第48話 静観するか…(宰相)

「――ガブリエル卿。あんなふうに殿下へ突っかかるなど、貴殿にしては珍しいな」

「フィーヌは妹みたいなものですから。ミシェル夫人からも頼まれていますし。閣下も同じでは? だから彼女を保護したのでしょう?」

「亡き父がデルフィーヌたち母子を気に掛けていたのは事実だ。それがどういう理由からなのかは、残念ながら知らされていない。まぁ、私からみると、デルフィーヌは妹というよりは娘に近いかな」


「殿下の来訪は、これまでもあったんですか?」

「いや。今日が初めてだ」

「ま、理由はおおよそ察しがつきますがね」

「そうなんだよ。まったく、どこの誰なんだか。はぁ――っ」


「恋人なんて、いないそうですよ?」

「ん?」

「フィーヌがそう言っていました」

「それは本当か?」

「ええ。ただ、当分の間は、恋人がいるていを装っていた方がいいかもしれませんね」

「というと?」

「閣下の耳にも入ってくるでしょう? フィーヌの評判」

「そうなんだよ……」


「聞くところによると、執務机にあるフィーヌ宛の釣り書きが雪崩を起しそうだとか」

「あぁ」

「フィーヌに何があったんです?」

「優秀なんだよ、ものすごく」

「そんなの今に始まったことではないでしょう?」


「考えてもみてくれ。噂の、高飛車令嬢がだよ? 真実は、腰が低くて、誠実で、地味な努力を惜しまない女性だったら? しっかりしてそうで実はドジで泣き虫で。それなのに、顔で笑って心で泣いてたりしたら?」

「惚れますね」

「エライザ様にライバル宣言したなどという口さがない輩もいるが、実際には殿下や彼女から信頼を置かれているだけだとしたら?」

「ますます箔が付きますね」

「極めつけは、あの大きなガーゼで額を覆った姿だよ」

「庇護欲に火をつけたってわけですか」

「ラファエルが言うには、“ギャップ萌え”という現象らしい」


「本当のフィーヌを知っていたら、ギャップも何もないんですけどね」

「前評判が悪すぎたんだろう。お詫び行脚で、自分の責任でもないのに必死に頭を下げてまわる姿に感銘を受けたらしい。そんなことができる令嬢は、貴族女性の中では珍しいからね」

「噂を真に受けた時点で、そんな男、願い下げですがね」

「同感だ」


「ま、そういう意味では、殿下は評価できるんですがね」

「そうだね。うん、うん……うん? うむむ、んん――――」

「さすがの閣下も即答できませんか。エライザ様のこともありますしね」

「それだよ。全く、どうなってるのやら……。しばらく静観するしかなさそうだね」


◇◇◇デルフィーヌ視点


「ん……」

 昼寝から目覚めると、なぜか自室のベッドに寝かされていた。


「あれ? 雨でも降って隊長が運んでくれたのかしら? いっけない、もうこんな時間! 夕飯の準備、手伝わなくっちゃ」


 慌てて半地下にある厨房に顔を出すと、年配の侍女たちの視線が一斉に自分へと集まった。なぜか首元に。


「ん?」

「お嬢様っ! ちょっと――お、お着替えしましょう。ね? ねっ?」

「え、どうして? 今着替えてきたばかりなのに」

「それはですね……今日はお嬢様が副料理長スーシェフを務めるからです! それなりの恰好をなさらないと!!」

「え? 私がスーシェフ!? 本当に? やったわ!!」


 ソフィーに言われるままにシェフの制服コックコートを身に着けた。前身頃が二重になっていて、火傷を防ぐために極力肌の露出を抑えたつくりになっている優れものだ。


「うふふっ。何だか出世した気分!」

「お嬢様ってば、相変わらず褒められるのに弱いんだから……」

「ソフィー、何か言った?」

「いえ、何でも」


 何だか上階がいつもより騒がしい気がする。お客様でもいらしているのかしら?

