第8話 祟りの時間


 人攫いのアジトは一時間も歩いた場所にあった。何気ない草原の陰に窪みがあり、入り口こそ狭いものの、中は戦士たちが数十人入っても探索しきれないほどの奥行きがあると言う。そういうものが数十は連なっていた。

 僕たちが到着した時にはすでにウバル将軍は洞窟の前で号令をだしていた。兵士達が洞窟に入っていけば、制圧もすぐだ。これだけの大軍隊だ。僕たちにできることはほぼない。

 ミツハちゃんを横に見ながら僕たちは一時間散歩しただけ。

 本当にそれだけで良かったのだろうか。

 思っていると、

 ここで将軍は振り返る。まさに僕たちを呼ぶためだった。

「報告によると、この裏手にも入り口があるらしい。エージェントと旅の人にはそちらをお願いしたい。きっと中には子供たちがいることだろう。怯えている子供たちをどうかよろしく頼む」

 それがウバル将軍からの唐突な命令だった。

 これをエージェントたるミツハが言い直すと次のような任務だった。

「この辺りはそもそも墳墓になっているわ。昔から盗掘されていて、もう誰のお墓なのかは判らないし、見向きする人もいない。殆どが崩れてしまっていると聞いた事があるわ」

「墳墓?」

「お前に言ってない」

「ごめんなさい」

 そんなわけで僕はリッリと会話相手を交代する。

「それでこんなに洞窟みたいなのがたくさんありやら。入り口も見えるところになき」

 リッリは少し背伸びして周囲を眺めてみた。起伏の激しい草原だ。

「隠し部屋なんかがあるって噂もあったみたいで、辺り構わず掘り返しているから近づくなって言われてた。ところどころ地面が抜けるわ」

「人攫いはこんなところにアジトを作っていたり?」

「中は人が通れるくらい広いところもあるし、部屋もいくつかあると思う。子供を隠すには丁度いいかもしれないけど」

 ミツハは、「後はもう、行ってみないとわからないわ」と締めくくった。

 実際に入り口の前に案内されると、僕は意気込む。犯人一味がいるとすればここで戦闘になるだろうからだ。

 ただ突入する前にいくつか聞いておかなければならないことがあった。

「ミツハさん、昨日は運が悪かったよね?」

 僕が知る限りでは、これがミツハにとっては二度目の突入になる。殺されかけて彼女は怖くないのだろうか。

「昨日は昨日でしょ」

「子供を取り返しにいくって行ってたけど、昨日のところでは子供はどうだったんです?」

「いなかったわ」

「どこか別の場所に移されていたってこと?」

「そうかもね。居たのは柄の悪い男たちだけ。部屋に入ると出口を塞がれて、あとは挨拶もなく殺し合いだった。まあ、お前もあいつらと一緒みたいなものだけど」

「殺し合い……」

 それを聞いて僕は世界の違いを認識してしまっていた。

「お前、すぐ死にそう」

 そんなふうに言われるまでもないのだけど——。

「よく逃げて来られたな」

 と、ナギがミツハちゃんに話しかければ、また違う内容がある。

「相手が弱かっただけ」

 ミツハちゃんは僕とは違う態度だ。ナギのほうが頼りになるだろうからそれは仕方ない。

「今日も同じ待ち伏せだったらどうする? 一度戦ったなら、相手は対策してくるだろ」

「わたしに同行するミツライムの兵士が三〇人。これだけいれば十分じゃない? 昨日は三人だったから」

 ミツハちゃんはポケットに手を入れて、そもそも彼女自身が戦う必要すらないと答えた。あるいは手の内は見せないという意味だったのかもしれない。

 ただこの三〇人は張りぼても同じだ。

「ええ?」

