第31話 感染症の危機

 今年の冬も雪はあまり降らなかったけれど、気温は低かった。

 そのせいもあってか、王国の各地で感染症が流行し始めた。

 家令のスミスにどんな症状なのか聞いたところ、激しい咳が出て、重症になると血を吐くらしい。

 これは大変だ。結核じゃないかな。


 結核は前世でも脅威になった感染症だ。特効薬が見つかるまで、日本を含めた世界中で多くの人が亡くなったと聞いたことがある。

 医療の知識や体制が進んでいないこの世界では、おそらく多くの人が犠牲になる。

 この世界には魔法はあるけれど、回復魔法は無いから魔法で病気は治せない。


 確か感染症を防ぐには、手洗いをすることとマスクを付けることが基本だったな。

 手洗いとマスク着用を領民に促すよう、父上に進言したい。

 でも、どこでその知識を得たと説明すれば良いのだろう?


 そうだ、エルフならと思いついてエルフの隠れ里を訪ねた。

 古老さんとルーセリナに、前世の知識によれば流行しているのは結核という恐ろしい病気であること、感染を防ぐためにマスクと手洗いを広めたいけれど、知識の出所の説明が難しいのでエルフから教えてもらったことにしたいことを説明した。


「なるほど事情は分かりました。この結核という病気が流行すると大変なことになるのですね。どうぞウィリアム様のお考えのとおりになさってください」

 ルーセリナは了解してくれた。


「ありがとうございます。救世主と言ってもらっても、お願いばかりですみません」

「ウィリアム様は謙虚なのですね。ですが、貴方はもう世界のために闇の力と戦っておられますよ」

「えっ、古老さん。僕はものづくりをしているだけで魔物と戦っていませんが」


「いいえ、魔物と戦うことだけが闇との戦いではないのです。闇の力が強まると旱魃や冷害で飢饉になり、病気も流行します。

 そうして人が弱ったところに魔物が攻め寄せてきます。貴方は旱魃による飢饉を防ぎ、今また病気を防ごうとしておられます。

 それもまた闇との戦いなのです」


「そうなんでしょうか?」

「お祖母様のおっしゃるとおりです。ウィリアム様は世界を救おうとなさっておられます。それに、家を建ててくださったことで私たちやドワーフはもう救われています」

「僕はそんな特別なことをしたわけじゃ……」


「いいえ、誰にでもできることではありません。それに、功績を誇ろうとしない貴方の人柄はとても好ましい。

 このタイミングで世界樹が貴方を呼んだのは何か意味があると思いますが、貴方はこれまで通りで良いのだと思います。

 貴方のものづくりのおかげで人は闇の脅威に対抗できるのですから」


 そうか、戦わなくても世界を救えるのかな。古老さんとルーセリナと話して、気持ちが楽になった。

 エルフの森からうちに戻ると、父上の執務室を訪ねて、エルフから聞いたことにしてマスクと手洗いの励行を進言した。


「そうか、エルフの言い伝えか。彼らは私たちより寿命が長くて、いろいろな知識があるからなあ」

 父上は領民にマスクと手洗いをするように布告すると決めた。


「ウィル、これは国の一大事だから、王家にもご報告をしようと思う」

 確かにうちの領内だけ対策しても感染症は止められない。

 父上が領内に布告をするのに合わせて、工房で布マスクを増産して領民に無料で配った。不織布のマスクは作る技術がない。


 街の人たちに工房の職人たちとマスクを配ると

「見慣れない形の布ですね」

「口と鼻を覆えばいいのですか?」


「領主様のご指示ですし、ウィリアム様がお考えになったことなら」

 という感じで、戸惑いながらもマスクを付けてくれた。

 これで流行が止まってくれるといいんだけれど。


 しばらくして、結核の流行速度はゆっくりになった。

 対策を広めたことに意味はあったと思う。

 でも、感染は終息しない。


 王家も父上の進言に沿ってマスクと手洗いの励行を国内に布告してくれたけれど、うちみたいにマスクを無料で配った貴族は少なかった。

 結局、貧しい人はマスクを買えず、栄養状態も悪いので感染してしまう。


 結核は感染力が強いところが厄介だ。咳をする人がいると、空気中に飛び散った飛沫から感染するから、流行を止めるのは簡単じゃない。

 そうこうしているうちに、僕の身近な人にも感染は及んだ。


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