんだ? 何の合図だ」

 ウバル将軍は咄嗟に振り返る。当然ながら右も左もウバル将軍を崇拝する兵士たちばかり。

 空が覆われたと思った時、やっと将軍は理解しただろう。

「うおぉぉぉ」

 唸り声がでるのは、巨大なハヤブサがウバル将軍に乗りかかってくるからだ。大きな爪はウバル将軍の肩を掴むと軽々と空へと持ち上げてしまう。

 ウバル将軍は、耳をそぎ落とすかのような音と風圧の中にいた。相手はまるで怪物だ。いや怪物そのものだ。地面から足が離れてもがいたが、ウバル将軍には鍛え上げた肉体がある、その筋肉の重さは巨大なハヤブサであってもそうそう持ち上げられるものではない。さらにウバル将軍は足でこれを蹴り上げた。だがハヤブサを振り払った時にはもう地面は遠い。

 いや、たかだか五メートルほど。

「将軍――」

 ミツライムの兵士は突然のことに唖然としただろう。

 だが、

「心配ない」

 将軍は冷静だった。将軍は身体を丸めて、地面へと落ちるその衝撃に備えた。

 だけど僕が目にする光景は、また違う。

 黒い影がミツライム兵士ひとりの身体を踏み台にして頭上にあがると、さらにその兵士達の頭を蹴って空へ――。

 一瞬でさらに高く——。

 それは、

 上空へと飛翔していた。

 黒いコートがなびくのを黒い羽と見た者もいる。

「ギャン」と鳴く双振りの剣が混じり合って、彼女の腕の中で広がるのを白い羽と見た者もいるだろう。

 僕にもそう見えた。

 将軍ウバルは見た。ハヤブサを振り払ったと思ったのにまだそこに羽ばたく鳥がいる。いや少女が自分と一緒に空から落ちているだけだったか。


 少女の表情は空の自由を謳歌して穏やかだった。伸びた首筋から広げる腕は、空気を掴んで風をたぐる羽になる。

 あまりに気高く飛ぶものだから、僕も思わず見惚れてしまう。

 少女は凄まじい速さで両手の剣を振る。その軌跡は見えなかった。だからそれは羽ばたきのようなものだ。

 瞬間、ウバル将軍には痛みはない。ぐるんと回って首から下が離れた感覚があっただろう。

 ミツハの技は、人間のものではない。

 それが人間の技ならば、空を漂うウバル将軍とは何だろうか。

 彼は想像しただろう、自分も鳥なのだと。 

 もはや自分がどこにいるかもわからない。

 地面を見下ろして、ただ呼吸を感じただけ。

 生まれたばかりの雛には羽がない。高き木の上の巣から落ちれば、潰されるだけ。

 死ぬことを恐れる時間もそこにはなかっただろう。

 将軍が落ちたときには、すでにそれは将軍ではない。ただ呻き声をあげるだけの潰れたひな鳥も同じだった。

 将軍の屍の上に舞い降りる天使を、

 人は殺戮の天使と呼んだ。

「ウバル将軍が人攫いを指示していました。ジャガールさんたちを殺していたのもこの人です」

 僕は改めて声を出した。

 ウバル将軍はもう嘘なんてつけない。今なら僕の声が通るかもしれない。そう期待してみても、現実はむなしいものだ。

 僕の言葉なんて信じる人はいない。ここにあるのは殺された将軍の屍。そして異国の旅人四人と奴隷戦士。

 かつての将軍が言うには、僕たちのほうが人攫いなのだそうだ。

 しかも、「ミツライムを汚す蛮族ども」と呼ばれてしまうほどに。

「放っておいて、行こうぜ」

 ナギはチャリオッツから馬を外すと、それを引っ張る。「丁度いいから、ミツハを連れていく」と言う。これが僕達の冒険の結末だった。

「逃げるの?」

 と聞けば、

「祟られてはかなわんやり。逃げりゃんせ」

 と言うのが赤ずきんのエルフ。すでに馬に乗っかって馬の首を撫でていた。するとどうだろう。たちまち馬がステップを踏むのだから、これはもう馬だけは僕たちの味方であるらしい。

「まだやるかぁ?」

 シェズが槍を手にとって、仁王立ちすれば、もはやミツライム兵士は尻込みするばかり。

 最後に僕たちの前に立ちはだかったのは、ミツライムでは名のある勇者だったのだろう。力の入らない身体を引きずって、歯を食いしばる姿はミツライムの歴史を背負う戦士だった。

 ゆえに次の問いがあった。

「貴様らはどこの部族だ? どこの国の者だ。我がミツライムに刃を向けたのは誰か?」

 まるでそれは呪いの言葉だった。

 相手勇者はプライド故に相手を知りたいと考えたかもしれない。

 だけど歴史の観点から言えば、その問いに答えた民族は怪物の標的になるだけ。

 彼らはミツハのことを知っているのだから、僕たちが黙っていれば、ミツマの民がその標的になるだろう。そんな問いかけだった。

 どこの民と問われても、僕には答えが出せなかった。

 僕はこんなだし、ナギは白い肌に黒い髪。シェズさんは赤い髪をしていて、リッリさんは金髪で小さなエルフ。そこに殺戮の天使が加わると、もう民族なんてわからない。

 故に賢者リッリ曰く、

「どこの民と問われると困るが、人はワレらを海の民と呼びやり」 

 そう言葉を残した。

「海の民」

 僕はそれを面白いと思った。海に人なんて住んでいないのだから、それはどこの民でもない。海を越えて繋がる民があるとすれば、まさに僕たちのことかもしれない。僕もナギもシェズもリッリも海の民だ。そしてミツハちゃんも海の民。

「僕たちは海の民だよ」

 僕はもう一度その言葉を繰り返した。「友達なんだ」と——。

 海の民と、この呼び声が時代に聞こえた時、

「来い——」

 ナギがミツハちゃんの手を引けば、それは風のようなものだった。

「ちょっと——」

 手を引かれるミツハちゃんは少し戸惑ったかもしれない。

 でも、彼女はそこで運命がすこし変わったことを知っただろう。翼を広げてみれば、あとは風に運ばれていくだけ。

 上空のハヤブサ。ニケも同じ方向を目指して緩やかに進路をとりつつあった。

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