 僕は暗い入り口で松明を手渡されて首をかしげた。兵士三〇人はみんな後方にいて、先頭にはミツハちゃんとナギ、シェズとリッリだ。

 僕は思わずそんな状況にナギと顔を見合わせた。

 ナギの言いたいことはわかる。

「俺たち後ろに行こうぜ。敵が狙っているのは、ミツハだ。リッリとヘルメスは戦うの苦手だし、前は戦士で固めたほうがいい」

 僕でもそう思うのだから、この台詞の翻訳はストレート。

 すると、

「なりません。将軍様は戦士様の剣の腕前を見込まれているのです。是非先頭に立って、我々を勝利にお導きください」

 そんな返事があった。

「女の子を盾にするような感じで本当にいいんです?」

 僕にはどうにも居心地が悪い。

「我々はエージェントを手伝うように言われております。そちらの方はファラオが任命したエージェントです。賊相手に負けるようなこと、あるはずがありません」

「エージェントって、たくさん殺されてますよね? 女の子ですよ」

 僕はどこかで翻訳を間違っただろうか。そう思った矢先。

「勇者様がおられるではありませんか。凄まじい剣の技を使うと聞いております。あなたが先頭を歩けば安心です。それとも戦われるのが怖いとでも?」

 僕に突きつけられる言葉。

 さっき僕が商人風の挨拶をした時だ。ナギやシェズが突っ立っているところで、挨拶を返したのが僕だけだったから、まるで僕一人が勇者のように見える光景があったに違いない。

 僕は勇者と呼ばれて、引き下がれなくなっていた。

 一応補足しておくと、僕は勇者を否定したくはない。なぜならミツハちゃんが見ている前だから——。

 そんなわけで——。

 結局、ミツハちゃんとナギを先頭にして、僕とシェズ、リッリが続く並びになっていた。その背後を兵士三〇人がついてくるという恰好だ。

 この三〇人は洞窟の奥に扉があっても動かない。

 真っ暗な洞窟の中を歩くと、すぐに大きなドアがあった。

「このドアの向こうから灯りが漏れている?」

 僕は振り返ったが、こんな怪しいドアはこれまでにあっただろうか。「この光って太陽光とかじゃないですよね? 誰かが篝火を焚いている? 僕たちより先にここを探索している人たちっていましたっけ」

 つまり僕たちの知らない誰かがいる気配だ。

 ミツハは目を細めるような顔をしたままだし、

 ナギはもう何も喋らない。

「誰か、いりゃり?」

 リッリはここが当たりだとでもいいたげだった。

 そんな中、兵士三〇人は頷くだけだった。早く中へ入れと要求するように、逆に僕たちの退路を塞いでしまっていた。

「罠ってことあります? そう言えば、昨日のジャガールさんたちも待ち伏せにあったって言ってましたよね」

 僕がそれを指摘しても、誰も答えない。

 唯一、声をあげたのは赤ずきんの賢者だったか。

「ゆーりぃ。ワレは気になってり」

 ここで思いだしたことがあると彼女は呟く。

「何です?」

 僕はドアには手をかけない。これがおかしい状況だと理解していた。結構がっちりしたドアがあって、中で待ち構えられている感覚。

 そんな心配を後押しするのが賢者の知恵だ。

「将軍はワレらを剣の達人といいやりや、協力しろと言うたり、都合がよき。今になってそれが気になってくりや」

「それは仕方ないよ。ナギが強いのは本当のことだもん。僕じゃお手上げだよ。相手はジャガールさんを殺すような手練れだよ」

「ワレはナギがジャガールより強いとは紹介しておりんや。ヘルメスは商人だとしか自己紹介しておらりん? ムルムルを捕まえた時も縄で縛るだけやり? 将軍にとって凄腕の剣士とはどのような人間でありんや」

