やられ役のヒーラーは主人公が倒してきた悪役たちを復活させました。〜原作知識と裏技チートを駆使して真っ向から破滅エンドを叩き潰します~
ナガワ ヒイロ
第1話 やられ役のヒーラー、魔王を蘇生する
「さあ、我が王よ。次は何をすればいい?」
「ご主人様、何なりとご命令を」
「コロスぅ!! コロスコロスコロスッ!!!!」
三人の美女が俺に問いかけてくる。
誰も彼も、前世でやり込みまくった『アルグレイシア』という大人気ゲームの悪役たちだ。
そんな彼女たちが、やられ役のヒーラーである俺に片膝をついて頭を垂れている。
どうしてこうなったのか。
事の発端は三ヶ月前、魔王ヘルヴィアが勇者アレスの手で討たれ、そのショックで俺が前世の記憶を思い出したことから始まった……。
◇
「魔王ヘルヴィアは、このボクが!! 勇者アレクが討ち取った!!」
悪趣味な黄金の鎧を身にまとった美少年が、声高らかに宣言した時。
俺はその
そして、同時に気付いてしまう。
この世界前世でやり込みまくった『アルグレイシア』の世界ということに。
「お、おいおい、まじかよ……」
俺が動揺したのは、『アルグレイシア』の主人公であり、勇者であるアレクが魔王を討ち取ったからではない。
今の俺が何者なのか、それを理解してしまったからだ。
俺の名前はリザーレ。
魔王軍では唯一の治癒魔法の使い手、要するにヒーラーだ。
そこまではいい。
問題はリザーレがエンディング後のミニストーリーであっさり殺されてしまう、やられ役のキャラクターであることだ。
「魔王様が、人間如きに敗れた、だと?」
「あり得んッ!!」
「ま、魔王様抜きで勇者に勝てるか!! 逃げるぞ!!」
魔王の死を知った魔族たちが我先にと戦場から逃げ出す。
誰一人として敵討ちをしようとは考えず、勇者率いる人間やエルフ、ドワーフ等の人類連合軍が追撃を始めた。
俺はまだ状況を飲み込めていないが、足を止めていては殺されてしまう。
幸い俺は魔王軍で唯一のヒーラーだったので、大分後ろの陣地にいた。
平野から近くの森に駆け込み、今はとにかく逃げるしかない。
逃げた後は――
「……逃げた後は……どう、するんだ?」
リザーレはやられ役だ。
もしも『アルグレイシア』のシナリオ通りに進むなら、俺は散り散りになって敗走した魔族たちを集めて軍の再興を目論む。
それは人間たちへの復讐のためではなく、少しでも魔族たちを生かすため、生き残るためだった。
しかし、魔族を殲滅するために奔走するエンディング後の主人公によってあっさりと殺されてしまうのだ。
その際にリザーレの独白で魔族は魔王の命令で嫌々戦っていた者が大半だったと知り、主人公は連合軍に進言して魔族たちの殲滅を取り止める。
魔族は絶対的な悪だと思っていた主人公が、魔族側の事情を理解し、和睦を選ぶ切っ掛けとなるキャラクターだ。
とどのつまり、俺が死ななきゃ魔族たちに平穏は訪れない。
俺がシナリオに逆らって逃げたら、主人公による魔族の殲滅は終わらない。
逃げ場が、ない……。
「……ど、どうすれば……考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ」
俺がシナリオ通りに死ねば解決だが、いきなりゲームのやられ役として死ねと言われて死ぬなど真っ平だ。
この状況をどうにかしなくちゃ。
でもリザーレは魔族で唯一の治癒魔法使いというだけで、主人公のような特別な存在ではない。
「ヒーラーの俺にできることなんて、怪我人の治療くらいだし――あっ」
そこで俺は一つの可能性に思い至る。
自慢ではないが、俺は『アルグレイシア』というゲームを遊び尽くしたと言っても過言ではない。
あらゆる縛りプレイでクリアし、裏技も使ってタイムアタックに挑戦したことも一度や二度じゃない。
