第41話
東堂の若頭──つまり次期組長となる悠人の相手が一般人であることに、表立って批判する者はまだ居ない。正式発表まではきっとこの状態を保つだろう。
けれど悠人の予想では、本家に近い組織ほど反意を抱いているはずだ。末端の下部組織よりもそれなりに力を持っている組の方が、娘を東堂本家と結び付けて地位を高めようと必死になっている。そんな奴らにとって、突然現れた一般人の央華は邪魔でしかない。将来的に自分たちの上に立つのだと思えば尚更だ。
どれほど不本意であろうが、央華が高校を卒業して籍を入れる瞬間までは、『他の女にも望みがある』と思わせておいた方が央華を守る盾になる。
とはいえ、悠人は今も昔も、心の底から央華以外には何の興味も無い。
央華を手に入れる前であれば、適当に一晩寝るくらいのことはした。しかしそれは感情の問題ではなく、主に身体的な問題、要するに溜まるものは溜まるのだ。慎みなく言えば単なる性欲処理であり、一度だけでもと女の方が寄って来るのだから、成果としてはWin-Winだろう。感情なく使うのなら無機物よりも楽だった。
気持ちが伴わなくても身体は興奮するものなんだなと冷めた気持ちで処理し続けた日々が、もう遠い過去のようだ。央華に初めて触れてからは、もう他の女で興奮できる気がしない。
央華が家に来てから一ヶ月と少しが経った。今では彼女もこちらに好意を持ってくれてはいるのだろう。
けれどどれだけ距離を詰めたとしても、タガが外れそうになる瞬間、最初の日に央華が口にしたあの言葉が悠人の脳裏を巡っていく。
『私、好きな人とでもそういうことしたくないの。無理矢理犯されでもしたら、その時は死ぬなんて言わないけど、迷わず子宮撤去してやるから』
あのときの央華の目は本気だった。
どうにも彼女は、『女』と結びつく様々な要素の中の一部を本能的に忌避している。性的な方向はそれが特に顕著で、自分が誰かのそういう対象に入るということをまだ受け入れられていない。
思い続けた女と同じ家で暮らしていながら手を出すなというのは、健全な男にとってかなりの苦行だ。正直に言って、相当溜まっている。
それでも央華を抱くには絶対に本人の同意の元でなければ、本当に子宮を…とまでは行かずとも、出ていくくらいは容易に想像出来る。
そうされないように、完全に家に監禁することも不可能ではないが、その時点で央華の気持ちは永遠に手に入らなくなってしまうだろう。
悠人が欲しいのは央華のすべてだ。身体だけ手に入れても足りない、気持ちだけでも同じように足りない。身体も気持ちも、時間すら悠人に捧げてほしいのだ。
もちろんその代わりに、悠人のすべては央華のためにある。
「お久しぶりですわね、悠人様。最近はお忙しかったのかしら、連絡がつかなくて少々不安になっておりましたのよ?」
挨拶に来る人々を相手にしながら、頭の半分ほどで一旦離れた央華のことを考えていると、当然そんなことは知らない女がまた嬉々としてこちらへ近づいてきた。
白にも近い色の抜けた金髪を結い上げた女は、胸元を強調したドレスを身に纏い、自信に満ち溢れた顔をしていた。背中や肩を大きく露出し、良く言えば艶っぽい雰囲気を醸しているが、悠人の感想は「出てるな」という事実だけだ。
傍に立つ皐月がなんとも言えない表情をしている。おそらく女の馴れ馴れしさに引きつつも、どこの誰だかを思い出そうとしているのだろうが、悠人も考えているのはだいたい同じようなことだった。
こういう態度で悠人に関わってくる女は多くないが、まったく居ないわけではない。大抵は過去に関係を持った女なのだが、同じ相手の寝ることもなく、特定の女を作ることもなかったため、結局思い出せないのが常だった。
(今日は母さんに任せたから着物になったが、央華はドレスも絶対可愛いな…次はそうしよ)
今も悠人の脳内を占めるのは、慣れない着物を着せられガチガチに緊張していた小さな彼の央華ただ一人だ。
「ねぇ、悠人様。私のこと、また呼んでくださいますわよね?」
するりと腕に絡みつかれ、湧きあがるのは嫌悪感だ。咄嗟に振り払いそうになったのを、なんとか堪える。この衆目の集まる場所でこの自己愛の強そうな女を無下にすれば、怒りの矛先はほぼ確実に央華に向くだろうことが容易に想像できる。
「気が向いたらな」
「ふふっ、嬉しい。どうしたら今すぐその気にさせられるかしら」
感情を顔に出さないようにするのは慣れている。この世界で生きるのに、それは必要なスキルだ。悠人にとっては息をするのに等しかった。
(その気になんて一生なんねえよ)
それでも腕に押しつけられる脂肪の感触も、情事を匂わせるように手の甲をなぞる指先も、この上なく不快だった。甘ったるい香水の匂いが鼻に付く。央華が嫌いそうな匂いだなと思うと、途端に彼女が恋しくなった。
(あー、早く終わんねえかな、ほんと)
「っ…、悠人さんっ!」
「あ?」
背後から切羽詰まった呼び声がして振り向くと、そこには慌てた様子の如月が居た。その顔は蒼白し、悔しそうに歪んでいる。
「どうした。央華はどこだ」
「っ…すみません、ほんの一瞬の隙に…怪我を。今は控え室代わりにとっておいた部屋で休んでもらっ…悠人さん!?」
如月が言い終わるよりも先に女の腕を力任せに振りほどくと、央華が居る部屋へ走った。
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