第2話 娘たちの代理戦争

「あらあらあら。どこの女性運動家かと思いきや、デルフィーヌ様でいらしたの?」

「ブリジット公爵夫人……ごきげんよう」

「リシャール様の近侍相手に声を荒げたりして。令嬢に相応しくない振る舞いはお控えにならないと。良くない評判をさらに下げかねないわ?」

「あら。派手に着飾って微笑んでいるのが女性の役割だなんて時代はね、貴女が外国にいってる間に終わったの。古い女性像に囚われてると、ただの阿呆あほうと足元をすくわれるわよ?」


 私とブリジット夫人リリーの母との会話に割って入ってきたのは、私の義母――ロワール侯爵夫人・ミシェルだった。


「それに。義娘デルフィーヌが築いてきた実績や信頼は、こんなことで評判を落とすほど軽いものではないの。他所よその娘に要らぬお節介を焼くのなら、実娘の教育に心血を注いでは?」 


 整った顔立ちの美人が怒るとどうしてこうも迫力があるのだろう。

 私は、義母ほど気高く、その凛とした居住まいだけで畏怖の念を抱かせる女性を他に知らない。彼女の簡潔かつ洗練された言葉選び、空気で人を動かすような貫禄、優雅で美しい所作は、私が“貴族令嬢”として振る舞う際のお手本でもある。

 ま、実力も実績もない小娘のうちから義母を真似してものだから”高飛車令嬢”なんて呼ばれるようになったんだろうけれど。


「なんですって? ……まぁいいわ。聞き及んでいると思うけれど、今夜の殿下のパートナー。カロリーヌ妃から直々にリリーへお願いしたいと言われたの。お気を悪くなさらないでね?」

「パートナーの座を譲るくらいで気を悪くするほど狭量な子には育てていないの。ご心配なく」

「よかったわ。じゃ、遠慮なく娘たちのドレスを交換させてもらうわね?」

「ドレスは関係ないでしょう?」

「パートナー以外の女性が殿下の瞳の色をしたドレスを纏うなんて、許されるはずがないでしょう?」

「ブリジット。貴女、何を企んでいるの?」

「あらやだ、怖ぁい! 眉間の皺はアラフォーの大敵よ? 貴女のココにこゆ~く刻まれちゃう前に、デルフィーヌ嬢は妃候補から手を引いた方が良いんじゃなくって?」


 カロリーヌ妃というのは、現国王陛下の側室だ。第一子であるリシャール様を出産して以降、なかなか懐妊しなかった亡き王妃様が陛下へ願い出て娶ったと聞いたことがある。


『お妃選び』という名のコンペティションは、一見すると令嬢達の競い合いに見えるけれど、実際には、母親たちに代わって娘たちが代理戦争をさせられている。特に、義母ミシェルとブリジット夫人。2人の間には、かなり根深い遺恨があるようだ。


 そういうわけで、私が着るはずだった殿下の瞳の色をしたロイヤルブルーのドレスは、当日の夕方、突然現れたリリー嬢の母・ブリジット夫人によってかすめ取られた。何の因縁なのか、リリー嬢と私は背丈が同じだから、ドレスを交換してもサイズを再調整する必要がない。


「――だからって、どうしてこんな色のドレスなの!?」


 あれよあれよという間にリリーが用意というドレスへと着替えさせられ、出来上がったのがこの出で立ちだ。


「……似合ってる。たしかに似合ってる。けど、けどぉ――っ!!」


 黒髪にみどり色の瞳を持つ私には、ロイヤルブルーのドレスよりブラックの方が映えだろうとは思ってた。


「はぁぁ。これじゃあ、いつもより悪女感、マシマシだわ」


 おそらく故意的に用意されていたのだろう。

 胸元に透け感のあるレース柄があしらわれた男好きのするオフショルダーのドレスには、ご丁寧にエナメル素材を使用した艶館ある黒のピンヒールまで揃えられていた。両側に深いスリットが入ったシフォンのロングスカートは、歩くたびに美しく揺れ、合間からのぞく私の白く瑞々しい肌を引き立たせるのに一役買っている。


「どう見たってこれ、未婚令嬢が着るドレスじゃないわよね!?」


 控室にある鏡の前でひとり愚痴っていたら、他の5人の妃候補ライバルがやってきた。2年前に妃候補として顔を合わせた頃には、互いを意識しながらも切磋琢磨する間柄だったのに、聖女誕生を機に彼女たちはすっかりリリーの取り巻きと化してしまった。


 みんな薄々感じているのだ。

 王太子妃に選ばれるのは、リリー嬢だと。

 未来の国母となる者に媚びへつらうのは、貴族令嬢としては賢明な判断なのかもしれない。だから余計に、今でも愚直に妃教育に邁進している私を鬱陶しく思うんだろう。


 でもね。私は殿下から最終結果を告げられるまでは、彼の隣に並び立つ未来を諦める気はないの。本当は、貴女たちだって、諦めたくはないのでしょう?

 悔しさや苛立ちは理解できるけど、だからって、私に当たり散らすのはお門違いというものよ?


 他の妃候補たちは、白やピンク、薄い黄色など、春を連想させる可憐なAラインのドレスに身を包み、10代独特の若さと瑞々しさを放っている。

 その中で唯一、私だけが玄人くろうと的な雰囲気を纏っているのだから、目立たないわけがない。


「まぁ! どこの娼妓しょうぎかと思いきや、デルフィーヌ様でいらしたの?」

「真っ黒な髪に漆黒の闇衣装って。まるで、辺境の魔女みたいな装いですわね?」

「秋の悪霊退散祭ハロウィンなら、とっくに終わりましてよ? 相変わらず、空気も読めなければ、季節も読めない方ね」

「魔女なら魔力もあるでしょうに。ねぇ?」

「さしずめ、魔女の手先の黒猫ってところかしら」

「言い得て妙ね。“魔力なしの魔女子まじょこ”さん。でもね、黒いのは髪の毛と腹の中だけにしておきなさいな」


 散々な言われようを得意のポーカーフェイスで躱していると、リシャール殿下を体現したかのような衣装に身を包んだリリー嬢が現れた。


「まぁっ!! リリー様。まるで春の女神が君臨したのかと思いましたわ」

「ほんと。今夜もとっても素敵!」


 取り巻きたちの美辞麗句が落ち着いたタイミングを見計らい、侍従が声をかけてくる。


「リシャール王太子殿下のお出ましです」


 今夜の殿下は、ストレートの銀髪を後ろで一つに束ね、王国軍の碧き正装に身を包んでいる。


“白銀の青獅子”

 

 稀にみる攻撃魔法の持ち主で、18歳という若さで隣国との争いを平定した殿下が持つ異名だ。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます」


 みなが腰を折りカーテシーをするのを片手で制しながら、一人ひとりと顔を合わせていく殿下の視線が、一番端にいた私を捉えたかと思いきや、フリーズする。そしてそのまま、眉をひそめる。


 ですよね、そうなりますよね。凝視からの渋顔しぶっつら、貴方様でもう9人目です。まるで春の祭典をぶち壊す魔女みたいな恰好をしている者が約一名、紛れ込んでいますもの。悲しいかな、どこからどうみても危険人物、異端者だ。時代が時代なら魔女として処刑されていたかもしれない。

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