「そうだ。ヒーラーなら、あのバグを使えるかもしれない」
『アルグレイシア』は色々な意味で大人気なゲームだった。
その最たる理由として、プログラミングやキャラデザ、シナリオをたった一人の開発者が全て作ったことが挙げられる。
そのせいか、ところどころにバグがある。
このバグが狙ったかのように面白く、中にはバグを発見するために延々とプレイしている廃人が誕生してしまったほどだ。
もしそのバグまでもがこの世界に存在するなら、この状況をどうにかできるかも知れない。
「よし」
これは賭けだ。
やってもバグ技が成功する保証はどこにもないが、やらなきゃ死ぬならやるしかない。
俺は即座に決断し、森の木々に隠れて連合軍の兵士を待ち伏せする。
その間に大勢の魔族たちが連合軍に殺されていくが、ただ静かに気配を殺して時を待った。
そうして数時間が経った頃。
「さすがは勇者様だぜ!! まさか魔王をぶっ殺しちまうとはな!!」
「ああ、これであの忌々しい魔族ども根絶やしにできるぞ!!」
二人の兵士が森に入ってきた。
森に逃げた魔族を追撃するために分散し、索敵しているのだろう。
俺は二人のうち、一人の首に背後から腕を回して締め上げた。
やられ役のヒーラーと言っても魔族は身体能力的に人間を遥かに上回っている。
そのまま首をへし折って殺した。
「……ごめん」
元は同じ人間だが、こっちだって死にたくない一心なのだ。
人を殺しておいて何とも思わない自分に少し驚いたが、そういうのは後回しにする。
音もなく殺したからか、少し前を歩いていたもう一人の兵士は仲間が絶命したことに気付いていなかった。
俺は殺した兵士の剣を手に取り、もう一人の兵士の口を塞いで頸動脈を斬る。
「!?」
言葉にならない悲鳴を挙げて絶命した兵士の鎧を奪い取り、それを装備した。
幸いにもリザーレは容姿が限りなく人間に近い魔族だ。
側頭部から小さな角が生えているが、兵士の鎧を被ることで誤魔化せるはず。
兵士の鎧をまとった俺はその足で堂々と連合軍の陣地へと向かう。
同じ鎧をまとっているからか、それとも堂々と魔族が連合軍の陣地に来るとは思っていないからか、兵士に怪しまれることはなかった。
「あー、すまん。魔王の死体がどこにあるか知ってるか?」
「ん? なんだ、まだ見ていないのか? 魔王の死体なら中央テントに転がしてあるぞ」
「そうか、教えてくれてありがとな」
兵士に魔王の亡骸がどこにあるのか訊き、そのまま中央テントへと向かう。
そう。
俺が蘇生させたいのは、数時間前に主人公が討ち取った魔王だった。
今、この戦場に勇者はいないはずだ。
魔王との戦闘で重傷を負い、その手当てのために街まで後退している。
魔王を唯一倒しうる勇者がいないこの戦場で再び魔王を復活させることができたら、まだ魔族は終わらない。
あくまでもゲームのシナリオ通りなら、だが。
この賭けを途中で下りたら、俺に待っているのは破滅のみ。
俺は絶対に死にたくない。だから意地でもやるしかないのだ。
と、その時だった。
「そこの貴方」
「!?」
「……見ない顔ですね。どこの部隊の兵士でしょうか?」
中央テントに向かう俺を誰かが呼び止めた。
俺は動揺を悟られないよう、ゆっくりと背後を振り向く。
そこには艶のある長い黒髪を風に靡かせた美少女が立っていて、俺のことをまじまじと見つめている。
その黒髪の少女を見て、俺は思わず心臓が飛び出るかと思った。
彼女の名前はアリシア。
『アルグレイシア』で最も人気のあるヒロインだったのだ。
歩く度に「ぶるんっ♡」と弾むおっぱいに視線を釘付けにされてしまう。
って、おっぱい見てる場合じゃない!!
ここで俺が魔族だとバレたら確実に殺されてしまう!!
誤魔化さなきゃ!!
