3.自分のペースで行けば良い

第7話 難しく考え過ぎです

 次の日。

 俺は早起きして、少し早めに家を出た。


 昨日はクラスに入った時点で半分近くの生徒がいた。なら早めに行けば、よりクラスメイトの動きを把握できるのではないか、と考えてのことである。


 昨日より二本早い電車に乗ったが、満員電車なのは同じだった。俺は乗っている時間が数分だからまだいいけど、これが何十分とかだったり乗り換えが必要だったりすると大変だよな。皆様お疲れ様です……


 電車を降りると、今日も長い坂道をくことになる。運動不足の解消にはなるかもしれないが、夏はヤバい。間違いない。


 たっぷり歩いて、学校にたどり着いた。さて、クラスの様子は……


 うん、8人ぐらいだな。俺の周りには誰もいない。遠慮せず教室に入り、静かに着席する。


 今日はせめて、話しかけてもらえるようにしよう。他力本願だと思うけど、話しかけるのはまだハードルが高い。


 少なくとも話しかけ雰囲気は出しちゃだめだ。でも、話しかけ雰囲気ってなんだろう。意外と難しい。

 少なくとも、パンフレットとか本を読むのは止めるけど。それ以外はどうすれば。

 何か良い見本はないかな。


 俺は、一人の幼なじみを思い浮かべる。

 志摩しま彩夏あやか

 クラスのバランサー的存在な人気者で、話しかけていることも多いが、話しかけられることも多い。

 そんな彼女は、いつも柔和な表情をしていた。

 そういう表情をしていれば、話しかけやすいのだろうか。


 練習してみる。

 …………

 鏡がないから確認しようがないが、間違ってる気がする。

 なんだろう、この左頬だけがひきつるような感じ……


「おはよう、宮も……うわっ、大丈夫?」

「っ、おはよう……三科みしなさん」


 最悪のタイミングだった。


「……変顔選手権の練習?」


 三科さんがなんの悪気もなく言う。

 そうか、さっきの俺の表情は変顔のたぐいだったのか。


 ……帰ろうかな。

 俺は席を立つ。


「わっ、どこ行くの?」

「……しばらく旅に出るもんで、探さんどくれ」

「……わぁ、ごめんなさい! 軽はずみだったの、だから戻ってきてー!」

「冗談です……」


 気を取り直して、席に座り直す。


 うーん、しかし、どうするか。

 思い返してみれば、そもそも俺は表情をつくるのは得意ではなかった。


 昔、クラス写真を撮るときにカメラマンから、

「はい笑って~」

 と言われて「笑って」みたものの、

「違う違う、もっと自然に!」

「頬がひきつってるよ!」

「目が笑ってない!」

 など散々に言われ、結局真顔で撮影したことがある。あきらからは「仏頂面ぶっちょうづら」と言われた。


 仕方ない。他の方法は……


 「……?」


 三科さんが不思議そうな表情でこちらを見つめている。

 よく考えたら、そういうことは目の前にいる子に聞いてみるのが一番良いんじゃないか。

 彼女、話しかけやすいし。俺から話しかけたことはあんまりないけど。


 思い切って相談してみる。


「あの」

「うん、なに?」

「話しかけやすい雰囲気ってどうすればつくれるんだろう?」


 彼女は一瞬考えたあと、


「……そういうことを意識せず、普段通りいること」


 そう答えた。


「普段通り?」

「うん。だからそんな固くならない方がいいよ」


 こうすれば話しかけやすいとか、話しかけにくいとか考えずに自然体でいろ、ということか。

 それもそうだな。


「……分かった。ありがとう」

「お礼されるようなことは言ってないよ。じゃあ、今日もよろしくね」

「うん。よろしく」


 そうして、彼女は自分の席に戻っていった。

 その周りには友達と思われる人が二人いた。

 ……誰?あの陰気な人? とか言われるんだろうか。


 嫌な想像を振り払い、視線を前に戻した。

 相変わらず俺の周りはまだ誰も来ていない。



 しばらくボーっとしていた。

 予鈴まであと15分。

 早起きしたせいで眠い。いっそ寝てしまおうかと思ったが、それをするには時間が微妙だ。本を読むのもいいが、逆に眠気が増す可能性もある。

 かと言って、クラスの様子を観察するのも飽きた。なんか不審だし。

 どうしようかと思っていると、一人の男子生徒が教室に入ってきた。


 眼鏡をかけた真面目そうな人だ。見覚えがある。

 隣の列、俺の斜め左後ひだりうしろに座っている人だ。

 確か……


 という刹那せつな、自席に向かう彼と目が合った。

 反射的に目をらしそうになったが、なんとかとどめる。

 ……考えるな。反射的に声を発するんだ。言葉は決まっているんだから。

 ほんの少しの勇気だ。


 この間、0.5秒ほど。


「お、おはよう、藤村ふじむらくん」

「おはよう。宮森みやもりくん」


 それだけ交わして、彼は座った。


 向こう、俺の名前覚えててくれたのか……

 心の中で彼に感謝していると、再び話しかけられた。


「宮森くん」

「はい」

「……名前、よく覚えてたな。ありがとう。それだけ」

「……こちらこそ、ありがとう」


 どうやら彼も同じ想いのようだ。


 初めて知人でない人に話しかけることができた。

 ただの挨拶だけど。

 それでも、自分にとっては大きな前進だ。

 ホッと一息つく。


 ふと視界に、藤村くんの二つ後ろに座る三科さんをとらえた。

 彼女はこちらを向いて、笑顔でOKサインをつくっていた。

 見ていてくれたみたいだ。ちょっと恥ずかしい。

 俺もをつくって、出来損ないみたいなピースサインを返す。


 すると彼女はあわてて両手の人差し指で左右の頬を持ち上げて笑顔をつくった。

 可愛い……ではなく。

 あ。


 ……今のでなんとなく伝えたいことが分かった。


 ひとまず、ミッションコンプリート。


 次のミッションは、自然な笑顔をつくれるようになる、か。


 そんなことを考えていると本鈴ほんれいが鳴った。

 また一日が始まる。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る