第15話

 この上なくらしくない私の発言に、引かれてないだろうかと、ちらりと目の前の男の様子を伺う。


 しかし予想とは裏腹に、当の悠人はといえば、どこか恍惚としたような、満足気な表情を浮かべて私の髪を丁寧に梳き始めた。


「…悠人?どうしたの?」

「ん…いや、」


 伏目がちだった黒い瞳が私を見据えて、そうして愛おしそうに細められる。


「おまえを初めて抱くときもそんな顔すんのかなって思ったら、なんか理性飛びそう」

「───〜っ」


 どうしてそんなことを、そんなにも幸せそうな顔で言うのだろうか。


 私は誰にも抱かれる気は無いのだと、確かにそう言ったのに。たとえ好きな人が相手でも、悠人を好きになっても、この身体を許すことはないのに。


「央華、俺を好きになれ。そしたら俺が、思わせてやるから。…俺に抱かれたい──って」


 ぎゅっと、大きな身体で抱きしめられる。


 耳元に囁かれた言葉は、抗うことを許さない命令のようでいて、同時に拒絶を恐れる懇願のようでもあった。


 大人で、こんなにも強い人が、私から拒絶されることを恐がっているのだと思うと、切なくて、愛おしくて、胸が強烈に引き絞られる。今すぐに想いを返せたらどれほどいいだろう。


 私はきっと、もう既に悠人を好きになりかけている。そして遠くない未来で、彼を愛するようになるだろうとも思う。



 共に過ごす時間の量は、たぶんそれほど関係ないのだ。


「…早く行かないと遅刻するから、もう行くね」


 けれどそれを悠人本人に言うのは、まだどうしても恥ずかしい。


 言うならまだ、もう少しだけ、自分の気持ちに自信が持てるようになってからにしたかった。


 そんな思いとは裏腹に、怖さもある。

 もしも、悠人に『好き』と言ってしまったら、私はどうなるのだろう。


 どんなふうに、変わってしまうのだろうか。







 食器をシンクに置いてから、通学に使っている黒のリュックを持って玄関に向かう。


「央華」

「ん…何?」


 その途中で呼び止められて振り返ると、いつの間にか近くに居た悠人にふわりと抱きしめられた。


「学校で何かあったらすぐに連絡しろよ。それと俺の方が帰って来るの遅えから、帰って来たら電話してくれ」

「……過保護だね」

「ばーか。それぐらいが丁度いいんだよ」


 自信満々の言葉に頬が緩む。

 世間一般の彼氏彼女のことなどは知らないけれど、たぶん私は相当大事にされている。それがかなり嬉しかった。


 恥ずかしいのでもちろん口に出したりはできないが。


「返事は?」

「…はーい」


 誤魔化すように間の伸びた返事を返せば、悠人は小さく笑って私の額にキスを落とした。


 なんだかいろいろと暴露ている気もするが、今は誤魔化されてくれるようだ。

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