「どうして黙って――」
「も、もしかして貴女は、剣聖のアリシア様ですか!?」
「え? え、ええ、そうですが」
「わぁ!! 本物だぁ!! 凄い凄い!! 俺、ずっと貴女のファンだったんです!! 握手してください!!」
俺はアリシアに詰め寄り、握手を求めた。
ちなみにアリシアは俺が好きなキャラの一人なので嘘は吐いていない。
「え、ええ、それくらいなら構いませんが……」
「ありがとうございます!! もうこの手を千切って家宝にします!!」
「やめてください!? 絶対そんなことしてはダメですよ!? せっかく戦争で生き残ったんですから!!」
よし、上手いこと話が逸れた。
「あ、あはは、そうですね。それもこれも、勇者様やアリシア様のお陰です!!」
「……私は何もしていません。全て勇者であるアレク君のお陰です」
「そんなことないですよ!! 俺、アリシア様が凄いこと知ってますから!! ずっと応援してます!!」
「っ、そ、そうですか。……ふふ、私のような未熟者を応援してくださるなんて、変わった方ですね」
くすっと微笑むアリシア。あら可愛い。
状況が状況じゃなかったら秒で告白してたかもしれない。
俺はボロが出る前にその場を去ることにした。
「じゃあ俺、報告があるので失礼します!! またどこかで会いましょう!!」
「……はい、またどこかで」
俺はその場から駆け出し、今度こそ誰にも呼び止められないよう中央テントまで走った。
中央テントにはあまり人がいなかった。
魔王が討ち取られて数時間が経ち、もうその死体を見物に来る者が減ったのだろう。
俺は遅れて魔王の亡骸を見にきた兵士を装って中央テントに入った。
連合軍は魔族の死体をまとめて燃やすつもりだったのだろう。
山のように積み上がった無数の魔族の亡骸の天辺に、その彼女は静かに眠るように横たわっていた。
俺はその魔王の亡骸を見て絶句する。
「っ、魔王……ヘルヴィア……」
『アルグレイシア』にてラスボスを務めた魔王の名前を呟く。
それは、美しすぎる女だった。
雪のような純白の長い髪が綺麗な、人形の如く整った顔立ちの美女だ。
身長がかなり高く、180センチは優に越えているだろう。
漆黒の翼と禍々しい山羊のような角、竜の尻尾から分かるように人間ではない。
夏場の大玉スイカのような大きな胸や、細く引き締まった腰、ムチムチの太ももや肉感的なお尻など、全てが完璧な美を体現している。
その胴体に剣で貫かれた後がなかったら、ただ眠っているように見えただろう。
「は!? み、見惚れてる場合じゃない!!」
俺はヘルヴィアの亡骸に近づき、早速バグ技を試してみることにした。
まずは死体の胸を触る。
その後、治癒魔法の『ヒール』を何度かヘルヴィアにかけてみた。
『アルグレイシア』では仲間が死ぬと、棺に入った状態で主人公に付いてくる。
主人公はその仲間の死体を調べることができるのだが……。
対象が女性キャラの場合、特殊演出で『胸を揉む』という人の心を疑う選択肢が出てくる。
しかも揉むと『死体なので硬くなっている』という倫理観を無視した感想付きだ。
それを何度か繰り返した後、その死体に『ヒール』をかけると何故か生き返る。
ヒロインの中にはバグ技などに頼らなくても普通に蘇生魔法を使える者もいる。しかし、MP――魔力の消費が激しいのだ。
その反面、蘇生バグは『ヒール』一回分の魔力消費で済む。
魔力の節約としてプレイヤーなら誰もが使う裏技なのだ。
俺はヒーラーと言っても所詮はやられ役なので蘇生魔法なんて大それたものを扱えない。
誰かを生き返らせたいなら、こうやってバグ技を使うしない。
だからこそ、先に言っておく。
別に俺だって好き好んで死体の胸を揉んでいるわけじゃない。
でも蘇生バグには必要な行程なのだ。
魔王だからか死後硬直している様子はなく、胸はめちゃくちゃ柔らかいが、俺だって死体の乳を揉みたくて揉んでいるわけではない。
結果は――
「……全然ダメ、か……」
ヘルヴィアは動かなかった。
蘇生バグは仲間キャラにしかできないのか、そう思って絶望していると。
「おい、貴様。余の胸を揉みながら全然ダメとは何事だ」
「え?」
「貴様はたしか、魔王軍の治癒魔法使いだったな。名はたしかリザーレだったか」
不意にヘルヴィアが身体を起こし、その黄金の瞳で俺を見つめていた。
ちらっと見れば、胴体に空いていたはずの穴が塞がっている。
「ま、魔王様!? 生き返ったんですか!?」
「生き返った? ……そうか。余は勇者アレクに討たれたのだったな。いや、ならば何故余は生きている? 貴様が何かしたのか?」
「は、はい!! 蘇生バグ――秘術を用いて生き返らせました!!」
「……余計な真似を」
「え?」
ヘルヴィアは分かりやすく顔をしかめ、心底面倒見臭そうに言った。
は? 余計な真似?
