第26話 『文具マン』 むう さん
三年勤めた文具メーカーを辞めた。(p.212)
この最初の段落で、主人公の現在に至る経緯が無駄なく、明確に語られる。それはごくありふれた事情のごくありふれた帰結であり、読者として素直に共感できる内容だ。急ぎ過ぎもせず、冗長でもない、そして静かで暖かな目線を感じる。
ふと思い立って、(p.213)
ショートショートにおいては、「ふと思い立って」行うことが転換点となることが多い。「ふと」という状態は、自分の意思を離れた何らかの力、それも強制的なものではなくごく自然な流れに沿うような形で訪れる。ときとして後に、「魔がさす」と言い直される場合もある恐ろしい状況ではあるが、その時点では潜在意識下での動きであることから、なんの警戒心も働かないものだ。
会社からもらってきた生産中止の文具たちの山から適当に見繕い(p.213)
主人公の文具好きなこと、優しさが感じられるエピソードである。「ふと」「適当に見繕」うという行為は、今後の展開に影響しないはずはないと思いながら読み進める。
(あれ?)(p.214)
結果、主人公は石段から落ちて文具を紛失してしまう。物語において石段から落ちるということは、心の交換の手段になっている。だが交換対象となるはずの文具は失われたという。さて。
「才能って何の?」(p.215)
ばあばに会社を辞めた理由を説明するとき主人公は「才能がないみたいで」と言う。ばあばは「才能」という言葉に引っ掛かった。人生の先輩たる深い洞察を感じさせる会話だが、おやつの時間になってここでは保留される。
まったくどっちが老人なのか分からない。(p.215)
主人公の現在は、まったく活力がない状態だった。すみれ園に暮らす人たちはみな、明るく元気で、充実した日々を送っている。若者と老人の違いは、身体機能の問題ではない。できないことを悔やむのではなく、できることを謳歌する姿勢こそが重要なのだなと考える。
「ぶ~んぐ!」(p.216)
そうだ。このお話のタイトルは「文具マン」なのだ。だからこれはヒーロ譚なのだ。ここで主人公は、自分の意思とは関係なく叫び、ポーズをとって、「右手がハサミ」になったことに「パニックになりそうに」なりながらも冷静なフリをして、困っていた神部さんの「タグを切っ」てあげた。ヒーロ誕生の瞬間だ。
以前、「ギャグマンガ日和」という作品で、魔法少女に選ばれた少女が「あなたはもう変身の方法を知っているはずですよ」と使者に促されて、心に浮かんだ言葉を叫んだが何も起こらず、使者に「違います」と言われる場面を思い出す。この話では、本人の力ではなく、本人に宿った何らかの力が、本人の身体を借りて発動したもののようだ。それがハサミだったのであれば、乗り移ったのは、紛失した文具なのだと腑に落ちる。「ぶ~んぐ!」という雄たけびが、文具側から生じたものなのだとするなら、それは、生産中止の憂き目に遭って、役に立たない・失敗作・用済み、と判断された文具の、「自分たちは、まだ立派に文具として役に立てる」という叫びだったのだと思う。そして主人公は、その声に共感し共鳴できる精神を宿していた。これは主人公が文具に見出された「才能」だといえると思う。
「背中がぁああ」(p.217)
ここまで読んできて、全体の雰囲気が「人情喜劇的」にまとめられていることに気づく。それはひじょうに心地よく、素直に楽しめる。体が文具に変化して、地球を救うとか、悪を成敗するとかいった「大文字の救世主」などではなく、日常の困りごとを、文字通り痒い所に手が届く方法で解消してくれるヒーロー。例えば、いつも鞄に、裁縫セットや、絆創膏、日焼け止めや、そういったこまごましたものを用意していてくれる、とても頼りになる友達、のような身近な存在。
会社では「お前より新人のほうがマシ」と言われた主人公が、ようやく見出した光だったと思う。
だって、また天使の神部さんに会える。(p.219)
ヒーロ誕生から、いくつかのエピソードを経て、力そのものの興味から、その力をもった主人公の変化へ移る。人を好きになるというのは、おそらくもっとも活力を要するものであり、かつ活力をもたらすものだ。本当に消耗しているときは、他人に興味すら持てないものだろう。タグの一見で主人公は神部さんに好ましいものを感じ、孫の手では、腕を預けるという身体接触も済ませた。こうした積み重ねから、好ましさから、好意へと移行していった。
それはどうやらこの「すみれ園」だけで起こる不思議みたいだった。(p.219)
この発動条件は不思議だった。主人公に乗り移った文具たちは、自分たちが発揮する力を受け入れて、喜んでくれる人たちが分かるのかもしれない。そして主人公としては、そのように喜んでくれる人たちの役にたちたいと強く思い、とりわけ、神部さんのお手伝いができればうれしい、と思っていたのだろう。
変身して手助けする内容はどれも、その場にない道具をとりに行けばそれで済む類のものばかりなのだ。しかし、その場で主人公が「ぶ~んぐ!」と叫び、その場で必要な解決してくれる、というエンターテーメント(非日常性)が、うれしいのだと思う。
「何言ってるんですか!みんなヨウさんが来るのを楽しみにしているんですよ。もちろん私も」(p.220)
主人公が救われる。ハッピーエンドの予感。
「なんで写経……?」(p.221)
無意識に発動して写経セット。これは主人公に気を静めろ、という文具たちの気遣い(人とのコミュニケーションが苦手なのは、いちいちてんぱってしまうからなのだろうから、ここで一度気をお落ち着かせよ)という心遣いとともに、文具たちもまた、神部さんが「文具好き」と知って舞い上がってしまって、思わず「おちつけ」と写経セットを用意したのだろうとも思う。
僕は、今度こそ自分の意思で大声で叫んだ(p.221)
神部さんのピンチ。その時のこの一文は重要だ。「今度こそ」というのは、自らの力に気づいてからも、変身は文具主導で行われてきた。おそらくそれは単に「間に合わない」という状況だったのではないかと感じる。「困っている人に気づく」→「ぶ~んぐ!」と叫ぶ→「変身」という流れにおいて、気付きから発声までにかかる神経伝達速度が、脳を経由する自発的運動に比して、脊髄反射に近い文具起動より遅かったのだ。すでに用意はできていた。あとは困っている人を見たら「考える」までもなく「ぶ~んぐ!」を脊髄反射を上回る連動回路ができれば、文具は発動を主人公に任せることができるのだ。
ラスト、神部さんが主人公の頬にキスをしてくれるのは、自立することができたヒーローへのお祝い、という側面も読み取れるように思う。
最後はみんなの笑い声のなか、観客の拍手に包まれながら幕となる。そんなイメージが浮かぶ。とても心地の良いお話だった。
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