 グラース侯爵家の同居人兼使用人でもある私は、普段、家族用の食堂を使うことはない。時々、テオドール様に誘われてマナー教師として同席するときはあるけれど、その辺は弁えているつもりだ。


 だって、テレサ様がいらして私がラファエル様たちと一緒に食卓を囲っていたら、やっぱり嫌な思いをすると思うから。


――その頃、上階の食堂にて。


「デルフィーヌ嬢の姿が見えないが、まだ寝ているのか?」

「デルフィーヌは私たちと一緒に食事はしません。おそらく、私の婚約者テレサに遠慮しているのでしょう」

「ほう。ラファエル、それはどういう意味だ?」

「一緒に食事をしようと言っても、『婚約者でも妙齢の女性を自宅に住まわせて、当然のように食卓を囲っていたら嫌でしょう? それが分かっていてご一緒するわけにはまいりません』の一点張りです。まるで自分が経験したかのように語るんですから。まったく、どんな悪い男と付き合ってきたんだか……痛ぁっ! 親父? 今俺の足を蹴っ――痛ぁ!!」

「ふーん。酷い話だが、どこかで聞いたことのある話ですね? 殿下」

「……」

「ガブリエル卿!?」

「はいはい。若者を揶揄るな、でしたっけ。私だってまだ25なんですがね」

「こほん。殿下、どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。ソルベが美味いと思ってな」

「ははは。お気に召して頂けましたか?」

「あぁ。さっぱりしていて口当たりが良い」

「今日のデザート担当パティシエを呼んできてくれ」

「かしこまりました」



「――お呼びでしょうか、旦那様」

「あぁ、今日のデザートはデルフィーヌが担当したのかい?」

「はい」

「殿下がお気に召されたそうだ」

「殿下? ……!!」

「どれも美味しかった」

「お褒めにあずかり光栄です」

「頑張った甲斐があったな、フィーヌ。制服姿も様になっているじゃないか」

「えへへっ。ありがとうございます、ラファエル様」


「君に何か褒美をあげたいんだが、欲しいものはあるか?」

「でしたら、殿下にではなく旦那様にお願いがございます」

「ん? 何だい?」

「テオドール様と一緒に、乗馬を習わせてください」

「そんなことでいいのかい?」

「はい!」

「そうか。まあ、そういうことなら、適任者に声をかけてみよう」

「わぁ! 旦那様、ありがとうございます!」


「宰相は『旦那様』と呼ばれているんだな」

「お恥ずかしい。あくまで“使用人”というていでこの家に滞在したい、との本人の希望でしてね」

「とはいえ、使用人というより“若い後妻”って感じですけどね」

「こら、ラファエル! 馬鹿なことを言うんじゃない!」

「フィーヌから『旦那様』と呼ばれるたびに頬が緩んでいるの、お気づきですか父上?」

「ぐっ……」

「兄上だって、ラファエル様じゃなくて“お兄ちゃん”と呼んでほしいくせに」

「ごほんっ。テオ、無駄口を叩いていないで食べなさい」

「変なの。呼んでほしい名前があるなら素直にお願いすればいいじゃない。一生懸命勉強して言葉を覚えていくのに、大人になったら言葉で不自由するなんて。ヘンです」

「……本当だな」

「殿下もそう思われますよね?」

「あぁ、テオドール。同感だ」


 夕食が終わり、殿下が帰宅されるのを使用人たち一同で見送ることになった。


「殿下。よろしければ、こちらをどうぞ」

「?」

「栗のタルトです。たくさんありますので、(執務室の)皆さんとお召し上がりください」

「ありがとう。じゃあ、ミス・エライザといただくよ。そういえば、彼女の相談に乗ってくれているそうだな?」

「……ええ」


 乗っておりますとも。あなたのね!


「慣れない王国暮らしで苦労もあるだろうから、デルフィーヌが彼女の茶飲み仲間になってくれると助かる」

「……ワタクシデ ヨケレバ、ヨロコンデ」


 私、ライバルとは茶飲み仲間にも友人にもなるつもりもないんだけどなぁ。惚れた弱みってやつかしら。殿下に頼まれちゃったら嫌とは言えないや。

 あーぁ、私ってどうしてこうも損な役回りばかりなんだろう? 前世でよっぽど悪行を積んだに違いないわ……。


「――ル」

「?」

「これから私のことを、リシャールと呼んでくれないか?」


 はいはい。

 ご要望とあらば、エライザ様のも貴方様のもまとめてお受けいたしますよ。それでいいんでしょ?


「――リシャール様。お気をつけてお帰りくださいませ」

「あぁ。また来る」


 殿下は満足気に微笑むと、「それじゃあ」と言って制服の上から私の首筋をスッとなぞった。突然の接触に驚いてしまった私は、馬車で帰る殿下をお辞儀もせずに見送ったのだった。

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