「余は勇者アレクとの戦いに満足していたのだ」
「満、足……?」
「余は全身全霊で戦った。そして、敗北を喫した。清々しい気分でその命を終えたのだ。それに水を差しおって」
……。
「――な」
「ん? 貴様、何か言ったか?」
「ふざけんなって言ったんだよッ!! このクソッタレなミソッカス魔王がッ!!!!」
「!?」
俺の怒声にヘルヴィアはビクッと身体を震わせた。
しかし、俺の罵倒に眉を寄せ、その顔を怒りで真っ赤に染めた。
「貴様。誰に物を言っているか、分かって――」
「テメェに言ってんだよ、クソ魔王がッ!!」
「っ」
ヘルヴィアの怒気に思わず震え上がるが、俺は構わず彼女に怒鳴り散らした。
これはリザーレという、やられ役のヒーラーがずっとヘルヴィアに対して抱いていた感情だ。
今の俺はリザーレと一つになっている。
だからか、彼が自分勝手な魔王に抱いていた怒りを誰よりも知っている。
「散々俺たち魔族に人間と戦争するように命令しておいてッ!! その命令で沢山の魔族を死なせた自覚もなく自分は満足したからもういいだって!?」
「っ、貴様に何が分かる。この強さのせいでずっと孤独だった私に――」
「話を逸らすなッ!! テメェが孤独かどうかの話なんて欠片もしてねーよッ!! 自分の強さに酔ってんじゃねーよ勘違い女がッ!!」
「な、だ、誰が勘違い女だ!!」
「うるせぇうるせぇ!! 戦争を始めた魔王なら、責任取って死んでも戦えよッ!! この腐れ脳味噌がッ!!!! 残った魔族のこともその蟻みてーに小さい脳味噌で考えろッ!! 皆人間に殺されるんだよ!!
「……」
ああ、ちくしょう。
どうしてよりによってリザーレなんかに転生しちまうかな。
前世の俺が何をしたってんだ。
いや、引きこもりのニートだったからか? 何もしてなかったからか?
ちくしょうめ。
「……余も、焼きが回ったものだな」
「え?」
不意にヘルヴィアが立ち上がり、その漆黒の翼を大きく広げた。
「ああ、そうだ。余は魔王だった。誰よりも強く、誰よりも尊く、誰よりも美しい存在だ」
「え? は?」
この人、なんで急に自画自賛し始めたんだ?
俺が疑問に思ったのも束の間、ヘルヴィアはその手に絶大な魔力を集束させた。
何かの魔法を使うつもりなのだろう。
「――極大魔法・ラグナロク」
刹那、連合軍の陣地は真っ白な光に呑み込まれ、消滅してしまった。
かなり高レベルの兵士なら死にはしないだろうが、連合軍はこの一瞬で史上稀に見る壊滅的な被害を受けたのだ。
ヘルヴィアのすぐ側にいたからか、俺には何のダメージもなかった。
何が起こったのか分からなかったが、ちょうど俺の目の前に、更地と化した大地にヘルヴィアが降り立つ。
「全くもって貴様の言う通りだ。余が始めた戦争は、余が終わらせる義務がある。文字通り、死んでもだ」
「っ、魔王、様……」
やった。やったぞ。
魔王がやる気になった!! これなら重傷を負っている勇者を相手に勝てるかもしれない!!
俺はヘルヴィアの前に膝をつき、頭を垂れる。
「魔王様!! 勇者は魔王様との先の戦いで重傷を負っています!! やるなら今が好機です!! すぐに勇者へ追撃を――」
「いや、それは無理だ」
「え?」
「実はさっきの魔法で余の魔力は底を尽きた。そなたの秘術は魔力や体力を全快させるわけではないのだな……」
そこで俺はハッとした。
そうだった。蘇生バグはヒットポイントを二、三割回復した状態で復活する。
しかし、それ以外の要素は死ぬ前の状態が引き継がれるのだ。
要するに毒状態なら毒状態のまま蘇生するし、魔力が少ない状態ならそのまま生き返る。
勇者との戦闘でヘルヴィアも疲弊していたのだ。
おいおい、嘘だろ。
せっかく生き残るための光明が見えてきたところだってのに……。
い、いや、逆に考えよう。
ヘルヴィアが死に、魔族が人類連合軍に追い詰められる未来は回避できた。
「で、では、ひとまず撤退しましょう」
「うむ。それだがな……」
不意にヘルヴィアが大の字になって仰向けで倒れてしまった。
「魔力がすっからかんで指一本動かぬ。余を背負ってほしい」
「わ、分かりました」
「んっ♡ お、おい、どこを触っている」
俺はヘルヴィアを背負い、その大きなおっぱいの感触を背中で堪能しつつ、連合軍の陣地から離れるのであった。
死体の乳を揉むより遥かによかったです。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「年始そうそうに死体の乳を揉む主人公を書いてしまった……」
リ「ホントそうだよ……いや、揉んだの俺だけど」
「ガチで倫理観なくて笑う」「アリシアはどうなったん?」「この作者なら年末とか関係ないやろ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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