「凄腕の剣士だから——」

 僕はナギの横顔を窺っていた。ナギには別の意見もある。

「俺が剣を持っているからだろ、鉄の剣を持っていれば素性はある程度推測できる」

 と彼は言うけれど、

「剣など誰でももてり。商人でも剣を持ち歩けりや。問題はいつそれ、ナギは将軍の前で剣の技を披露したりや?」

 それがリッリの疑問だった。

「あれ? 僕たち確か、商人だとしか自己紹介してないかも」

 僕はそのことに思い当たった。

 ナギも思い当たることがあっただろう。

「ちょっと待てよ……」

 ナギが剣の技を使った相手は限られている。ミツライムにおいては、エージェントに会うまでの旅路の中。ジャガールが人攫いと呼んだ殺戮者たちを相手に、ナギが剣の技で追い払ってくれたのがそれだ。

 その時。

 ドタッ

 音がした。

 シェズがドアを開けていた。

「さっさと行こうぜ。相手があいつらなら一度勝ってる。あいつらあたしのことなめてるだろ」というのが理由だった。

 そして、

「ひゃ」

 僕は思わず叫んだ。尻餅をついたのは、同時に獣の唸り声があったからだ。

 ギャラギャラと鳴る音は鉄の鎖を引きずる足音だ。僕が見上げた先にライオンの顔があった。どう猛な目つきが僕を捕まえて離さない。大きな顎が動くと刃物のような牙から涎が流れ落ちた。猛獣は若者の柔らかい肉という餌を前にして欲望を剥きだしにする。

 猛獣が吠えたのは一回だったが、

 洞窟全体が震え、恫喝に似た声で共鳴した。

「来たなぁ。ヘルメスは下がってろ」

 シェズは咄嗟に前にでた。これこそ騎士の仕事だ。だが、相手が鎖に繋がれ、檻に入っていたのでは拍子抜けもいいところ。

 ランタンの吊された部屋は飼育小屋のようで獣臭ばかりが鼻をつく。向かい側に通路が続いていたが、大きく段差があった。その段差を利用して檻が作られているから、猛獣とはこれ、番犬のようなものかもしれない。

「ライオン?」

 僕はその番犬がどんな生物なのかわからなかった。

「ライオンじゃないだろ」

「でもライオンっぽいけど、羽みたいなのある?」

「コウモリの羽みたいだな。リッリならこいつのことを知っている?」

 安全だと判れば、赤ずきんの賢者は舌が回る。

「身体が山羊のようでありゃ。尻尾が蛇のようにギラギラしてり。でも顔がライオン。これは伝説のキマイラに違いなかりや。ヒルデダイトで神聖な生物として祀られてり」

 リッリは、「まさか実在するとは」と言いながらそろりと足を一歩前に出した。

 近づけるのなら、もっと近づいてみてみたい。そんな学者の好奇心がある。

 だがそんな状況も、檻の扉が倒れただけで一変だ。

 キマイラの手足が引きずる鎖というものはすでに引きちぎられていた。檻のドアが外れてキマイラが顔を出せば、あとは猛獣が餌を貪り喰うのを誰が止められるだろうか。

「うあわわわわ」

 わかった瞬間、僕はまた叫んでいた。ギリシャからアマゾン海にかけてはよく熊がでる。人食い熊と遭遇したときの対処はここでも同様に通用するかもしれない。

 それを考えようとしたが、咄嗟には対策なんて何も思い出せなかった。逃げるな、背中を見せるなと言われたって、僕も必死だ。

 声のない絶叫が僕の口から涎や鼻水と一緒に出た時、

 ナギは静かに、鉄の剣に手をかけていた。白い杖とで二刀を振る構え。

 シェズのほうは、鉄剣を覆う布を外すのもめんどくさいとそのまま振り上げていた。

 ミツハちゃんは、すっと沈み込んで姿勢を低くしただろうか。

 リッリは呼吸を止めて、足音を立てないようにナギの背後に周り込んだ。

 笑っていたのは誰か。

 ここで、

「祟りの時間じゃ」

 と、宣言した者がいた。

 どこかで聞いた声に僕の思考は完全に止まってしまう。

 何が起きているのか、理解が追いつかなかった。

 檻のドアを開けたのは小さな縫いぐるみの王様だ。その檻の上でそいつは笑っていた。

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