知らなかった事実

霧島さんと話してから数日たった日曜日。

両親に説明してもらう日がやってきた。

駅まで霧島さんを迎えに行くと、紺色のパンツスーツに身を包んだ彼女が立っていた。

「おはようございます。ずいぶん早いですね」

約束の10時にはまだ30分もあるのにすでに待っていたとは思わなかった。

「あら、もう来られたんですね」

こちらに気づき、頭を下げてお辞儀をする彼女。

「早めに来てコーヒーでも飲もうかと思ってたんです。まさかもう来てるなんて」

駅前にはコーヒーショップがあり、僕は時々そこに飲みに来ていた。

今日もそのつもりだったのだけど・・・。

「それなら私が出しますので、時間までコーヒーでも飲みましょうか。私もそのつもりだったのでちょうど良かったです」

奢ってくれるなんて、小遣いの少ない高校生にとっては嬉しい話。

じゃあ行きましょうか、と彼女を促し近くにある、いつもの店に入っていった。

店内はそこそこ人がいたが、満席ではなかった。いつものコーヒーを注文して受け取ると、駅前が見える窓際に席を確保した。

いつもの店、いつものコーヒー。

ただ、隣には美女が座っていた。

「やはり東京は人が多くて賑やかですね。店も多くて見ていて飽きません」

そう言ってコーヒーを口にする姿は、朝の日差しに照らされたのもあってか、とても綺麗だった。

「奈良ってあまり知らないんですけど、人少ないんですか?」

失礼な質問だったかな、と口に出してから後悔したけど、彼女はあまり気にしていないようで

「観光地は人が多いんですが、少し離れるとやはり少ないですね。我々のいる法隆寺は周囲に何も無いので、人も店もたくさんある東京が少し羨ましいです」

そう言ってコーヒーを飲み干すと、

「さて、そろそろ参りましょうか」と席を立った。

慌てて残りのコーヒーを飲むと、僕も彼女に続いて店を出た。

駅前から自宅までは10分くらいかかる。

いつもなら大したことはないのだけど、あまり馴染みのない人と歩くとすごく長く感じる。

顔見知りではあるけど、親しい訳では無い。

こういう時は何を話したらいいんだろう、と考えながら歩いていると、ふいに僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ、大悟じゃん」

そこには近所に住む同級生、小野さくらの姿があった。

「キレイなお姉さん連れてどうしたの?家に連れ込むの?」

うるせぇ、余計な事言うな。

「うちのお客さんだよ」

ふーんそうなんだ、と言いながらやたらと詮索するような目を向けてくるこいつは、僕のクラスメイト。

犬を連れているから散歩の途中だろうか。

日曜日のこの時間に出歩くことなんてないから、散歩中の小野に会うのは初めてだ。

私服姿の同級生女子に会うのは新鮮だったけど、今日はあまり時間がないからまた明日にでも説明するよ、と言って早々に別れた。

まだな何か言いたげだったけど、ここで話し込む時間は無かった。

「かわいい子でしたね。彼女か何かですか?」

「全然違います。ただのクラスメイトですよ」

そう言って小野をやり過ごした僕だったが、霧島さんが鋭い視線を向けていたことには気が付かなかった。


それにしても、霧島さんと一緒に歩くと妙に疲れる。

何でだろうと思っていたけど、考えが読めないから気を使うんだ、という所に思い当たった。

考えが読めれば距離感も掴みやすいのに、能力に頼りすぎた弊害だった。

何でこの人は考えが読めないんだろう?

そんなことを考えているうちに、いつの間にか自宅に着いてしまった。

「ここが君の自宅ですか」

家が所狭しと立ち並ぶ一角にある、少し古い一軒家。

「はい。両親には今日のことは話してあるので、どうぞ入ってください」

ドアを開けると、両親が出迎えていた。

「遠いところようこそいらっしゃいました。狭いところですけど、どうぞお上がり下さい」

両親がやたら笑顔なのが少し怖い。

高校生の息子が大人の美女をつれてきたってのに、全く警戒していない。

人に警戒心を抱かせない、これが美女の特権ってやつなのか。

「では失礼して・・・」

狭い玄関で大人が四人。海外の人は日本の家屋をウサギ小屋、と揶揄するそうだがそれを目の当たりにした感じで何とも複雑。


そんな我家なので応接間などと言ったものはなく、少し片付けた台所兼食卓で話をすることになった。


「顔を合わせるのは初めてですね。私は霧島はるな。奈良県にある法隆寺の関係者です。本日は事前にお話していた・・・・」

え?事前に話してたってどういうこと??

思わず口から出てしまった。

「実はな・・」

美女を前にして満面の笑顔だった父親が口を開いた。

「今日、この日が来るのはずいぶん前から知っていたんだ」


???

「お前、雷に撃たれて入院したことがあったろ?あの時に、お前の口から説明があったんだよ。あの時は頭がおかしくなったのかと思ったよ」

え、そんな記憶ない。

「声はお前なんだけど、話し方が機械的というか、抑揚もなく話すからすごく怖かったんだぞ。母さんなんか真っ青になって貧血起こして倒れちゃったし」


・・・・全く知らない事実が出てきた。

「で、その時お前が言ったのは、『この国に危険が迫っている。近い内に迎えが来る、行かないといけない。』だったかな」

よくそんなの信じたな・・

「信じなかったよ。だけど、落雷にあったはずなのにそれらしい痕跡はないし、医者も異常なしって言うし、その後からお前が別人みたいになったんだ。」

初めて聞く話ばかりで混乱してきた。


「気の利かない子だったのに、その日から妙に感が働くというか、こちらの考えを見透かしてるように先回りして行動したり、私たちが怒らないように立ち回ったり、要領がやたら良くなったんだよ。そんな子じゃなかったのにな。それにお前が病院で口にしたこと、全然憶えてなかったんだよ。」

微妙にディスられてるような気がしたけど、あえて黙って聞いていた。


「で、時間が立つにつれて俺たちもお前の話した内容があながち間違ってないかも、と思い始めたのがわりと最近の話だ。そんな時に霧島さんから手紙が届いてな?」

と言って手紙を差し出した。

封筒にウサギのシールが貼ってあるのはウサギ小屋を揶揄してるんだろうか。

「ただ好きだっただけで他意はありません」

そうなのか。って?え?この人、僕の考えを読んだ?

にっこり微笑む霧島さん。

何なんだこの人は。


それより手紙だ。

要約すると、お宅の息子さんは超能力者で選ばれし人だから、近々迎えに行くのでちょっと貸してね、みたいな内容。

「で、手紙を読んだ瞬間になるほどこれか!ってパズルのピースがぴったりハマったんだ」

安直すぎると思うけど、それも何かしらの力の影響なんだろうか。

「それでお前から会わせたい人がいる、って言われて今日に至ったわけだ。お前には言おうと思ってたけど、言う前に霧島さんと会ってしまったわけだな」

なるほど。何となくわかってきた。

どうりで僕が両親に話した時、アッサリ今日の話し合いに応じたわけだ。


「そんなわけですので、大悟さんをしばらくお借りしたいのです」


霧島さんの存在を忘れていた。

「まずは法隆寺に来ていただき、現状の把握、そしてさらなる能力の開放を行っていただきたい。よろしければご両親もご一緒していただいても構いませんよ」

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